第18話 「あたしもバイトしよっかな~」 反射的に聞き返した。

「よっ千垣ちがき

神城かみしろ……藍那あいな……。それと藤島ふじしまさん……」

「なんでよー!」


 やはりこの二人はこうなるのか。

 肩をゆっさゆっさと揺すられながら千垣は伊達眼鏡を外して片づけた。


 金曜日の昼休み。

 今日はうららが当番で、またまた千垣のいる空き教室に三人でやってきた。


 俺たちは机をくっ付けて席に座る。

 もちろん大きな弁当箱はあった。


「それではこれから、どうして紗夜さよちゃんが名前で呼んでくれないのか会議をします」

「お、この野菜炒めうまいな」

「そう? ありがと」

「ん……。私も同感……」

「えへへ。嬉しいな」

「聞いてよ!!」


 そういう作戦会議は自分一人で脳内でしてもらえないかなぁ。

 俺たちにはどうすることもできないんだが……。


 さすがの麗もここまでくると呆れたようで、


「ことちゃんもう諦めなよ」


 と言っていた。


「諦めきれない理由がここにあるの!」

「どこだよ」


 俺がツッコミを入れると琴羽ことはが千垣を指さす。

 指をさされた千垣はもぐもぐと野菜炒めを頬張っている。


 実に美味しそうに食べているな。


「かわいい!」

「はぁ……」

「なぜため息をつく~!」


 そんなこと言ってるからダメなんだと思うんだけどな。


「お弁当たくさん作ってくれるなら考えてもいい……」

「今度こそほんとっ!?」

「うん……」

「よっし……!」


 あ、千垣のやつにやっと笑った。

 なんか考えてるな……。

 これは……まぁ、本人が幸せならいいか。


 そして俺たちは雑談もほどほどに弁当を食べ終えた。

 まだ時間もあるのでそのまま雑談を続ける。


「それでその人がピアノ弾きながらさ~」


 たまたまテレビをつけた麗は、なんとなくやっていた音楽番組を見たらしい。

 なんでもピアノを弾きながらリコーダーを吹いていたとか。


 いや、どういうことなのかは俺にもわからない。


「そういえば紗夜ちゃんギター聞かせてよ!」

「うん……いいよ……」


 麗も琴羽もちゃんと千垣のギターを聞いたことがないので、興味津々のようだ。

 俺もそんなにたくさんは聞いてないから楽しみではある。

 それに、千垣の奏でる音色はすごく綺麗だ。


 千垣はギターを取り出して黒縁の伊達眼鏡をカチャッと掛ける。

 そして、曲げた人差し指の第一関節と第二関節の間でくいっと眼鏡を持ち上げた。


 ギターを弾くための道具……ピックというらしい。

 それを持って構えた。


 耳に響くのは波のさざめきのような綺麗な音色。

 まるで本当に海にいるかのような感覚に陥る。

 激しく奏でるところは燃え盛る炎のようだ。


 キャンプファイヤーを思い出す。

 あの時、いや、それ以前からいろいろなことがあったもんだ。

 恋のキューピッドをすることになって、キューピッドをしていたつもりだった相手と恋に落ちて……。

 告白して付き合って……。


 今度、心優みゆに話してみよう。

 きっと驚く。


 じゃ~んと言う音と共に千垣の演奏は終わった。


 俺たちは立ち上がって拍手を送る。

 普段そんなことのない千垣だが、この時ばかりは照れているように見えた。



※※※



