第804話 隠されていた物
そうして移動を開始してから暫く後。
私達は昼下がりに目的地へと辿り着く。
少し小高くなっているからなのか、近付くまでは建物の全容が分からなかったけれど、一度全容を目にすれば、それが何の建物なのかは直ぐに分かった。
私達が辿り着いた場所は、神殿。
ただ、神殿にしては随分と荒廃している。でも、どちらかというとただただ古い建物だから、老朽化が進んでそうなっているような感じ。決して汚れているわけではなく、逆に何か神聖な雰囲気を感じる。ここだけ別の空間になっていて、まるで世界から切り取られているかのような感覚。
特に誰が何を言ったわけでもないのに、私達は全員がその不思議な空気を感じ、静かに神殿へと視線を向ける。
神殿であれば、礼拝する者が居てもおかしくはないはずなのに、周囲に人の気配はまるで無い。それどころか、周囲には木々も有るのに、小動物の気配すら感じない。
「………………」
「ここは一体……」
「こんな場所が在るなんて、聞いた事が無いわね…」
エフとイーが言うように、私もこんな場所に神殿が在るというのは初めて知った。
魔族は、フロイルストーレ様を信仰し、敬っている者達が殆ど。私もその一人だからこそ分かるけれど、魔界内に在る神殿というのは、基本的に管理されている。だから、何処に神殿が在るのかを把握しているし、全ての神殿が登録されているはず。それに、魔界に建っている神殿というのはそれ程多くはなく、主要な街に大きな神殿が建っているだけで、数えられる程度。少なくとも、こんな場所に神殿が建っているという情報は聞いた事が無い。そして、それはエフもイーも同じみたい。
これが小さくて個人で作ったような建物ならば納得が出来るけれど、それなりの大きさで風化の具合から見てかなり前からここに建っているはず。
いつからここに建っていたのかは分からないけれど、ウェンディゴ族はフロイルストーレ様をあまり信仰していない種族の一つ。嫌っているわけではないみたいだけれど、ウェンディゴ族が建てた神殿とは思えない。
加えて、私達がこの街に来てからそれなりの時間を過ごしている。いくら遠いとは言っても、木々に隠れているわけでもない建物を見逃すとは思えない。
「認識を阻害されている…という感じかしら?」
「……あの墓地からこの建物を認識すると、見えるようになるという事か?そんな魔法は聞いた事が無いぞ。」
私も認識阻害の魔法を使う事が有るから分かるけれど、ある特定の条件を満たした上でのみ認識可能で、一度認識したら見えるようになる…なんて魔法は使えない。あまりにも効果が複雑で、純血種の方々にもそんな魔法は使えないはず。それは、恐らくアリス様も同じだと思う。
「確かにその通りね……」
「……魔法じゃないとするなら、これは一種のダンジョンみたいなもの…とは考えられないかしら。」
「ダンジョン…?」
私の言葉に、エフとイーが疑問顔を向けてくる。
「ええ。ダンジョンには、未だに原理の分からない魔法的な効果だったり、仕組みがいくつも有るわよね。それと同じような物とは考えられないかしら?」
「…納得は出来るが、地下に繋がる場所も無さそうだし、モンスターの気配も感じないぞ。」
「そういうダンジョン…という事じゃないかしら。」
「モンスターもトラップも無いダンジョン…?それは最早ダンジョンとは言わない気もするが…」
「ダンジョンと呼ぶかは別として、ダンジョンを作り出した何者かが作った神殿…と考えれば、話の筋は通るわよね。」
「………………」
目の前に在る神殿が、どういう経緯で作られた物なのかが気になる。
好奇心ではなく、この神殿が危険である可能性が有る以上、警戒しながら調査する必要がある。
「そうなると、ダンジョンに入るつもりで神殿を調べなければならないという事か。」
「それくらいの警戒はするべきだと思うわ。」
いきなりモンスターが溢れ出して来るとか、私達でも気付かないトラップが信じられない程設置されているとか…ダンジョンならばそれくらいの事が起きても不思議ではない。
「……そうなると、私が先に入るべきだろうな。」
そう言うと、エフは私達の前に出て神殿の入口に体を向ける。
「その役目は私達…ではないのかしら?」
エフが気合いを入れようとしていると、横からイーが質問する。
エフが名乗り出たのは、トラップが発動したとして、そのトラップを避けられる可能性が最も高いのがエフだからという理由に違いない。
しかし、イーが言っているのは、何か有った時、私達の下に入った自分達が犠牲になるのが普通だろう…という意味である。
「その考え方をそろそろ改めろ。毎回言っているが、私達は一人の犠牲も出すつもりは無い。出来る者が出来ることをする。それが私達の在り方だ。」
「…わ、分かったわ…」
まだまだ私達のパーティに馴染むのは難しいみたいだけれど、こうして少しずつ変わっていけば良い。
エフの言葉に対し、素直に引き下がるイー。
「任せるわよ。もしもの時は援護するわ。」
「ああ。」
エフは気合いを入れ直し、神殿の入口に向かって歩き出す。
神殿に近付くと分かるけれど、建物を形成している石材は、かなり風化している。手入れがされていなかったであろう月日の事を差し引いたとしても、ここまで風化するにはかなりの時間が必要なはず。
コツッ!
