第806話 アグトゥス (2)
「魔王様との接点が有ったとするなら、やはり研究ですかね?」
「魔王様の目に止まった研究が有って、魔王様と謁見する機会に恵まれた…というのが一番簡単な答えですよね。」
「そうなると…やっぱりこれを読むしかないかな…」
そう言って僕は自分の後ろの棚に並んでいる無数の本を見上げる。
その本棚には、アグトゥスが綴った研究の本が並んでいる。数え切れない程の数の本。全てが魔法に関するもので、非常に優秀な人物である事が分かる。
「魔王様がアグトゥスを引き入れたくなるような研究…を探せば良いのですよね?」
「全部を読む必要は無いとは思うけど、題目的に魔王様が興味を引きそうな内容の物は読まないとかな。イェルムさんが居れば、どれが興味を引かれた研究内容か分かったかもしれないけど…」
所有しているという事は、少なくとも一度は目を通したはず。その中のどれが魔王様の興味を引いたか聞くことが出来れば、数はかなり絞れると思うけど…
「それは難しいと思いますよ。」
そう言ってエーメルがその理由を話してくれた。
どうやら、イェルムとアグトゥスは、知り合い程度の仲というだけで、特別親しいという話ではなく、本を持っているのも単純な文献としての利用しか考えていない。故に、詳細な内容は把握しておらず、その上、イェルムはアグトゥスと同様に自身の研究で頭が一杯。政の事なんてまるで分からず、魔王様が興味を持つであろう内容の事もさっぱり。つまり、イェルムさんに聞いてもどの研究が僕達の求める情報なのかは分からないという事らしい。
「そうですか…そうなると、やはり読んでみるしかなさそうですね。」
「そうだね…でも、僕達にこの役目が回ってきたのは幸運というのか、運命を感じるね。この役目は僕に適任だからさ。」
「そうですね。シンヤさんでしたら、んー…分からん!とか言いそうですね。」
「はは。容易に想像出来るのが笑えるね。」
「え?!そんな事言う人なのですか?!」
「あー…エーメルさんの前では無口なシーちゃんだったからね。でも、意外と冗談も言うし、おかしな事もするよ。僕も大概だけど、シンヤ君もなかなかの変人だと思うな。」
「へ、変人…ですか…」
「そんなに重く受け止める程のものじゃないですよ。単純にユーモアも持ち合わせた方というだけの話ですからね。」
何とも微妙な表情を見せるエーメルさん。自分の知っているシーちゃんのイメージと掛け離れていたのだろう。でも、そういうシリアスな時も有るから間違いとは言えない。ただ、それが特にニルさんの事に関してという話なのが何とも伝え辛い内容になっている。エーメルさんを見るに、シンヤ君が好きとかではなく、単純に友達として…という感情みたいだけど…こういうのは本人に任せるに限る。
「それより、どれを読むか決めようか。僕がある程度選別してみるから、その中から読んでみよう。魔王様が気に入るとなると、魔界に関する事に繋がるような研究だよね?」
「恐らくはそうだと思います。」
「了解。そういう内容の研究を選別するよ。」
僕に分かる内容なのかはさておき、取り敢えず選別して数を絞る。
そして、それぞれが分かりそうな内容の本を手に取って内容を調べていく。
内容的には、簡単なものから難しいものまで様々で、生活魔法に関する事から新しい魔法についてなんてものも有る。
その中で、政に関わりそうな内容のものを選択してみたけど、とにかく数が多くて選別した後でもかなりの数になってしまった。しかも、その中に欲しい情報が入っているかは分からない。戦闘とはまた違った意味で忍耐力が要る。
それからは頭から湯気が出るくらいに文字と向き合って内容を確認した。その中で、僕が気になったのは、神についての研究だった。
神と魔法と聞くと、あまり関係が無いように感じる単語に思えるかもしれないけれど、アグトゥスの研究内容を読み解くと、魔法というのは、そもそも神が与えた能力だという事らしい。
僕達がこの世界に来る時、その神というのに出会っているし、オウカ島という島の話を聞く限り、神という存在が魔法を与えていたという話を聞いても不思議には感じない。
しかし、それだけの内容ならばアグトゥスも研究内容として発表はしていない。アグトゥスは、その魔法についてもう少し詳しい内容を調べていた。それによると、そもそと魔族というのは、多種族が集まったものではなく、単一の種族を表すものであり、別の名前で呼ばれていたという話から始まる。それによると、魔族は神に最も近いとされていた種族であり、その魔力量は現在魔族と言われている者達とは比べ物にならなかったらしい。そして、その旧魔族の者達が、魔力量の少ない者達でも扱えるように変化させたものが今の魔法らしい。
アグトゥスは、その事に興味を持ち、魔法の元となる魔法、つまり、旧魔族が使っていたであろう魔法についての研究を行ったらしい。
内容を確認してみると、魔法の多くは今よりもずっと威力が高く、効果も絶大なものだったとの事。それは想像が容易だけど、重要なのはそこではなく、その魔法を使う為の手段が存在するかどうかの議論について。