 放課後。

 琴羽は千垣のところにダッシュして行ったのでいない。


 もう見に行くことはせず、さっさと帰ることにした。

 麗と一緒に下駄箱で靴を履き替えて学校を出る。


「今日バイトなんだっけ?」

「そうそう」

「なんか久々じゃない?」

「まぁちょくちょく行ってたんだけどな」


 琴羽が俺のことを避けてる間も一応行っていた。

 土日は料理教室の件であまり出ていなかったが、平日は普通に出ていた。


 まぁ久々と思うには理由がある。


「学園祭の前はずっと休ませてもらってたから」

「あ~……」


 実行委員になって放課後にいろいろやることがあると思ってしばらく休みにさせてもらってたんだ。

 だから学園祭明けは俺も久々だなと思った。


「あたしもバイトしよっかな~」

「え、どこで?」

「あんたのいるファミレスに決まってるでしょ」


 あんたバカなの? とでも言いたそうな顔で少し睨まれた。


「あんたバカなの?」

「あ、いや……ごめんなさい」


 さすがにバカなので素直に謝る。


 いやでも考えて欲しい。

 いくらなんでも自意識過剰だと思うし、そうでなくても恥ずかしい。


「まったく。ことちゃんもいるし」

「そうだな」


 学園祭前から休み続け、学園祭を明けても避けられてたから長らくバイトで琴羽とは会っていない。

 今会うとなんか違和感かもしれない。


 それまではよくシフト被ってたんだけどなぁ。


「でも遅くなるのはいいのか?」

「あ、そっか」

「お前も大概アホだな」


 人のこと言えないじゃないか。


「でもまた火曜と木曜だけとか許してくれないかなぁ」

「そればっかりは七海ななみちゃんとかえでちゃんに聞くんだな」


 きっとあの二人のことだ。

 あの日麗がなかなか帰ってこなくて相当心配したに違いない。


「……しばらくはやめておくわ」


 何を想像したのか、麗は諦めることにしたらしい。

 妹に弱みでも握られてるのだろうか。


 そのまま歩いていくと駅に着く。

 俺たちは定期を使って電車に乗った。

 そして向かい合わせに座る。


 座ったところで麗が話しかけてきた。


「ねぇ、ファミレスのバイトってどんななの?」

「やめておくって言ったばかりなのに聞くんだな」

「もし働くことになったらって時のためよ。で? どうなの?」

「う~ん……」


 どんなと言われてもな……。


 制服に着替えて言われたメニューメモして伝えて運んでテーブル拭いて……。

 大雑把に言えばこんなもんだし、というか最初からこんなもんなんじゃ……。


 あ、でも麗の制服姿が見れるのか。

 男女同じ制服だが、女の子が着ると結構かわいかった気がする。

 あんまり見てないからわからないが、大学生の女の人が着ていたのはなかなかよかったはず。

 あれ? スカートってとこだけ違うかな?


 麗がもし着たら……。

 あ、かわいいかも……。


「いいかも……」

「ちょっと何考えてんの?」


 あ、そうだ。

 ファミレスのバイトがどんなものか聞かれてたんだった。


「転ぶなって感じかな?」

「え、それだとあんたの方が心配なんだけど……」

「あれは考え事してたの!」

「ふふふ……」

「まだ思い出して笑うほどか」


 くそ……。

 後悔しても仕方ないが腹立つ……!


