第17話 「もーう!」 もはや恒例行事である。

 次の日。

 無事にお付き合いを始めた俺は、ずっとうきうきしていた。


 が、生活が特に変わることはない。


 俺は心優みゆに話していないし、特に俺たちの態度にも変化はない。

 そして昼休みにも何も変わらない。


 千垣ちがきからおっけーのメッセージが昨日のうちに届いたので、うらら琴羽ことはと一緒に空き教室に向かっていた。


「ことちゃんおつかれさまだったね」

「この人数になるとさすがにちょっと大変だったね~! 明日は頑張りたまえららちゃんや」

「どうせ来週には康太こうたも作るんだし、上等よ」


 今日の担当は琴羽だ。

 もともと千垣に琴羽の手作り弁当を提供することになっていたのだが、せっかくだからということでみんなの分も作ることになった。

 明日、金曜日は麗の担当。来週の月曜日は俺の担当だ。


 空き教室に近づいてくると、いつも通りギターの音色が聞こえてくる。


「なんか音が聞こえるわね」

「千垣がギター弾いてるんだよ」

「ギター弾くの?」

「そうそう。あ、別にあいつ友達がいないわけじゃないからな?」


 友達がいないから昼休みは空き教室で一人で過ごしているわけじゃない。

 理由まではわからないが、ギターを弾きたいというのもあるんじゃないかなと思う。


 だいたい、千垣はみんなといるのも好きだと言っていた。

 初対面はたしかに苦手だが、誰かと一緒にいるのは好きなタイプなんだ。


「もしかして、朝よく見る背中におっきな鞄持ってる子?」

「たぶんそうだと思うよ。綺麗な銀髪のやつだ」

「あ、じゃあ見たことある」


 俺と麗が登校している時間によく友達と話しながら歩いているからな。

 麗の金髪も目立つが、千垣の銀髪もよく目立つ。

 おまけにギターが入ってるかばん背負ってるし。


「かわいい子なんだよ紗夜さよちゃん」

「まぁちっちゃくてかわいかったかもしれないわね」


 よく憶えてるもんだな。

 俺は話したことないやつのことは憶えられない自信があるぞ。


 ていうか、麗のやつ俺と初対面の時名前憶えてなかったような……。


 やがて空き教室に辿り着き、俺が扉を開ける。


 ちょうどよく曲が終わったようで、ジャーンという音が響いていた。


「よっ千垣」

神城かみしろ……。それと、藤島ふじしまさん……」

「まだ琴羽って呼んでくれないのー!?」

「慣れたらで……」

「もーう!」


 前にも見た光景を再び見ることになった。


 相変わらずだな、二人とも。


「えっと、千垣さん……」

藍那あいな麗さんですね……」

「あ、知ってるの?」

「ええ……」


 千垣はたぶん。この学校の全生徒の名前を知っていると思う。

 もしかしたら、先生の名前もフルで全員憶えているかもしれない。


「千垣さん、なんか協力してくれたことがあったみたいで……ありがとうございました」

「いえいえ……お気になさらず……」


 二人とも驚くほど固い。

 人見知り同士が話すとこうなるというまさに見本のようだ。


 それっきり会話が続かないようで、お互い居心地悪そうにもじもじしている。

 その様子をただただ眺めていた俺と琴羽だったが、仕方ないので助け船を出すことにしよう。


「千垣、約束通り、琴羽にお願いして弁当作ってもらったぞ」

「藤島さん、ありがとうございます……」

「うん! さ、ららちゃんも座って食べよ食べよ」

「う、うん……」


 机を四つくっ付けて座る。

 俺の隣が麗、正面に琴羽。麗の正面が千垣だ。


 ちらっと見えた千垣の道具の近くに、やはり大きな弁当箱が置いてあった。

 あれ? 最近千垣には会ってなかったはずなんだけど、この弁当どっかで見たような……。


「お~……」


 弁当箱を開けた千垣が感嘆の声を漏らす。


 すぐさまポケットからピンクのカメラを取り出し、撮影していた。


「いっつも写真撮ってるの?」


 不思議に思ったのか、琴羽がそう尋ねる。


「あ、はい……。これでも写真部ですので……」

「あ、そうだったんだ? 写真撮るの好きなの?」

「おいしいものを撮るのが好きです……」


 ブレないなぁ。