神殿の入口に向けて進むと、入口付近から石畳が現れる。
こちらも風化が激しく、所々割れている石も見えている。
元々は白色の石材だったらしいけれど、今は少し濁った白色の石材となっている。
石畳を、トラップが無いか叩いて確認しながら進むエフ。私達はエフの歩いた場所を間違えないように歩く。
緊張しながら進んでいたけれど、トラップのような物は無く、そのまま入口に到着。
入口には大きな白色の石材で出来た扉が掛かっていたらしいけれど、風化によってなのか、両開きの扉の両方が落ちて倒れてしまっている。
入口側から中を覗くと、陽の光が入らないのか薄暗い。でも、私は暗闇に強い目を持っているから分かる。
「あれは…フロイルストーレ様の石像ね…」
建物の中。一番奥に、巨大なフロイルストーレ様の石像が建っている。
背中から美しい羽を伸ばし、両手を広げ、私達を迎えて下さっているかのよう。
「これ程大きな石像は他に殆ど無いぞ…?」
フロイルストーレ様の石像は、神殿ならばほぼ全てに祀られている。しかし、ここまで大きく立派な石像は、魔界内でも一つ二つあるかどうか。しかも、目の前に在る石像は、とても精巧に出来ており、羽の毛一本に至るまで綺麗に掘り抜かれている。石像が風化していなければ、フロイルストーレ様が顕現なされたと勘違いしてしまうような出来である。
「このような石像が放置されていたとは…」
エフやイー達は、その場で頭を下げてフロイルストーレ様に祈りを捧げる。勿論、私も同じ。
時間が有れば今直ぐにでもフロイルストーレ様の石像を綺麗にしたいところだけれど…
「しかし……こんな場所にミガラナが来る理由は…?」
ミガラナは、四魔将になったとはいっても、ウェンディゴ族である事に変わりは無い。フロイルストーレ様を信仰するようになった…という事も無いはず。
そうなると、ミガラナがここに来て魔王様をお救い下さい…なんて祈りを捧げるとは思えない。
「……こっちに扉が在るわ!」
イーの部下の一人が、神殿内を探ってみたところ、石像の奥に扉を発見する。
こちらの扉は倒れておらず、精巧な模様が彫り込まれた石材の扉がピッタリと閉まっている。取っ手が無ければ、それが扉だと気が付かない程に美しい装飾である。
「これを見て下さい。」
そう言って、部下の一人が床を指で示す。
「扉を開けた痕跡か。削れた跡を見るに、開いた時から数年程度しか経っていないな。」
エフが床の傷を見て言うと、全員がミガラナの開けた痕跡だと理解する。
「この先にミガラナの来た理由が有りそうね。」
「ああ。」
私達は、一応武器を構えて、エフを先頭に扉を開く。
ズゴゴゴゴ……
石扉の開く重い音が響くと、床の埃を巻き上げながら扉が動く。
扉の奥はほぼ完全な闇になっており、差し込むのは石像の在る部屋から入る光のみ。
慎重にエフが扉の奥へ顔を入れると…
「「「っ?!」」」
パッと奥の部屋が明るくなる。
人が入る事で明かりがつく仕掛けだったらしい。
部屋はあまり大きくはないものの、この人数が入っても狭いとは感じない程度の広さ。
扉に入っていた模様と同じような模様が壁に掘られており、部屋の奥、中央には祭壇が見える。
「……………」
更に慎重になったエフは、ゆっくりと足を部屋の中へと入れる。
私達もそれに続いて中へと入るけれど、相変わらず何かが起きる気配は無い。
「この部屋は…」
全員が中へ入って部屋の中を見てみるけれど、祭壇以外に何かが有るわけでもなく、他に扉が有るわけでもない。
「祭壇が在るのは神殿だからおかしな話じゃないわ。でも…ミガラナはこの部屋に来て何をしていたのかしら…?」
「………………」
言ってしまえば、祭壇以外には何も無い部屋。
「この部屋は、祭壇の部屋という事よね?だとしたら、何かを祀ってあった…と考えるべきかしら?」
神殿にもよるけれど、こういう祭壇の在る神殿となると、基本的に御神体のような物を祀っている事が多い。
形状などは様々だけれど、ここにも何かが祀られていたと考えても不思議ではないはず。
「もしその予想が当たっているとしたら、ここに祀られていた何かを持っていった…と考えるべきか。」
「それが何か…というより、その物で何をしようとしているのかを考えるべきよね…?」
確信は無いけれど、恐らくミガラナはこの部屋から何かを持ち去った。墓地の老人の話を信じるならば、それは魔界を窮地から救う程の効力を持った物。
「既に持ち去られていると考えるならば…そうだな。」
「ここまで来て手ぶらで帰ったとは考え辛いわ。恐らく、ここで何かを見付けて持ち帰ったはず。」
「厄介な事になってきたな…」