現在、魔法を使用する際に必ず使われている魔法陣。これを読み解く事で、その可能性が有ると説いている。
ただ、その解析は非常に困難なものであり、簡単に読み解けるようなものではない為、多くの時間と資金が必要となると終えていた。
一応、例としていくつか魔法陣を読み解いたものが乗っていたけれど、詳しい内容については所々僕達の世界での見解とは違っていた。
魔法陣に関する研究というのは、ゲームだった時に多くの人達が興味を示した部分であり、かなり多くの考察が流れていた。
その内容としては、図形と文字。この二つの要素を円で囲んだもの。簡単な説明にしてしまうと、こういう理解になる。概ね、アグトゥスの考察もこれと同じ内容だったけれど、図形や文字の表している内容が若干違った。インターネットの無いこの世界において、その考えに至り、多少の違いは有るけど、ほぼ僕達の居た世界と同じ答えに辿り着くというのは、並の天才ではない。超天才と言えるような人だ。
そして、もしも、この旧魔族が使っていた魔法が使えたならば、魔族としてはかなり有力な攻撃手段となる。神聖騎士団との戦争の事も有るのだから、是が非にでも使えるようになりたいと考えるのは不思議なことではないはず。ただ、その内容を考えると、研究の事を公には出来ないはず。そして、この研究の本は公に出版されたものではないという言葉が、最後に書かれていた。
内容を聞くと、どうにもシンヤ君の聖魂魔法の事を思い浮かべてしまうけど、多分、似たようなものだと思う。いや、寧ろそれが答えかもしれない。聖魂とよばれる存在には、多種多様な姿をした生物が存在し、その生物達が混じり合い、色々な種族が誕生した…それが今の魔族というのは突飛な話ではないはず。シンヤ君が使う魔法は、現在一般的に使われている魔法とは体系が大きく異なるけれど、魔法という事に変わりはなく、その現象は魔法の規模を大きくしたようなものばかり。
旧魔族が、イコール聖魂だとした場合、その力の断片的なものが友魔と考えると何となく理解が出来る。聞いた話にはなるけど、オウカ島というのは、神様を強く信仰しており、魔族に対して強い信頼を寄せていた。そんな島の攻略にやって友魔が解放…繋がっている…と考えるべきだろうか。
そうなると、シンヤ君達が見たというオウカ島の神殿。あれは元々聖魂の建てた物…?つまり、旧魔族を調べるならば、神殿等を調べるのが唯一の手段…?
頭の中で次々と疑問が浮かび上がっては消えていく。
旧魔族、現魔族、聖魂、友魔。これらが一つの存在から成るものだとしたならば、僕達の見ているイベントの通知や、インベントリ、報酬等も神様の力で与えられているという事になるのではないだろうか。
だとすると…何故、神聖騎士団に入っている同郷の者達は、僕達と同じような道程を辿らないのだろうか。
イベントの通知なんかは、それぞれが体験する内容によって違ったりするかもしれないけれど、ゲームとしては一つの目標に向かってイベントが発生するはず。
例えば、魔王討伐という内容ならば、僕達がこうして魔王様を助け出す為に動くようなイベントは発生しないと思う。
ゲーム内で対立する組織を作り上げ、その間での戦闘、つまりPvPを楽しむのならば分からなくはないけど、それだと魔王様の手助けをしようとする者達があまりにも少ない。僕とシンヤ君だけが魔王様側なんて、PvPとしては成り立たないはず。
「随分と深く考え込んでいますが…何か気になる点でもありましたか?」
長考していたのを見ていたピルテが、僕に声を掛けて、やっと我に返る。
気になる内容でついつい考え込んでしまったけれど、今必要な情報はそこではなく、アグトゥスが魔王様に引き抜かれた理由。
「そうだね…この本だけど、魔王様が気にする内容かなと思う。勿論、他にも気になる本は沢山有るし、取り敢えず選別した本だけでも全部目を通してからになるけど…」
「もし、その本が理由だとして、アグトゥスが魔王様を裏切るかどうかの判断は出来そうですか?」
「そうだね……僕の判断になるけど……アグトゥスの本をいくつか見た限り、本の内容は、魔女族の中でもかなり突飛なものが多い気がするんだよね。」
「鬼才…というやつですか?」
「そうだね。もしその想像が当たっていたとすると、アグトゥスは、これまで多くの研究を発表しながらも、皆から冷たい目で見られていた…って事は無いかな?」
「そうですね…私はそんなに詳しい事は知らないのですが、イェルム様が、アグトゥスは私とは違う…と仰っていたのを一度だけ聞きました。」
僕の想像に対してエーメルさんが答えてくれる。
「私とは違う…か。」
「私も詳しくは知らないので、その辺りの事を知っていそうな人に聞いてみましょうか?」
「詳しそうな人が居るの?」
「居る…というか、私以外のメイドは、基本的にそういった噂話に詳しいですよ。」
優秀なメイドさんばかりみたいだから、噂話を外に漏らす事は無いだろうけど、イェルムさんの世話をしているメイドともなれば、色々と話を聞いていてもおかしくはない。メイド同士とかで楽しむ程度の事はしていそうだ。
