本当に起きた除霊の話!①~消える~

海野しぃる

消 る

 最初は買ったばかりの目薬だった。

 次は課題の入ったUSBメモリ。(これは中身のデータがHDDに残っていたのでよかった)

 まあ最近疲れているし忘れっぽいのかもなあと思ってしばらくは放置していたし、実際問題として何も起きなかったのだが、その次にお気に入りの服が消えた時は流石に気味が悪かった。

 だから数少ない友人にこっそり相談した。

 


「なぁるほど。ここまでがまあ君、堂本レナちゃんの出会った恐怖の物語の前日譚という訳だね」

「前日譚ってなんなんですか! 人が一人消えてるんですよ!」

「まあ落ち着けよ。俺だってクミちゃんが消えたのはとっても悲しい」


 歓楽街のど真ん中にある隠れ家みたいな喫茶店で、私は男と出会っていた。サングラスをかけたトレンチコートの胡散臭い男。私が友人――クミちゃんの消失に気づいた直後、この男は存在しない筈のクミのSNSアカウントを使って連絡をとってきたのだ。


「だいたいあなたクミのなんなんですか? 彼氏?」

「んまあそういう解釈でいいよ、で、こういう身分のもの」


 作家、有葉六郎。名刺には連絡先とこれまでに出版された作品の名前も書いてあったが、私は本を読まない。私が名刺を両手で受け取って、まじまじ眺めていると有葉さんは興味深そうに目を丸くする。


「なんですか?」

「ん~なんでもないよ。名刺の裏、すげえ簡単な御守を印刷してあるから、まあ一発くらいまでなら護符として機能すると思う。捨てないでね」

「作家さんですよね?」

「主な収入源は霊媒師なんだよ。世知辛いね。あ、今回はクミちゃんへの義理でやってるから安心してよ」

「タダみたいなもんじゃないですか」

「アハハハハ! 安心してくれよ、今、霊媒師業界は景気が良いからさぁ」

「うわ最悪……」


 有葉は私のつぶやきを鼻で笑うと大きめのiPadを取り出して私に見せる。


「これを見てくれ。クミちゃんから教えてもらった情報を元に、堂本レナを巡る怪現象について、以下の通りに推測した」

「法則?」


・一日に一つ、堂本レナの周囲の何かが消える

・消えるものは生き物や概念や物体と多岐にわたる

・この話を聞いたものは消える


「他にもルールはあるかもしれないが今分かっているのはこれらだね」

「待ってください。何も消えてない日だってありますよ!」

「いや、消えてるよ」


 有葉はiPadを操作して、SNSの発言リストを表示する。指定したアカウントを集めてその発言を纏めておくというものだ。


「こちらのアカウント、見覚えない?」

「……えっと、すいません」


 有葉はため息をついて更にiPadを操作する。


「へ……!?」


 自分でも呆れてしまうほど間抜けな声が出た。私のアカウントが、そのアカウントと会話している。どうやら私とそのアカウントの持ち主は親しい友人だったようなのだ。有葉は指を一本だけ立てる。


「消えるものは一日に一つ。それ以外は何も消えない。情報も、所持品も、他には何も消えない。一昔前ならば別に小規模集落の消滅なり村八分なりで収まるような案件なんだけど、いやはや現代というのはこれだから面倒くさい。君が知覚するものは消える。君に取り憑いている何がしかのせいだね」

「ネ、ネットストーカー……!」

「クミちゃんが全部教えてくれたぜ? まあ、あとあれだよね。君、少し話して分かったけどやっぱり友達が少ないって雰囲気しないもん。消えてると考えた方が妥当っしょ。ご両親は元気?」

「当たり前です! 怖いこと言わないでください!」

「怖い事はもう起きているんだなあ……まあいいや。あとは家でノンビリしててよ。この事件はもう俺がサパーっと解決するからさ。まあ何もかもタダでやってもらうのが嫌ならここの分払っといて」


 そう言って有葉は立ち上がる。

 