このような場所に祀られていた物ともなれば、私達がどうこう出来るような代物ではないはず。
ミガラナ自身が裏切ったのではないにしても、操られていた場合、本格的に魔界の危機である。
「……一先ず、この事を伝えに戻るべきよね。」
「ここに残ってもこれ以上の情報を手に入れるのは難しい。それに、ここに有ったであろう何かが、いつどこで使われるか分からない。可能な限り早く伝えておかなければならないだろうな。」
「そうよね……直ぐに戻るわよ。」
「ああ。」
「わ、私達は…」
「イー達も一緒に行くのよ。」
「わ、分かったわ……」
イー達はどこか緊張していたみたいだけれど、今はそんな事を気にしている場合ではない。
という事で、私達は一度戻る事にした。
情報という情報は手に入らなかったけれど、必要な情報は手に入った。ミガラナが敵なのか味方なのかの判断は出来ないけれど、少なくとも気を付けなければならない、隠されていた物の事を知れたのは大きい。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「ここがナボナボル…」
「魔女の街に来るのは初めてですか?」
「そうだね。というか、魔界に入るのも今回が初めてだよ。」
僕とピルテさん……ううん。僕とピルテは、魔女族の街、ナボナボルを訪れていた。
シンヤ君から聞いていたけれど、この街はドワーフ族の街とは違った意味で発展している。特に魔具における発展は他の街には真似出来ないものが有る。正直、かなり興味を引かれる。加えて、知的欲求に正直な魔女族は、研究熱心で、どの店に行ってもかなり質の良い…と言って良いのか分からないけれど、凝った物が多い。僕もスライムの研究に熱を入れる者として、どこか同じ感覚を持っているからか、親近感が湧いてくる。
「この街は、スラタン様にとって凄く興味を引かれる街ですよね。」
「それはそうだけど…その様っていうのは止めない?僕達は…その……一応婚約している身なんだし。」
言っていて恥ずかしくなるけれど、その言葉を聞いたピルテも顔を真っ赤にしているからお互いに恥ずかしいと感じているらしい。
「は、はい…」
スラタンとは呼んでくれなかったけれど、取り敢えず様呼びは止めてくれそうで良かった。
「それで…この街で調べるのは、アグトゥス-タナレビの事だよね?四魔将の一人って事は聞いたけど、どんな人なのかな?」
「私も詳しくは知りませんが、魔女族の方で、魔法に卓越した才能を持っている方と聞きました。」
「卓越した才能…」
才能…と聞くと、シンヤ君の事を思い浮かべてしまう。
シンヤ君のそれは、才能のみで手に入れた力ではないという事は分かっている。弛まぬ努力の結果、あれ程の力を手に入れたのは、毎日欠かさずに地味な訓練をしているのを見ていれば嫌でも分かる。
けれど、それを含めても、シンヤ君には才能が有ると思う。魔法や剣術もそうだけど、戦闘という大きな枠組みに対して才能が有る。現代日本では使い所の少ない才能だから、シンヤ君自身はそんな事思っていないみたいだけど…
もし、シンヤ君レベルの魔法使いバージョンみたいな人だったならば、僕にどうこう出来る相手ではない。
「アグトゥスが敵という可能性は高いのかな?」
「どうでしょうか……現状を考えた時、敵が何かしらの魔法を使っているのは間違いありませんから、可能性が最も高いと思いますが……」
「??」
歯切れの悪いピルテに、首を傾げる。
「一度だけお会いして話した事があるのですが、その時は魔王様に心酔しているように感じましたので、裏切るとは考え辛いですね。魔法に特化している方ならば、操られているとも考え辛いです。」
「うーん……やっぱり、色々と調べてみないと分からないね。」
「はい。ですから、パウンダ家が手を貸してくれる現状は本当に有難いです。」
イェルム-パウンダが味方となった事で、この街での情報収集はかなり捗る。加えて、僕達の滞在も許してもらえるらしくて、パウンダ家を拠点として情報収集する事も出来てしまう。周りが殆ど女性だということを除けば、難易度的にはかなり低い。
ハイネさんがピルテの事を思ってこの配置にしてくれたのだと思う。というか間違いなくそうだ。
「どうかしましたか?」
「…ううん。何でもないよ。」
ピルテも気が付いているとは思うけど…考えていても仕方が無い。とにかく、僕達に出来る事をやろう。
ナボナボルに到着後、少しするとパウンダ家のメイドさんが迎えに来てくれて、僕達はパウンダ家へお邪魔する事となった。
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