第803話 ミガラナという男 (2)
私達の間に緊張が走ったけれど、それを断ち切ったのは、中から聞こえてきた嗄れた声の男だった。
「そう警戒しなくても良い。こんな年寄りにそんな殺気を向けずとも、ワシには何も出来ん。外に居ると話も出来ん。入って来るが良い。」
「……………」
警戒心を解いたわけではないけれど、そもそも話をする為にここへ来たのだから、向こうに戦闘の意思が無いと言うのならば、一先ず話をしてみるべきだと思い、私は扉に手を掛ける。
ギィィ……
建付けの悪い扉が開き、木と木が擦れ合う音が響く。
小屋の中には小さな
髪は白く、皺が寄った顔。どう見ても老人であり、痩せ細った体を見るに、動く事すらやっとといった感じに見える。
流石にそんな老人相手に武器を抜く必要は無い。私達は武器から手を離し、私とエフ、イーの三人で小屋の中へと入る。イーの部下は外で警戒してくれている。
小さな小屋だから、客人様の椅子なんかは無く、少しだけ老人に近寄って立ち止まる。
「はてさて……ワシにはこのような綺麗な女性の知り合いはいなかったはずじゃが。」
「…ええ。今日初めて会うわ。少し話を聞きたくて来たのよ。」
私がそう言葉を投げると、老人はゆっくりと私達三人の顔を見た後、床に視線を落とす。
「…なるほどの。ミガラナについて話を聞きに来た…といったところかの。」
「…何故分かったのかしら?」
「ワシはこの墓地の管理人じゃ。こんな場所に住んでいると、知り合いという知り合いは殆どおらん。死人のこと以外で話を聞きたいとなると、それなりに絞られてくる。そして、お前達はウェンディゴ族ではない。更に、ワシに答えられるであろう話となると、ミガラナの話以外に無いからの。」
「…なかなか鋭いわね。」
「墓守だからといって馬鹿とは限らんじゃろうて。」
「馬鹿にするつもりは無かったけれど…」
私も年齢だけで言えば、この老人より上だろうし馬鹿にするつもりは最初から無い。
「それより、話を聞きに来たのじゃろう。ワシの知っておる事など殆ど無いが、知っておる事は何でも話してやる。」
「…随分と気前が良いのね。」
「ワシが嘘を吐いたとして、お前達にはそんな嘘が通用するとは思わんからの。嘘だと分かれば年老いたワシ一人など簡単に殺せるじゃろうしな。」
嘘を吐いていると判断出来たならば、それなりの対応はするかもしれないけれど、殺すつもりなんてない。ウェンディゴ族にとってはそれが当たり前…という事なのかしら…?
何にしても、素直に話してくれるのであれば、私達にとって損は無い。だから黙って質問を開始する。
「昔、ここへ来たミガラナは、何をしに来ていたのかしら?何度も来ていたという話を聞いたけれど。」
「数年前の話じゃが、今でもよく覚えておるよ。あの男は、この墓地へ来て墓へ向かってじっと立っておった。」
「立って…?それだけ?」
「そうじゃ。それだけじゃ。」
祈りを捧げていた……というのは違うと思う。これまで聞いてきたウェンディゴ族の者達がやらなさそうな事。それに……ウェンディゴ族の中に、ミガラナには祈りを捧げるような相手が居たのだろうか。絶対に居なかったとまでは言わないけれど、違和感を凄く感じてしまう。
ただ立っていたとは言っているけれど、その行為には何かしらの意味が有ると思った方が良いはず…そうでなければ私達が来た意味が無い。
「他に何か言っていたとか、していたとか無いのかしら?」
「いいや。ここへ来て、墓を見せてくれと言われた後は、ずっと墓石を眺めておっただけじゃ。他には何も言わなかったし、しておらんかった。」
老人の目に嘘の色は無い。
せっかく掴んだ手掛かりなのに、そこから何も得られないなんて…とガッカリしてしまいそうなところだけれど、私はそうはならなかった。
こういう時、シンヤさんならば、ニルちゃんならば、即座に諦めたりしない。
私の感じた事は、とにかく違和感が有る行動。
ウェンディゴ族であり、最低最悪とも言える環境で育った後、復讐を果たした男。そんな男が墓に向かってただたっているなんて事をするはずがない。
「……墓石を見せてもらっても良いかしら?」
「構わんぞ。別にワシの物というわけでもない。好きに見てくれ。ただ、一応墓じゃからな。壊したり傷付けたりせんでくれよ。」
「ええ。分かっているわ。」
老人はそれだけ言うと、目を閉じてうたた寝を始める。
私達は老人の家から出て、墓石である巨大な岩の前に立つ。
「この岩に何か有るのか?」
「…分からないわ。ただ、ミガラナという男の過去を知った今、墓参りなんてことをしていたとは思えないの。」
「……だとすると、何か理由が有って墓石を見ていたと?」
「私はそう感じたわ。本当にただ見ていただけかもしれないけれど、違和感を残したまま帰るなんて事は出来ないわ。」
「……それもそうだな。分かった。私も何か無いか探してみるとしよう。」
エフの言葉と共に、イー達も周辺の探索を始める。
ミガラナがここへ来たというのは間違いない情報だった。四魔将になってからここへ来る理由……しかも、数年前となると、魔王様がおかしくなってしまった後の事。その状況でここへ来る理由は何だろうか…?