「まぁ、そんなに大変でもないよ。テーブル拭いたり注文伝えたり運んだりレジしたり」

「想像してるのと大差ない感じかしら?」

「おそらく」


 だいたいアルバイトってそんなもんだと思う。

 想像してた通り。


 それ以上でもそれ以下でもない。


 しばらく無言で電車に揺られる。

 しかしこの時間もなかなかいいものだった。


 先に俺の目的地である咲奈さきな駅に辿り着く。


「それじゃあまた明日。九時くらいでいいか?」

「いいわよ。バイト頑張ってね」

「おう」


 自転車を返しに行く約束があるので、俺はその予定を確認してから電車を降りた。


 七海ちゃんと楓ちゃんにも謝らないといけない。

 麗の誕生日会に参加できなかったからな。


 俺はファミレスまでのんびり歩いて向かう。

 時間にはまだ余裕があるからだ。


 そうしているとスマホが震える。

 心優が今日の夕飯のメニューをメッセージで送ってきてくれていた。

 すぐにそのメニューがテーブルにあるのが思い浮かぶ。


 こうして予め夕飯がわかっているとバイト中とか口の中がその味になるというか、食べたくなってきていいよな。


「さて、頑張るか」


 ファミレスに入って挨拶をしてから奥に抜ける。

 男子更衣室という名の廊下で着替えをして休憩室に入った。

 まだもう少し時間があるので適当にボーっとして時間を潰す。


 そろそろタイムカードを切ろうかというところで休憩室の扉が開いた。


「お、こうちゃん!」

「あれ? シフト一緒だったのか」

「久々だね~ホント」

「だな」


 俺は琴羽のタイムカードも一緒に切る。


「さんきゅー!」

「おう」

「さて、頑張るぞー!」

「お~」


 さすがに急にこのノリは体が付いて行かなかった。


 それでも琴羽はニカっと笑ってから先に部屋を出て行った。

 俺はすぐに後に続いて仕事に取り掛かった。


 しばらく普通に仕事をこなしていると、見慣れたやつが入店してきた。


康太こうたおつかれ~」

祐介ゆうすけもな」


 祐介が来るのも久々に見た気がする。


「注文は?」

「オムライス」

「だろうな」


 どうせオムライスだと思った。

 このオムライス大好き男め。


 最近は彼女である姫川ひめかわさんにオムライスを作ってもらえてご満悦男め。

 食べたかどうか知らんけど。


 俺は注文を伝え、出て行くお客さんが見えたのでレジに立った。


 しばらくしてオムライスが完成し、祐介に持っていく。

 その頃にはお客さんは祐介だけになっていた。


「お待たせいたしました。こちらオムライスになります」

「さんきゅー」


 すぐに一口食べた祐介は、満足げにうまっと呟いていた。


「お前ってホントオムライス好きだよな」

「ああ。大好きだ」


 黙々と食べ始めた祐介を見て、俺は裏に下がって行った。

 琴羽がちょうどテーブルを拭き終え、戻ってくる。


「おっつ~」

「おつかれ~」

佐古さこくんオムライス好きだね~」

「姫川さんが練習するほどにその事実は周囲に知られてるんだよな」

「そういえば手作りのお弁当持ってくるようになったよね。料理の練習中なんだね」

「そうなんだよ。実は麗の料理教室が開催されたんだ」

「なにそれ?」


 俺はその時のことをざっくりと話した。


「なんで誘ってくれなかったの!?」

「誘おうとしたけど避けられてるから無理だったんだよ」

「そうだったー! 私のバカー!」


 うわ~ん! と言いながら琴羽は厨房に行った。

 皿洗いをするんだと思う。


 ちらっと祐介を見てみる。

 まだ大丈夫かな。


 俺は琴羽の後を追いかけた。


「…………」


 無言で皿を洗う琴羽。

 なんだか様になるな。


「手伝うぞ」

「あ、康ちゃん」


 俺は、泡を洗い流すのを担当した。


「今度料理教室あったら私も誘ってね」

「いいぞ。きっと麗も喜ぶよ。……いろんな意味で」

「どういうこと?」

「それは内緒だな」

「え~気になる」


 なんか面白そうだから黙っておこう。

 もし料理教室が行われたか……。


 きっと行われそうだし、なんだか面白くなってきた。


「何笑ってるの?」

「いや、次の料理教室想像したら面白くて……」

「なんか怖いよ……」


 乾いた笑みを浮かべているが、きっとその時が来たら余裕の表情もなくなるぞ。


 麗と心優が苦労したらしい姫川さんの料理教室。

 さすがに前よりは苦労しないと信じたいが、すごく楽しみになってきた。


 それからしばらくして俺と琴羽のバイトの時間は終わった。

 先の終わった琴羽が外で待ってると言ってくれた。


 俺も遅れてタイムカードを切り、制服から着替える。

 すると、スマホにメッセージが届いているのに気づいた。


『明日九時過ぎね』


 麗からのメッセージだった。

 結局明日は俺一人ということになっていた。


 心優は麗の誕生日プレゼントを選びに出かけると言っていた。

 その理由までは麗に言わなかったが、心優が来れないことを伝えると、じゃあとりあえず明日は二人でデートでもしましょうかということになった。


 最初は麗の家に行くが、途中でどこかに出かけることに決めた。

 付き合い始めてから初めてのデートである。

 当然俺のテンションは最高潮。

 バイトをするためになんとか落ち着いていたというもんだ。


 俺はそのメッセージに返信をしてファミレスを出た。

 外で待っていた琴羽と合流して、雑談をしながら家に帰った。

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