「え? えぇ?」


 そのまま有葉六郎が店を出た直後。

 ゾル、と奇妙な音が聞こえた。

 トレンチコートとサングラスが扉の外で床に転がり落ちる音がした。

 


「あ、有葉さん!?」


 ピロン、とiPadの音が鳴る。有葉が置きっぱなしにして出ていったものだ。それはすでにメッセージアプリが起動されており、そこに突然以下のようなメッセージが入ってくる。


『惜しかったな。俺は消えてないぞ』


 しかもいかにもウザい感じのスタンプ付きだ。そのスタンプを見た瞬間、目の前が歪む。吐き気が止まらない。スタンプが奇妙に明滅しながら回転し、耳許で何かお経でも読むような声が聞こえてくる。

 店の扉が開く。


「いやぁ~困った困った。忘れ物をしてしまったぞ」


 有葉が嬉しそうな笑顔で近づいてくる。

 トレンチコートとサングラスを外し、ノーネクタイのスーツ姿。これだけ見ればまるでサラリーマンのようだ。


「おやおや、大丈夫かい堂本さん? 体調が良くないみたいだねえ~んっふっふ~」


 そんな事を考えていると有葉は動けない私の肩を支えて立ち上がる。

 抵抗をしようという気持ちにはなれない。何も考えられない。


「iPadを取りに来ただけなんだが参ったね~。マスター、この子病院連れて行くよ。あ、これお会計。迷惑料だと思って受け取ってよ。いつも世話になるね。それじゃあまた!」


 有葉は私の肩を支えながら店を出る。私を車まで連れ込みながら、有葉は嬉しそうに喋り続けていた。


「まだ少し元気そうだからさ。今回の術式を開示しよう。君渡したあの名刺ねえ、ちょっとだけ使んだよ。君は君が認識したものを消してしまうだろう? ならその認識に誤った情報を流し込んでやれば良いと思ったんだよね。実際、こっそりネットストーキングしたら、あの消えた君の友だちのSNSアカウント、中の人だけはどうも普通に生活しているみたいなんだよね。ネット上で活動していたアカウントだけを器用に消している訳だ」


 頭が熱い。ひどく腹立たしい。それ以上のことは何もわからない。うーとか、あーとか、そういう事をうめいている気はするのだがそれさえも定かではない。私はオンボロ車の助手席に放り込まれてシートベルトをしめられる。


「さて、有葉六郎とは俺が適当にふかした虚構だった訳だが。それは俺の頭の中にこうして存在し、君が消そうとした筈なのに消えてなどいない。君はんだぜ。堂本レナ、君の背後に居る存在の呪詛は失敗した。呪いに失敗したらどうなるか知ってるか?」


 有葉はエンジンをかけて車を出発させる。古くてボロボロの軽自動車が、町外れに向けて走り出す。


「知らない……」

「使った呪いが跳ね返ってくるんだよ。呪詛返しをするって手もあるが、多分今回の犯人はこれまでにもだいぶ消したからな! 綺麗サッパリ存在ごと消されると思うぞ!」

「あの、私を呪った犯人って」


 有葉は人の良い笑みを浮かべながら、朗らかに返事する。


「ああ、だよ!」


 次の瞬間、私の目の前が真っ暗になった。


     *


 次に私が目を覚ますと、私はいつの間にか石狩湾の沿岸を走っていた。


「あ、起きた? 急に未来の君に呪われているってびっくりするよねえ」


 頭はびっくりするほどスッキリしていて、有葉の声もよく聞こえるし、身体の自由だって十分に効く。まあ流石にシートベルトを外す気分にはなれないが。


「なんで海なんか走ってるんですか」

「それはまだ言えないな。やっと君に取り憑いているものを祓う段階だからね」

「はぁ!? 呪いは終わったんじゃないんですか!」


 有葉は運転をしながら私にiPadを渡す。

・一日に一つ、堂本レナの周囲の何かが消える

・消えるものは生き物や概念や物体と多岐にわたる

・この話を聞いたものは消える←多分、未来の君のはこれだけ

 私は画面を眺めたまま凍りつく。


「はぁあああああああ!?」

「元気そうで俺はとても嬉しいよ。クミちゃんも浮かばれることだろう」

「ど、どういうことですか! 何も解決してないです!」

「何を言っている。呪いは消えた。消えるものはランダムになったぞ。人間相手の消失だけ見ても70億分の1だ。身の回りの人を消したくなければ70億の人間を一人ずつ調べて確率を減らせ。過去の人間でも良いぞ。過去の人間の業績はなくなるだろうが、既に発生した事実を消すほどの力はお前に取り憑いたものにはない」