自分が四魔将だとして、相手側の者ならば、魔王様や他の四魔将、周辺の者達を取り込む為の何かを探しに来た…?
魔王様を助けようとしていたとしたならば、助けられる可能性が有る何かを探しに…?
どちらの理由にしても、敢えてこの場所へ来る理由が有るとしたならば、この場所でしか手に入らない物を見付けに来たと考えるのが自然。
そんな事を考えながら、私達は周辺を含めてくまなく何かを探してみたけれど、その何かは見付からなかった。
「本当に何か有るのか…?」
「……私の勘だから、必ずとは言わないけれど、何か有るはずよ。」
自分の予想が当たっているのかどうかなんて分からない。もし外れていたら、私達はミガラナに遊ばれていただけになってしまう。
もしかすると、自分達を怪しむ誰かが現れた時に、こうして無駄な時間を使わせる事が目的…?時間を使わせている間に、自分の元へ情報が入って来るようにしているとか……
色々な理由が頭の中を巡るけれど、答えは出ない。
「……やはり何も無いぞ。周辺にも目につくような物は何も無い。」
「………………」
本当にミガラナは、理由も無くこの場所を訪れたのだろうか。
自分が殺した者達を悼んでいた…?
私も、私自身の勘を疑い始めた時。
「……??」
私はある事に気が付く。
「どうした?」
敏感に反応したエフが、私の視線の先を辿っている。
「いえ……ここから、私達が隠れていた塔がよく見えるわね…」
「そうだな。街の中心地からは離れているとはいえ、ここは墓地だからな。見えて当然だろう。」
「……………」
私は、墓石の奥で月明かりに照らさせれて白く浮かび上がって見える塔に視線を向ける。
「また振り出しに戻るとはな…今日のうちに他の情報も集めておいた方が良いな。」
「私達も手伝うわ。」
エフとイー達は、ここに何も無いと結論付けて次の行動に移ろうとしている。けれど、私は自分の見ている光景に目を奪われていた。
「………待って!これってもしかして!!」
私はある事に気が付いて立ち位置を少しだけ変える。
「何か有ったのか?」
「………見付けたわ……」
私は自分の視界に入っているものを見て呟く。
「何を見付けたんだ?」
「次に向かうべき場所よ。」
「……どういう事だ?」
私の見ている光景を言葉にすると、目の前に見えている大岩。その大岩は墓石ではあるけれど、そもそもが天然の大岩である。手入れ自体はされているみたいだけれど、人の手が加えられた痕跡は無く、岩の頂点部辺りはゴツゴツしている。
その頂点部付近の形状はランダムだけれど、その形を、まるで真似たかのように、奥に見えている塔の頂上部の形状がピッタリと重なる。本当に、気持ち悪い程にピッタリと。
そうして大岩と塔の形状がピッタリと合う場所に立つと、塔の頂点部から伸びている十字型の避雷針のみが大岩の頂点部分から突き出しているように見える。
そして、その十字の避雷針の交点をよく見ると、塔の更に奥。少しだけ小高くなっている丘にポツリと何かの建物が見える。街を挟んで逆側に位置する建物で、街からはかなり距離が有る為、視力の高い者でなければ見付ける事さえ難しい。ウェンディゴ族は感覚が鋭く、視力も私達程ではないけれど良い。恐らく視認出来るギリギリの距離だと思う。私にさえ、その建物が何の建物なのか分からないくらいには遠いのだから間違いない。
「あれは……何か建物が立っているのか?」
私の真横に立って見ていたエフが問いかけてくる。
エフにもギリギリ見えているらしい。
「みたいね。」
「何故こんな仕掛けが…?」
「そうね……その理由は、あの老人に聞くのが良さそうね。」
老人は、ミガラナが何も言わず、していなかったと言っていた。でも、それはミガラナは…という話で、あの老人が何も言っていないという事にはならない。
「やってくれたわね。」
「……ふむ。何の事じゃ?ワシは嘘など言っておらんぞ。」
「…確かに嘘は吐いていないわね。でも言わなければならない事を言っていないわよね?」
「ワシは聞かれておらん事を言っておらんだけじゃ。」
ふてぶてしい…とはこの事を言うのだろう。確かにこの老人は嘘を吐いてはいないし、私達を騙そうとしていたわけでもない。ただ聞かれなかったから言わなかっただけ。
「…………」
「ワシとてウェンディゴ族の一人じゃからな。誰彼構わずに重要な話をポンポンするわけではない。
特に、この事はウェンディゴ族の中でも知る者が少ないウェンディゴ族にとって重要な事の一つ。他種族であるお前達に話してやる義理は無い。」
老人が言いたい事は分かる。
私達吸血鬼族にも、種族として守らねばならない事くらい有るし、それを教えてくれなかったからと怒るのは間違っている。
「……ええ。そうね。守りたい事の一つや二つ有って当然ね。」
「ほぅ…怒らないのか。」
「してやられたのは腹が立つけれど、それとこれは話が別。何故教えなかったのかなんて怒ったりしないわ。」
老人は意外だと言わんばかりに眉を上げて驚いている。
「…………ふむ………なるほど。お前達は少し違うようじゃの。」
「何が…かしら?」
「ミガラナの事を聞きに来る者達、大体が面白半分で来る連中じゃ。四魔将にもなったミガラナを妬んでなのか、羨んでなのか…とにかく、自分勝手に欲求を満たさんとする連中ばかり。そういう連中というのは、自分がしてやられた事に気が付くと殴り掛かってくるものじゃからな。」
そう言って、老人はコンコンと床を足で叩く。
ジャキンッ!!!!
