第805話 アグトゥス
パウンダ家に着いて直ぐに、僕とピルテは驚いて、尚且つ申し訳ない気持ちになる。
到着して一番に目に入るのは、建物の壁が吹き飛び、大穴が空いた屋敷。シンヤ君とニルちゃんがイェルム-パウンダと戦った時のものと聞いている。一応、試されていたとか、色々と理由が有ったみたいだけど…仲間となったとなると、やはり居心地が悪い。
「ようこそお越しくださいました。」
そんな僕とピルテを出迎えてくれたのは、何人かのメイドさん。その中に、肩くらいの長さの緑髪。背は低めで、緑色の瞳のパッチリした目を持つ女性が居る。
シンヤ君から聞いたエーメルという女性の特徴と一致する。
「貴女がエーメルさん…ですか?」
「シーちゃん…じゃなくて、シンヤさんから聞いたのですか?」
お辞儀をしていたメイドさんの中の一人が、僕達の言葉で表情を明るくする。
「エーメル。失礼ですよ。」
エーメルという女性にそんな言葉を掛けたのは、茶色の髪を頭の後ろで纏め、丸眼鏡を掛けている女性。シャンとした立ち姿に、黒を基調としたメイド服。シンヤ君の言っていた通りの姿から、その女性がシャスタリーヌというパウンダ家のメイド長である事が分かる。
「も、申し訳ございません!」
「大変失礼致しました。」
エーメルさんは勢い良く頭を下げて、それを見たシャスタリーヌさんも頭を下げる。
厳しいけれど、部下の事をしっかりと考える良いメイド長さんらしい。
「失礼なんてとんでもない。僕達の方がお邪魔させて頂く側なので。」
「いえ。イェルム様から、皆様を丁重にお迎えするようにと言い付けられておりますので。」
「そんなに気を使って貰わなくても良いんだけど…」
「それより、どうぞ中へ。」
「そ、そうだね。お邪魔します。」
メイド長さんはキビキビとした動きで僕達を館の中へと案内してくれる。そして、通されたのは落ち着いた雰囲気のある客間。
「エーメルの事をご存知の様子でしたので、彼女を置いておきます。直ぐにお茶をご用意致しますので、暫くお待ち頂けますか?」
「本当にお気遣いなく…」
「そういうわけにはいきません。我々メイドの名折れとなってしまいますので。それでは、暫くお待ち下さい。」
自分の仕事にプライドを持っている…といった感じのシャスタリーヌさん。あれ程キビキビ動いていると、格好良いという言葉が似合う。
「先程は申し訳ございませんでした…」
「気にする必要はありませんよ。」
僕よりも先に、ピルテが笑顔でエーメルに言葉を返す。
「そうだね。僕達は失礼だなんて全く思ってないし。そもそも、何が失礼になったのかよく分からないね。」
「ええ。そうですね。」
「…あ、ありがとうございます。」
エーメルさんは、どこか嬉しそうに頭を下げる。
「それより、シンヤ君から聞いているけど、エーメルさんには随分とお世話になったのに、裏切るような形になってしまったらしくて、僕達からも謝るよ。」
事細かに聞いたわけではないけど、ある程度の経緯は聞いている。その上で、シンヤ君的に申し訳ない事をしたしてしまったと思っているように感じたし、嫌わないであげてほしい。
「い、いえいえ!あの後、理由が有ったという事を聞きましたし、仕方の無い事だったと理解していますので!」
「でも、随分と暴れたみたいだし…」
来た時に見た壊れた館を思い出してしまう。
「それは大丈夫ですよ!私も後から知ったのですが、シンヤさん達が相手にしたのは、イェルム様が雇った無法者だったらしくて、私達の方は殆ど被害を受けていませんから!」
「そうだったの?」
何人かを斬って捨てたと話していたけれど…どうやら、イェルムという人は試練と街の掃除を両立させていたらしい。
「はい!シンヤさんが本気を出していたら、恐らくこの屋敷内の殆どが死んでいただろうと聞かされました。メイド含め、非戦闘員には一切被害が出ていません。シンヤさんからの被害…という意味ではですが…」
「ミネリュナ…だったかな。連中からの被害が出たの?」
「あ、いえ!軽傷だけで済んでいるので、大した事は無いですよ!ただ、業務にはある程度支障が出てしまうので、悔しがっていたというだけの話です!」
「それなら良かったよ。騒動の元凶はシンヤ君だし、メイドさん達に大きな被害が出ていたら落ち込んだだろうからね。」
「その辺はイェルム様が徹底して守ってくださっていたみたいです。全く気が付きませんでしたが…」
「凄いね…」
あの二人の相手をしながら、屋敷の者達が危険に晒されないようにしていたとなると、かなりの腕に違いない。互いに本気ではなかったとはいえ、あの二人に匹敵する実力を持っているのは間違いない。
今回の情報収集では、その三人が揃って行動しているけど……街が一つ消え去ったりしないよね…?
