イザヤ・ザ・ポラリス完

「また今度続きを描かせてくれ」

 あの日、イザヤはエレナの絵を完成させずに帰りました。エレナはクラブ活動に合流し、日が暮れても学校に居残りました。まだ帰っていないのかと友人と共に怒られて渋々帰路に就いたわけです。

 橋の上で友人と別れたとき、エレナは山に登るイザヤを見かけました。また星空を見に行ったのだろうと思った反面、自分を誘ってくれないものかと寂しくも思いました。


「あなたはいつも回りながらわたしのことを待っているのね」

「あの光の粒たちだ。一つ一つ、違う大きさ、違う輝きなのに、どれを見ても綺麗だ。ただそこにあるだけでお互いの光を邪魔することなくそこにいるんだ。彼らはきっとあそこにいて輝くのが一番いいんだろう。あの位置、あの角度で一番すてきにみえるんだ」

「これ、本当に、方向、合っているの?」

「これが流れ星だ」

「ねぇイザヤ、なんてお願いした?」

「僕は、北極星になりたい」

「ねぇイザヤ、北極星ってなに?」

「誰もいない、方角もわからない暗闇の中で、旅人たちが頼れる光はきっと、月や星の光だけだったんだろうな」

「イザヤは、死にたいってこと?」

「僕は北極星になりたいのさ」

「みなさんの大切な友、イザヤ君が昨晩山の中で亡くなっているのが見つかりました。高いところから落ちて頭を強く打ったとのことです。イザヤ君は成績も良く絵の才能もあり皆の良き規範として活躍していた優秀な生徒であり、彼とこうした形で別れてしまうのはとても悲しいことであります。皆さんどうか、彼のことを忘れないであげてください。また、この時期は暗くなるのが早いため、山に入るのを控えてください。最後に、彼と親しかった者はこのあと校長室にまで来てください」

「エレナちゃん、顔色悪いけど大丈夫? 保健室に行く?」

「エレナさん、イザヤ君とは幼馴染だったね。実は彼が昨日美術室で君の絵を描いていたみたいでね。もしかして、君はモデルとしてそこにいたんじゃないかな。イザヤ君から何か話を聞いていないかい」

「だまっていたら何もわからないよ。イザヤ君と何かあったのかい? 僕たちはただ、彼のことをわかってあげたいだけなんだよ」

「辛いなら学校に行かなくてもいいんだぞ。ゆっくり休んで、気持ちを落ち着けるのに時間を使ってもいいんだ。大切なのはこれからをどう生きるかなんだからね」

「ごめんねこんなつらいときに。わたしたち、今度のセイヤ祭でイザヤの荷物を送ろうと思うの。いつまでも息子のことで暗くなっていたら、あの子も悲しむと思うのよ。エレナちゃんも来てくれないかな」

「おまえがとっても辛い思いをしていることは知っている。だけど、今日行かなかったら一生後悔するんだぞ」

「イザヤのこと忘れてまで楽になりたいのなら勝手にしろ!」


 エレナは塔の上に寝ていました。腕や足をめいっぱい広げても、隣には誰もいないのでぶつかりません。

「あそこに見えるのがおおぐま座。その背中からしっぽまでを北斗七星。それをさらに伸ばしていくと、そこにあるのが北極星」

 指で星空をなぞりながら呟きます

「イザヤ、あなたは北極星を目指してずうっと走っていたけど、わたしはなにを目指して歩いていけばいいのかな」

 エレナは腕を下ろしました。

「あなたはどの星なの」

「さーてね」

 頭の上から声がして、エレナは飛び上がりました。

「マヤさん!」

「可愛い顔するじゃない」

 マヤはいつの間にか階段を上ってエレナの傍に来ていたのです。さっきの独り言をきかれていたことに恥ずかしくなり、エレナの顔は真っ赤になりました。

「ここからだとまた綺麗に見えるのね」

「はい」

「ここで死んだんだ」

「はい」

 マヤは懐中電灯のスイッチをつけて、周囲の森を照らしました。

「こんな山奥に、誰もたどり着かないような場所があったんだね。まるで天国だ」

「死んだら星空に浮かぶって話はどうしたんですか」

「わたしは信じてないもん」

 マヤは唇をツンと尖らせて言いました。

「でも、エレナちゃんもイザヤくんも、今もお互いのことをちゃんと大事に想ってるってことは変わらないんじゃないかな」

「そうだといいんですけどね」

「きっとそうだよ」

 マヤはエレナの肩に手を回しました。彼女の懐中電灯は森の中のあらぬ方向を光らせています。

「あっ!」

 エレナはその光の中に、一本のリボンを見つけました。

「エレナ?」

 マヤが声をかける間もなく彼女は塔を駆け下ります。

 塔を出ると辺りはすぐに暗くなり、ほとんど何も見えなくなってしまいました。それでも一瞬の記憶を頼りに走ります。地面は蔦や根が這い回り、エレナは足を取られそうになりました。

聞こえるのは少女の吐息、枝葉を踏む音、風の音。月明かりにうっすらとだけ照らされる獣道。

エレナがついに転んだところで、彼女を白い光が包みました。

あぁついにわたしは天に召されてしまうのかと彼女は思いましたが、すぐにそれが懐中電灯の光であることに気が付きました。

「エレナちゃん! 危ないからすぐ戻りな!」

 塔の方からマヤの声が聞こえます。

 エレナはゆっくりと立ち上がり、光の方を見上げたところで木にひっかかっている一本のリボンを見つけました。その木の根元には、やや小さな木箱が置かれていました。

 エレナは木箱を開きます。

中に入っていたのは一冊のノートでした。


 塔に戻ったエレナはノートを見るために机上の本の山をどかそうとしました。アルバムらしき本が開かれており、そのページには二人の男女が仲良さげに笑っている写真が挟まれていました。エレナはアルバム以外を机から落とし、ノートを広げました。

 星座についてまとめたメモ、名前の付いた星に関する詳細、星と星の距離を測るための計算式、そういったことがこのノートのいたるところに散らばっていました。エレナは一枚一枚じっくりとその内容に目を通していき、とあるページで目を見開きました。

『北極星はある特定の一つの星ではない。およそ2000年ごとに別の星が北極星に成り代わり、およそ25800年を周期に元の星が北極星になる』

「エレナちゃん、このノートの内容わかるの?」

 読む手が止まったからか、マヤがエレナを抱きながら聞きました。

「ううん。難しいことばっかり書いてある」

「これをイザヤくんが残したんだ……」

「どうだろう」

 エレナにはわかりません。

 彼が本当に死ぬつもりでこの本を残したのでしょうか。イザヤは本当にこの塔から飛び降りたのでしょうか。

「まさか本当に北極星に成り代わろうなんて、そんなこと考えるのかな」

「イザヤくんがそんなことを言っていたの?」

「どうだろう」

エレナはノートを閉じて立ち上がりました。

「わたし、星の勉強してみる。イザヤが何に憧れて、何を目指していたか知りたいから」

 そう言うと、彼女は塔の出口に歩いていきました。

 夢中でノートを読んでいたからか、塔の外はうっすらと明るくなっていました。まだ陽は出ていませんが、星はほとんど見えません。

「イザヤを見つけなきゃ」

エレナはそう呟きます。

二人は朝焼けを眺めながら、山を下りて行きました。

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星々の葬列 yiska @yiska343

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