「「「っ?!?!!」」」
すると、私達の目の前に、無数の槍が突き出してくる。
「もし、ワシに殴り掛かって来るようならば、この槍に貫かれて死んでおったじゃろうな。」
そう言って笑う老人の顔を見るに、既にその槍に貫かれた連中が居て、その体はこの墓地に灰として撒かれているのだろう。
「まさか…トラップに気が付かないとはな……」
エフも、私も、そしてイー達も。老人が発動させたトラップには気が付いていなかった。
魔法で隠蔽されている上に、隙間風の多い家だから、空気の流れも分からない。恐らく元々このトラップを隠す為、そういう造りにしたのだろう。
「あなたは何者なの?」
「ワシは見ての通りただの墓守じゃよ。ただ、ウェンディゴ族の…じゃがの。」
これ程好戦的な連中が集まる場所の墓守。確かに一筋縄ではいかない相手と考える方が普通かもしれない。
「はぁ…またしてもしてやられたわね。
でも、それを私達に教えてくれたという事は、私達を少しは信用してくれたと取って良いのよね?」
「そうじゃな。少なくとも、ミガラナを知りもせずに敵と決め付けるような者達ではないじゃろう。」
「ええ。当然よ。」
「……であれば、ワシがミガラナに聞かせてやった話を聞かせてやろう。」
そう言って淡々と語ってくれた内容は、この場所と、塔が示す先の建物について。そして、それが何を意味しているのかについてだった。
この場所を作ったのは、いつの事だか分からない程前の者で、それこそ先代の魔王様より前の時代だと言われているらしい。
それ程前に作られた物が、今も尚残っているのは、魔王様がこの場所をその名の元に保護しているかららしい。
何故そんな事を魔王様がしているのかというと、大昔、魔王様はウェンディゴ族の者達にある物を託したらしい。それが何かは老人さえ知らなかったけれど、もしも、この魔界が絶望的な状況になったならば、託した物を使って魔界を立て直すように…と言われたのだ。
魔界を絶望的な状況から立て直せる程の物…となると、どういう物なのか全く見当もつかないけれど、少なくともとんでもない何かという事は分かる。
そんな物が誰の目にも留まるような場所に有っては危険なので、ウェンディゴ族は、それをある場所に隠したらしい。それが、塔の指し示す場所。
あの塔は、既にボロボロで壊してしまった方が良いだろうと感じる程の建物だったのに、そうされていなかった。今考えると不思議な話で、この街は決して大きくはない。なのに、あれ程大きくて邪魔にしかならない建物が在るのは変な話。ウェンディゴ族はそういう事に興味が無いとしても、スペース的な問題で壊されていなければおかしい。それが起きていないのは、何者かがあの塔を壊させないようにしていたからと考えるのが自然。それが魔王様だというのであれば、まず間違いなく可能なはず。
「何が隠されておるのかは知らんが、欲に打ち勝てぬような者が持って良い代物ではなかろうて。」
どんな物が分からないけれど、間違った者に渡れば、間違いなく魔界をどん底に落とす事になる。
「……しかし……数年前にその話をミガラナが聞いていたとすると、既にその何かは持ち去られた後なのでは?」
話を聞いたイーが口を開く。
「かもしれないわね。でも、確認はしていくわよ。建物を見れば、何が有ったのかくらいは分かるかもしれないわ。」
「何が有ったか分かれば、対策する事も可能…かもしれないからな。」
「……ええ。」
正直なところ、そのような何かに対抗する手段が有るのか分からないけれど、何も知らないよりずっとマシなはず。
最後に、老人に話をしてくれたお礼を言った後、私達は日が昇る前に街の反対側へ向けて移動を開始した。
頭の中では、ミガラナが相手側に取り込まれていて、その何かを使って魔界をどん底へ突き落とす…なんて状況を考えてしまうけれど、軽く頭を振って考えを吹き飛ばし、目的地へと向かって走り続けた。
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