「お待たせ致しました。」
エーメルさんと話をしていると、シャスタリーヌさんが戻って来て、お茶を振舞ってくれる。
「美味しいですね?!」
頂いた紅茶を飲むと、ピルテが驚いている。僕も一口頂くと、確かに美味しい。花の香りが口の中に広がり、爽やかな甘みが残る。そんな紅茶。
「ありがとうございます。まだご用意出来ますので、お好きなだけ申し付けて下さい。」
「ありがとうございます!」
ピルテが素直に喜んでいるのを見るに、この紅茶はかなりの物らしい。僕は紅茶に詳しくないから分からないけど…勉強してみるのも良いかもしれない。
「それよりも、御二方は、アグトゥスについてお調べになるとか。」
「はい。といっても、相手は四魔将の一人ですから、そう簡単に情報を集められるとは思っていません。暫く厄介になってしまいますが…」
「それは全く構いませんよ。イェルム様からもそう言い付けられておりますので。ただ、アグトゥスについて調べるとなると…この屋敷の書庫が良いかもしれません。」
「この屋敷の書庫…ですか?」
「はい。ここは魔女族の中でも有数のパウンダ家。情報という情報が集まる場所です。下手に聞いて回るよりも、書庫を調べた方が有力な情報を手に入れられるかもしれませんよ。」
言われてみると確かにその通りだ。街中の噂程度の情報より、パウンダ家の書庫から情報を得られるのであれば、信憑性も全然違う。
「しかし…良いのですか?四魔将の情報ともなると、かなり重要な情報ですよね。それを見付けるとなると、他の資料にも目を通す可能性が有ると思いますが…」
書庫…という表現をしたという事は、僕達が直接書庫に入って調べても良いという意味であるはず。そうなると、パウンダ家にとって重要な情報も見られてしまう可能性が出てくる。
「それについても、イェルム様から許可が下りています。皆様であれば、お見せしても構わないと。」
「僕達に会ってもいないのに、そんなに信用されてしまって大丈夫なのかな…?」
「イェルム様は、あの御二人の信頼する人達であれば、何も問題は無い。という事みたいです。」
「なるほど…」
僕達が信用されているというより、シンヤ君とニルさんが信用されているという話らしい。
「そうなると、僕達の行動が、そのままシンヤ君達の信用に関わってくるって事だね。」
「それは、他の誰の信頼を裏切るよりも怖いですね。」
「はは。そうだね。」
ピルテの言うように、あの二人の信頼を裏切るのは何をするよりも恐ろしい事だと思う。それは戦闘力とかそういう事ではなく。でも、ピルテはそれを戦闘力的に…という意味合いも込めての冗談として言ったのだ。んー…お茶目な所もまた……ってダメダメ。今は自分のやらねばならない事に集中しなければ!
「では、書庫の場所をエーメルに案内させますので、お好きなように出入りして下さい。ただ、出る際には、必ず施錠をすることと、中の物は持ち出さないようにお願い致します。」
「はい。お約束します。」
「それでは、もし何かお困り事が有れば気兼ねなくお声掛け下さい。」
そう言ってシャスタリーヌさんは部屋を後にする。
「…凄くしっかりした人だね。」
「はい!メイド長は凄いメイドなんです!格好良いですよね!」
誰よりもシャスタリーヌさんを褒めるのはエーメルさん。随分と尊敬しているらしい。まあ、尊敬したくなる気持ちはよく分かるけど。
「ふふ。聞いていた通り、エーメルさんは明るい性格なのですね。」
「あっ!し、失礼しました!」
「いえいえ。寧ろ、私達としてはそのままの方が嬉しいです。是非気軽に話してくれませんか?」
「えっ?!で、ですが…」
「僕もそうしてくれると助かるかな。堅苦しいのは苦手でね。」
「…わ、分かりました。」
「ふふ。新しい友達が出来てしまいましたね。」
嬉しそうに笑うピルテと、それに困りつつ嬉しそうな顔をするエーメルさん。何とも華やかな場だ…僕みたいなクルクル頭の男が居て良い場所なのかな…?