「あー……なるほどね。出来そうならお願いするよ。」
「分かりました!」
そう言うと、エーメルさんは直ぐに立ち上がって部屋を出て行く。
直ぐにという話ではなかったのだけれど…凄く真面目な性格なのが分かる。
「さて…僕達は、他の本を読もうか。」
「はい。」
ピルテと二人で、黙々と本を読む時間が過ぎる。
一応、ピルテとは婚約したという形にはなっているけれど、現状の事や魔王様の事を考えると、それを理由に戦う事を止めたりは出来ない。それはピルテと話し合って決めた事だし、僕もピルテもそれを望んでいるから問題は無い……けれど、やはり、ピルテが安全である事にどこか安心している自分がいる事に気が付く。
悪い事ではないと思う反面、ピルテが危険な状況になると、冷静に対処出来るか心配になる。
シンヤ君がニルさんの事になると我を忘れる気持ちがよく分かる。
何とも言い難い二つの相反する感情が心中でせめぎ合っていて辛い。
「どうしました?」
それを敏感に感じ取るピルテ。きっと僕がそんな事を言えば、ピルテは僕に失望すると思う。逆の立場なら失望すると思うし…だから、きっと今のまま、このまま突き進むのが一番だと思う。
「ううん。何でもないよ。少し目が疲れただけ。」
「そうですね…少し休憩を入れましょうか。」
大切な人を守りたいという気持ちは、きっと僕のような過去が無くとも、普通に抱く感情だと思う。僕はそれが人一倍強いというだけの事。
僕達は、可能な限り急いで、でも取りこぼしが無いように慎重に本を読み続けた。
僕が担当する本の内容は、どれも難しいものだったけれど、それらの全てが基本的に同じような内容であり、それは魔法陣を読み解く為の色々な研究…といった感じ。僕が気になった本は、これらの研究の上に成り立っているといった感じで、内容を補強するようなものが多かった。要するに、僕が気になっていた本が一番核心に触れる内容であり、それらの研究成果の全てといった感じ。
そして、エーメルさんが聞いた噂話から、アグトゥスは人気者…とは真逆の扱いを受けていた様子。
「つまり、アグトゥスの成果は正しく評価されていなかった…という事ですか?」
「そうなると思う。もし、自分が没頭して研究した成果が、誰からも認められなかった時、僕ならやっぱり寂しく感じるかな。」
スライムの研究は、僕にとって趣味みたいなものだし、評価されたいという欲求は少ないと思う。それでも、本にしておいて誰にも見向きもされないとなると、少し寂しく感じると思う。そもそも、本にするって時点で、ある程度承認欲求が有るという事になるから。
そんな中、自分の事を唯一認めてくれた相手が魔王様だとしたら…アグトゥスが魔王様に心酔してしまうかもしれない。恐らく、魔王様から見れば、魔族の命運を担う程の研究だと感じたはず。アグトゥスの事を手放しで褒めたはず。アグトゥスはそれを聞いて本当に嬉しくなったはず。しかも、魔王様は、恐らくその研究を進める為の資金的、政治的援助を惜しまなかったはず。褒めてくれただけではなく、認めてくれた相手が援助までしてくれた。それは、口だけではなく、本当に認めてくれたという証拠に他ならない。
「アグトゥスとしては、それで魔王様を心酔していたということですね……それならば、やはり裏切るという可能性は低いと感じますが…」
「そうだね…もしかすると、魔王様を蝕む魔法を解除出来ない理由が有るのかもしれないね。例えば、その魔法は、普通の魔法じゃないとか…」
「それはつまり…シンヤさんが使う聖魂魔法という事でしょうか?」
「どうかな……アグトゥスの本を見た限り、聖魂魔法の開発にまでは至っていない。そうなると、多分……友魔に関する魔法とかかな。」
「友魔…ですか。確かに、シンヤさんの話では、特殊な魔法を扱えるそうですが…魔界に人族や渡人は居ないはずですよ?」
「そうだね……ただ、アグトゥスならば、友魔という存在の事をどこかからか知ったならば、ある程度友魔の魔法を解析出来たかもしれないね。」
「友魔が現れてからそれ程時間が経っていないはずですが…?」
「それでも、多分アグトゥスならば解析出来ると思うよ。」
「それ程の才能を…?」
「本を読んだ限り、それくらいの事は出来ると思う。ただ、全てを明らかにしたわけではないだろうから……精神干渉系魔法を使えても、解除する魔法が使えない…って事も有るかもしれない。」
「誰かが、その魔法を盗んで使った…という事ですか?」
「アグトゥスが魔王様に心酔しているとなれば、自ら渡したとは考えられないからね。」
僕の想像が正しければ…この筋書きが一番しっくり来る。
次の更新予定
2025年1月8日 01:00
超リアルRPGに転移した ルクラン @Rukuran
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。超リアルRPGに転移したの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます