笑い病

Meg

笑い病

 彼女のスマホの画面に、彼の姿が現れた。

 彼はなぜか空のバスタブのなかで、ひたすら声を立てて笑っている。


「ふふ。ははは。ふふ。はははは」

「久しぶり。元気だった?」


 久しぶりにこうして通信する彼が、あまりに楽しそうに笑っているものだから、つられて顔をほころばせた。

 元々あまり感情を表に出すタイプじゃなかったのに。しばらく見ない間に変わったな。

 何でバスタブなんだろう。

 でも彼が楽しそうだと、素直にこちらも楽しくなる。


「楽しそう。なにかいいことあった?」

「ははは。ふふ。あははははは」


 彼は問いに答えなかった。苦笑いしながら、少し困って首を傾げる。

 ちょっぴり滑稽だ。


「さすがに笑いすぎじゃない?」

「あははははは。あはははは。ふ、はははははははは」

「なんか私おかしい?」

「はははははははははあはははははははははははははははあははははははははは」

「いくらなんでも怖いんだけど」

「はーは。はーはー。ははははは。ははははは。ははははあははははは。はーははははははじははははははっはははははしははははははははははんははは」

「……ごめん、気分悪い。退出する」


 なにを言っても、彼は笑うのをやめない。画面を消そうとした。

 突然、大きなブザーの音がした。


 『地震です』

 『地震です』

 『地震です』

 『地震です』


 にわかにごぉっと音がしたかと思うと、大地震が起こった。

 家のなかの食器棚だの本棚だのが崩れ、いきおいよくふりかかってくる。

 悲鳴をあげても、画面のなかの彼は笑い続けていた。


「はははははあはははにははははははははははははははげはははははははっはははははははははははは、ははははあははははははははっははてはははははあはははは」



 

 空のバスタブのなかで、彼は声を立てて笑っていた。目の前に立てかけたスマホ画面の向こうでは、大地震が起こっている。

 がたんと彼女の画面がゆれ、暗くなった。ひっくり返ったようだ。ごぉっとゆれの音とともに、人の体が家具か何かの下敷きになり、骨が折れる音がする。

 彼女の短く鋭い断末魔が聞こえた。画面が真っ赤になる。


 そのうちに、しんと全ての音が消えた。

 自分の笑い声を除いて。


「ふっ……、くっ……、はは、は」


 彼女の画面から、弱々しく途切れ途切れに声が聞こえた。


「たす……け、だ……か」

「ははははははははは。はははははは、ははは」


 笑い声は、勝手に大きくなる。


「あははははははははははははたはははは」


 ぷつんと通信がとだえた。


「はははははははははははは、はははははははははははっはーはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーはははははははははははははははははははははははははははははははすはっはっはははははははははっけはははははははははははは、はははははははははははははははははははははてはははははははははははははははははははははははだははははははははははれはははにににははははははははははははははははははははははははははははっははははははははははははははっははははっはははははははかははははははははははははははははははははははははははははははははーははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

笑い病 Meg @MegMiki34

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