「あ、あの…」
そんな事を考えていると、エーメルさんが僕に向けて視線を送る。
「何か聞きたいのかな?」
「その…シンヤさんって、どういう人なのですか?」
「シンヤ君?そうだね……どういう人かって聞かれると難しいけど…」
エーメルさんにとって、シンヤ君は苦楽を共にした仲間。シーちゃん呼ばれていたって聞いた時は死ぬ程笑ったけど、エーメルさんにとってシンヤ君は男でも女でも関係無くシーちゃんであり、彼女にとっての親友なのだ。その素性が気になるのは当然と言える。
僕は、開示出来る情報のみにはなったけれど、可能な限りシンヤ君という人がどのような人物なのかを教えた。情報収集が必要な状況だということは理解しているけれど、それがエーメルさんを
「そうなんですね…だからあんなに強いんですか…私の知らないシーちゃん…じゃなかった。シンヤさんだな…」
「確かに、偽りは有ったかもしれないけど、シンヤ君は性格まで偽っていないはずだよ。つまり、エーメルさんと仲良くなれたのは偽りじゃないよ。」
「そ、そうでしょうか…」
僕の言葉に、エーメルさんは照れくさそうに、でも嬉しそうに笑う。感情が表情に出易いタイプらしい。
「今回は僕達がここへ来たけど、きっとシンヤ君もエーメルさんに謝りたかったと思うよ。」
「いえ。謝って欲しいわけじゃないんです。私は、シーちゃんとまた笑い合って話がしたいだけです。」
本当に嬉しそうに言うエーメルさんを見ていると、その言葉が心の底から出ているものだと直感で分かる。
「エーメルさんは、シンヤさんの事が大切なんですね。」
「当然です!大切な友達ですからね!」
さっきは照れていたのに、その言葉を発する彼女の顔に照れくさいという感情は微塵も無い。本当にそう思っているのだろうと思う。
「ふふ。シンヤさんにも、新たな友達が出来ましたね。」
「そうだね。」
「す、すいません!御二人は色々と調べ物をしなければならないのに…」
「気にしなくて構いませんよ。私達がそうしたかったのですからね。」
「うぅ…恥ずかしい…」
今更になって恥ずかしくなったのか、エーメルさんは顔をパタパタと手で扇いでいる。
「さて…そろそろ僕達は調べ物に取り掛かろうかな。」
「あ、あの!」
僕が立ち上がろうとすると、エーメルさんの声が響く。
「「??」」
僕とピルテは、エーメルさんの次の言葉を待つ為に、立ち上がるのを止める。
「私も、時間の有る時はお手伝いしても良いでしょうか?!」
「僕達としては嬉しいけど…大丈夫なの?」
「はい!イェルム様からは許可を頂いています!見てはいけない棚がいくつか有りますが、それ以外の棚ならば私にもお手伝い出来るかと!」
どうやら、シンヤ君の為に何かをしたくて仕方が無いらしい。
「じゃあ…お願いしようかな。」
「は、はい!!ありがとうございます!」
「お礼を言うのはこっちなんだけど…」
シンヤ君を手伝えるのが嬉しいのか、僕の言葉は届いていない様子だ。
そんな事が有りつつ、僕とピルテ。そしてたまにエーメルさんは、パウンダ家の書庫を調べる事になった。
パウンダ家の書庫は、想像していたよりもずっと大きく、図書館かと思う程の本が収納されており、正直かなり驚いた。
本棚の殆どは、僕達には関係の無い物が収納されているから、全てを調べる必要は無いけれど、魔女族の研究に関わる本だったりというのは超超興味を引かれた。流石にそれを読んでいる暇なんて無いから断腸の思いで諦めたけれど…
そして、そこからはとにかく本や資料とにらめっこを続ける日々が始まる。
アグトゥスは、四魔将でありながら、魔女族の名家の一つと言われている。ただ、パウンダ家と比較すると、名家の中ではランクが落ちるらしく、パウンダ家の下に位置する名家との事。ただ、アグトゥスは、他の名家の者達を圧倒する程の実力を持った天才らしく、魔王様が引き抜く形で四魔将へと成り上がったらしい。
アグトゥス自身は、自分の家がどうのとか名家とか、そういう事に興味が無いらしく、四魔将に抜擢されたというのに、自分の家の地位を上げようとはせず、その結果、未だにパウンダ家の方が上という形になっているとの事。
この辺の話は、調べるまでもなく、色々な人が知っている周知の事実。
僕達が書庫で手に入れた情報としては、そのアグトゥスがどのような人物かの詳細。
あくまでも、色々な書類等を調べて繋ぎ合わせた情報になるけれど…
アグトゥスという女性は、とにかく自身の研究に没頭するタイプの魔女で、その研究は魔法や魔具に向けられたもの。彼女の書いた論文的な物も軽く目を通したけれど、とにかく魔法に対する情熱がその文面に表れていた。
「アグトゥスという女性は、とにかく研究にしか興味を示さない人物…という印象だけど、どうして魔王様の元に行く事になったのかな?」
調べ物をしつつ、僕は感じている疑問を一緒に調べてくれているピルテとエーメルさんに投げ掛ける。
「そうですね…私も見た事は有りますが、他人に興味を示すような人には見えませんでしたね…」
ピルテは、アグトゥスという女性を見た事が有るらしいけれど、僕の印象と差異が無いらしい。
「私は見た事も有りませんが…やはり、研究費用を出してくれる…とかの理由ではないでしょうか?」
エーメルさんの予想としては、やはり研究に関係しているのではというもの。
「僕も最初はそう思ったんだけど、アグトゥスの家はお金も持っているし、研究費用に困っているとは思えないんだよね。」
色々と調べた中に、アグトゥスの実家に関する資料も有った。それを見る限り、名家と言われるだけの資金は持っていた。
「確かにそうですね……」
アグトゥスの四魔将加入の経緯についてはまだ何も分かっておらず、どうして彼女が魔王様の下に入ったのかが分からない。
それが分かれば、彼女が魔王様に対してどのような感情を抱いているのかを理解出来るから、裏切る可能性についても分かると思うんだけど…
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