「なんで未来の私が今の私にそんな呪いを仕掛けてたんですか!」


 有葉はゲラゲラと笑う。


「んんん? 馬鹿だなあ君は! 自分の認識しているものの中からランダムになにか一つ消える世界を自分だけが認識し続けたら絶望するに決まってるだろうが! おおかた途中でご両親が消えたりでもしたんじゃあないか? あるいはクミちゃんか? それとも俺の知らないご友人か? 君と繋がりの深いものが消え続けた世界で君は耐えていけるのかぁ? んん?」


 無理だ。

 いや、この男の人格も大概無理なのだが。

 確かにそんな世界で正気を保つのは無理だ。


「で、でも消えたんですよね未来の私!?」

「消えたよ~。まず第一に呪詛を破られたことによる反動。第二に今こうやって俺が丁寧に説明をすることで、君はその未来を意識し回避するために動けるようになる。わかりやすいだろ? 呪いってバレたら負けるの」

「でも! わ、わ、わたしは! 消えちゃう! 未来で消えちゃってるし! 私も消えちゃうじゃないですか!」

「別の未来を選べば良いだろう。それに人はいつか死ぬ。消える。自分の先祖だったであろうクロマニヨン人の名前を覚えている奴が居るか? それでも世界は回る。人々は愛を囁き、神に祈り、当たり前の日常を営む。素晴らしいことだとは思わんかね!」

「あったまおかしいんじゃ……ないですかぁ!?」

「アハハハ! うるせえ!」


 有葉が車のアクセルを踏み込んで、私は後頭部を座席に叩きつけられる。車はそのボロボロの見た目からは想像できない速度と名状しがたい不快なエンジン音を出しながら、海辺の崖の上を高速で走り続ける。


「ちょ、ちょっと! 危ない! 危ない!」

「除霊はだいたい危ないものだよ、大丈夫。あと喋ると舌を噛むから気をつけて」

「曲がり角近い! 減速! 減速して!」

「君に何が取り憑いているかは正直分からないのだが、恐らくシアエガと呼ばれる神だろう。これは若く清らかな乙女を狙い、再封印を受ける度に周囲から襲われたものの記憶を奪う。記憶を奪うのはこの神自体の本来の挙動じゃないんだが、結果としてこれにより存在ごと消えたような結果が起きて危険性が増す訳だな」

「シアエガ……? そいつが悪いんですか!? どうやって除霊するんですか!?」

「大丈夫、除霊は大詰めだ」


 有葉はなぜか私を見て嬉しそうに笑う。


「シアエガは恐らくまだ神としては不完全で、君を通じて存在を確立させているのだろうね。なので既に顕現している更に格上の神に対してそれを捧げ奉り、君に取り憑いたシアエガという上位の供物を以ていきなりお願いをした無礼は許してもらおうと思う。こんな立派な供物を差し出す信徒を、俺の神は無下にしないからな……神を崇めよ、神は偉大だ、神を信じて最善を尽くそう。神を信じないやつは駄目、死ね」


 車はもう一段階加速する。カーブが近い。


「さあ始めよう。ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん。いあ いあ くとぅるう ふたぐん。いあ いあ くとぅるう ふたぐん。いあ いあ くとぅるう ふたぐん」

「待って!? 墜ちる! 崖! 近い! 降ろして! 降ろしてぇ! 死んじゃう! ごめんなさい!」

「いあ いあ くとぅるう ふたぐん――」


 思わず悲鳴が上がる。いや、悲鳴しか上がらない。不思議と指は動かない。

 もういっそ車から逃げ出したいのだが時速100km/hで疾走する車から飛び出すのはただの自殺だ。シートベルトを外すこともできない。

 有葉はスゥっと息を思い切り吸い込んで、クラクションに拳を叩きつけながら叫ぶ。


「――セイッ!」


 ガッ


 車はガードレールをなぎ倒しながら崖下の海へと勢いよく落下していった。

 一瞬だけ、運転席のフロントガラスの向こう側に巨大な緑色の目玉が浮かんだような気がしたのだが、すぐにブチュっと潰れて黒い粘液の塊になり、車ごと海の中へと飲み込まれて消えた。


     *


「…………」


 私は気づくと病院のベッドの上に居た。

 どうやら生きているらしい。不本意なことに。


「やあ、生きててよかった。大丈夫?」

「なんでまだ居るんですか」

「いや、まだ最後の仕事が残ってるしさ……」

「なんですか!? 私まだ何か取り憑いているんですか!?」

「君に取り憑いているものは祓ったけど、そういう時に別のものが入ってくることも多いから、アフターサービスだ。もうクミちゃんから十分すぎるお礼は貰ってたから、次来た時も安くしとくよ」


 有葉は『有葉緑郎』と書かれた名刺を私に押し付ける。


「はい、これ名刺。名前は芸名ってやつだけど、連絡先とかは本物だから。んで、何か有ったら連絡して。最初に渡した名刺、あれは君に取り憑いてたやつと君を呪ってた奴へのトラップだったからさ」

「ま、まだ海の中に突き落とされるんですか……!?」

「普段はやらないよ。今回は相手が大物だったからねえ。未分化の神そのものを見たのは初めてだからだいぶ焦ってたよ。まあ焦りを顔に出したらつけこまれるから我慢したけどさぁ。また似たようなのに取り憑かれないように術式開示するね。まずこちらの信仰体系に引きずり込んで、それを取り憑かれる君をビビらせることで一時的に信じ込ませて、一瞬だけ俺の信仰体系に引きずり込んだ上で、俺の信仰体系に置いて存在する上位存在に食わせたの。化け物には化け物ぶつけるというシンプルな解決方法だ。今の説明を聞いたから、君を狙う人外は今後、この術式を再演リピートする形で食われて死ぬ。名刺を渡した以上、君から俺に連絡もくるからね。理論的にも現実的にもこのギミックは固定してしまったことになる」

「また連絡すれば良いんですね」

「そう」

「また戦わせるんですか?」


 有葉さんは『これだから素人は』という面で肩をすくめる。


「戦ってはいない……捧げたんだよ。だから消える。消した神が消されたって考えると面白いよな。ざっくり言えば君に取り憑いたものは俺の領域で嵌められたの。もし俺の神がフライドチキンの骨までバリバリ噛み砕くような性格ならまあ君も死んでいたが、そこまで食い意地が張ってなかったから良かったよね」

「し、死んでた……!? そんなぁ……!?」

「君に取り憑いているやつが完全に復活するよりはずっとマシだろ? まあ生きてて良かったな~とは思うけど、駄目なら駄目で地球を守る為に死ねよな」

「人の命ですよぉ!?」

「たかが人の命だろうがぁ! ゴミクズだ! 神の基準で測ればカスだ! カス以下だ馬ぁ~~~~鹿ッ! ああもういい疲れた! これだから人間は無理なんだ。飛び立て無理人間コンテストッ! 帰る!」


 有葉さんは急にキレて椅子から立ち上がる。


「あ、あの、待ってください」

「なんだぁ? クミちゃんが死んで機嫌悪いんだがぁ?」

「け、けっきょく、なんだったんですか? あいつら、あの、有葉さんの言う神とか、私に取り憑いたものとか……未来の私だって本当に未来の私だったんですか?」

「知らん。興味も無い。帰って原稿書かなきゃいけないから帰る」


 彼はそれだけ言うと病室を出ていった。

 その後、私が心霊騒ぎや   に悩んだことはない。

 ありがたいことに、今の所は。

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本当に起きた除霊の話!①~消える~ 海野しぃる @hibiki

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