「えっと千垣さんは、ギター弾いてるみたいだけど、軽音部とか?」

「いえ……。これは趣味です……」

「え!? 趣味でここまで!? すっごいね!」


 麗が目をキラキラさせて次々質問したりする。

 千垣も慣れてきたようで、言葉にあった警戒心がなくなっていった。


 麗のこういうところはすごいと思う。

 琴羽と初めて話した時も、目がキラキラしていた気がする。

 たしかあの時も、麗から質問したりしてたんだよな。


「よかったねこうちゃん」

「こうなると思ってたけどな」

「またまた~」


 俺は生姜焼きを箸で掴んで口に運んだ。


 うん、うまい。



※※※



「食べる専門のお料理研究部ってそんなのありなんだ」

「私も最初はびっくりした……。でも、おいしそうに食べるからいいって……」

「たしかに紗夜ちゃん、おいしそうにことちゃんが作ったお弁当食べてたもんね」

「おいしかったので……」


 今は弁当も食べ終わり、雑談タイムに入っていた。

 すっかりお互い打ち解けたようで、麗は千垣のことを下の名前で呼んでいる。


 一方千垣の方も、


「藍那はもう部活はやらないの……?」


 と、麗のことを苗字ではあるが、呼び捨てにしている。


 それを聞いた琴羽が当然黙っているわけはないが、今は大人しくしていた。


「部活やめたの知ってるの?」

「うん……」

「そっか。でも、部活はもういいかなぁ。康太と一緒に帰れなくなるし」


 千垣が驚いたようにこちらを見てきた。

 そういえば千垣は知らないんだった。


「昨日告って付き合うことになったんだ」

「いつも二人で一緒に帰ってるのに、何か言い方が引っかかると思ったら……」

「え、一緒に帰ってるのも知ってるの!?」


 どこまで筒抜けなのと麗は驚く。


「藍那のことはちょっと相談も受けてたし……」

「相談してたの!?」

「まぁ、ちょっと」


 麗の頬がどんどん赤くなっていく。

 ああかわいい。


 そんな麗に見惚れていると、正面から大きな音が響いた。

 琴羽が机を叩いて立ち上がったようだ。

 俺たちはみんなで驚いてびくっとなる。


 どうしたのか心配になりながら琴羽を見る。


「なんでららちゃんのことはもう呼び捨てなの! 私は!?」

「……慣れたらで……」

「もう慣れたでしょ~!?」


 そう言いながら隣に座る千垣の肩をゆさゆさ揺する。


 千垣のツインテールがふわふわと揺れた。


「やめてください~……」

「名前で呼ぶ? ねぇ呼ぶ!?」

「きょ、脅迫ですよぉ……」


 ついに琴羽がキレたか。

 これは放置しておくしかないなぁ……。


「ねぇ康太」


 呆れていると、トントンと肩を突かれた。

 そちらを見ると、すぐ目の前に麗の顔があった。


 思わぬ近さにドキッとする。


「あれはあれで仲良さそうに見えるんだけど……」


 俺はそう言われてもう一度二人を見る。


 肩を揺すり続ける琴羽と、先ほどより激しく揺れる千垣。

 同じ問答を繰り返す二人を見ていると、たしかにとても仲良しに見える。


「きっと親友だな」

「神城……バカなこと言ってないで助け……」

「ねぇ紗夜ちゃ~ん!」

「あうぅ……」


 そろそろ本気で千垣がやばそうなので、助けてあげることにした。



※※※



 昼休みが終わり、教室に戻る途中。

 琴羽はしょんぼりと肩を落とし、とぼとぼと歩いていた。

 いつもの元気は見る影もない。


「どうして……どうしてなのかな……」

「元気出してことちゃん……?」


 必死に慰める麗だが、逆効果なようで、麗に慰められる度に歩く速度が遅くなっている。

 今日が初対面の麗に負けたわけだからなぁ。


「まぁたぶんだけど、あれはあれで心許してると思うけどな」

「そうは思えないんですけど康ちゃんさんや……」


 この世の終わりでも見てきたかのような表情でこちらを見上げる。

 康ちゃんさんってなんだよ。

 正直ちょっと怖い……。


「千垣があれだけ言ってくるってことは、それはそれで心を許してるんだよ」

「そうなのかな……」

「麗との初対面の時思い出してみろって」


 千垣の方から話題を提供することはまずなかった。

 俺も最初の頃はほぼ一方的にしゃべっていた気がするし、そんなもんだと思う。


「そう言われるとちょっと元気出てくるかも」

「な? 元気出そうぜ」

「わかった! もっと頑張る!」


 ふんすと気合も十分なようだ。


 そのまま琴羽は俺たちを置いてズンズンと教室に向かって進んで行った。

 俺と麗は思わず顔を見合わせ、苦笑してからその後を追いかけた。


 午後の授業から琴羽は積極的になり、発言も多くしていた。

 そして放課後になると、すぐに教室を出て行く。


 これはたぶん千垣のところに突撃しに行ったな……。

 俺は麗に琴羽を追いかけるとジェスチャーをして教室を出た。

 たぶん伝わってない。


 千垣の属する四組に辿り着くと、やはり琴羽がいて、ちょうど千垣に飛びつくところだった。

 俺はやれやれと肩を竦めて二人に近づく。


「紗夜ちゃんもう一回! もう一回呼んでよ~!」

「そう言われると呼びたくなくなる……」


 どうやら一度呼んでくれたらしい。


 俺は琴羽にチョップを喰らわせた。


「あたっ!」

「いい加減にせんかアホ」

「神城……」


 う~っと頭を押さえる琴羽はぽいして。


「すまんなうちのアホな幼馴染が迷惑掛けて」

「いいや、大丈夫だよ……。またお弁当作ってもらうことにしようかな……」

「いくらでも作るよ!?」


 もう復活した。


「やっぱり今のなしで……」

「なんでよ~!」


 またじゃれ合い始めた二人。

 もう俺の手には負えない……。


「康太、これどういう状況?」

「あ、麗か。ちょうどいい。帰ろう」

「え? あ、うん」


 俺は麗を連れて教室を出る。


「神城、見捨てるな~……」


 何も聞こえない何も聞こえない。

 俺は教室に鞄を取りに行き、麗と学校を出た。


 踊咲高校前おどりさきこうこうまえ駅までの道のりを、雑談しながら歩く。


「あそこまでことちゃんが仲良くなりたがるの、なんかよくわかるな~」

「そうなのか?」

「女の子はかわいい女の子に目がないのよ」

「へぇ……」


 たしかになんか中学生の時とか小学生の時も、かわいいと評判の女の子に寄っていく同年代の女の子とかいたな。

 年下の女の子にすっごいかわいらしい童顔の子がいて、その子のとこに休み時間の度に行ってたな……。

 あれ? それ琴羽じゃなかったっけ……?


 まぁ納得はした。


「あ、だから麗は真莉愛まりあちゃんとも仲良くなりたがったのか」

「え、あんたロリコンなの……?」

「なんでそうなったの?」


 どこからそんな話が飛んできたんだよ。


「真莉愛ちゃんのことかわいいとか言うから」

「言ってはないだろ」

「言ったようなもんよ……」


 そう言って自分のことを抱くようにしながら俺から離れる。

 いやなんでやねん。


「まぁたしかに真莉愛ちゃんはかわいいけどな」

「やっぱりロリコンなのね……」

「不遇すぎる……」


 小学生の女の子をかわいいとか中学生の女の子をかわいいと言うだけでロリコン扱い。

 あまりにもひどいと思う。


「ま、冗談はこのくらいにしておきましょうか」

「冗談だったのかよかった」


 そうでなかったら困るな。

 仕返ししてやろう。


「ま、俺は麗一筋だしな」

「なっ!」


 パッとこちらを見る麗。

 すぐに顔を逸らすがもう遅い。

 真っ赤になった頬、ばっちり見たからな。


 耳まで真っ赤ですよ?


「おやおや真っ赤ですよ麗さん?」

「そ、そんなこと言われたらだって……」


 麗はゆっくりとこちらを見る。

 その瞳は少し潤んでいて、上目遣いがいじらしい。


 そのままぼそっと麗は言った。


「嬉しいもん……」


 そしてすぐにぷいっと反対側を向いてしまう。


 なに今のめっちゃくちゃかわいいんですけど……。

 頬が熱くなっていくのを感じる。


 勝った気になっていたけど、これは引き分けだな……。


 俺たちの間に、しばらく会話はなかった。

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