第802話 ミガラナという男

ミガラナが、傭兵団のトップに逆らわなかった理由を、その頃の初老の男は知らなかったけれど、それから暫くしてその理由を知る事になる。


初老の男がその理由を知る切っ掛けとなったのは、ある事件が起きた事にある。


ミガラナが周囲に強者だと認識され始めてから暫く後。傭兵団が受けたある依頼がミガラナの元へと舞い込む。


その内容は…魔王様の暗殺。


いくら最高の支配者だとしても、支配者である時点である程度の恨みを買うのは当然の宿命とも言える。魔族として暗殺を依頼するなど負けを認めているのと同義だけれど、それを受けて尚、暗殺を依頼する者はいる。当然、魔王様は魔界で最強と認められたから魔王という座に居る。そして、その護衛は魔王様が認める強者のみで構成されている。故に、暗殺を試みたとしても、それが簡単に潰されてしまうのは自然の摂理とも言える程当たり前の事。

大抵の者達は依頼を受ける事すらしない。しかし、その頃の傭兵団は、ミガラナが居た事もあってかなり自惚れていた。そして、その依頼を受け、その矛先は当然のようにミガラナへ。


魔界で最強たる魔王様を殺そうというのだから、当然最強と言われるミガラナが出る事に。

結論を言うまでもないけれど、この暗殺計画は失敗する。

自分達が最強だと勘違いした傭兵団が、無理な依頼を受けて失敗するのは当然の結果と言える。この時には、現在四魔将と呼ばれている内の三人、つまり、ミガラナ以外の三人が既に魔王様の下に付いていた。結果的に、ミガラナはその三人の内の一人に見付かり、簡単に制圧されてしまったらしい。その相手はアーヴァンク族のケルビン-ナイトライド。私達と手を組んでくれた四魔将のナイトである。確かにミガラナは強かった。けれど、所詮は狭い世界での最強。魔界全土の中で五本の指に入る相手に対して通用するはずもなく。

こうして捕らえられてしまったミガラナ。けれど、そんなミガラナを救出しようとする者達は皆無だった。


そして、ミガラナは、自分のした事の責任を取る為に魔王様の元へ。


それが、ミガラナにとっての転機となった。


詳細な話は分からないけれど、魔王様はミガラナを許し、自分の指揮下に入るように命じた。

そして、それをミガラナは受け入れた。


どのような経緯かまでは分からないけれど、ここでミガラナが魔王様の命を受け入れた理由は、直ぐに分かった。

何故ならば、ミガラナが魔王様の下へ入る事になってから直ぐに、この街へ単身で戻って来たからである。


殺されると思っていた傭兵団の者達は、それはそれは驚いたらしい。


何より驚いていたのは、傭兵団のトップであり、ミガラナを育てた男だった。


何故そんなに驚いていたのか……その理由は簡単で、魔王様を暗殺するなんていう依頼を受けてなどいなかったのである。


それならば、何故にミガラナが魔王様に刃を向ける事となったのか。


実は、このトップの男。極悪非道の男として有名で、血も涙もない…という言葉がこれ程似合う男は他にいないと言われる程。

その極悪非道の行いの中には、ミガラナの《《両親を殺害した》…というものがある。


つまり……この男がミガラナを許し、仲間に引き入れたのではない。ミガラナの身の上を知り、自分が殺した者達の子供だと気付いた為、その仇である自分がミガラナを引き取る事で、暇潰しをしようとした結果…だったらしい。


私には…というか、普通の感情を持った者には理解出来ないけれど、この男はそれ程に壊れた精神の持ち主だったという事。種族が悪いのか、街が悪いのか、それともこの男を育てた者が悪いのか…とにかく、ミガラナはそうして傭兵団に入った。


しかしこの時、ミガラナは既に両親を殺した相手がこの男だと気が付いていたらしい。


それなのに、何故ミガラナは傭兵団へ入ったのか。


その理由は、自分が弱く、脆弱な存在であると知っていたから。傭兵団に入る事で、ミガラナは戦闘の経験を積む事が出来て、強くなる事が出来る。そうして力を付けて、いつかこのトップの男を殺さんと狙っていたのである。


トップになれと言われても頷かなかったのは、自分がトップになれば、色々と束縛されてしまう事になる。その上、今のトップが引退するとなれば、簡単に見付からないように身を隠すと考えていたのだ。この傭兵団は、金さえ払われれば、悪逆非道な事もやるような集団。自分が引退した後、命を狙われる可能性を考えるならば、身を隠すのは当然のこと。ミガラナは、そうならないように、トップの座を狙ったりはしなかったのである。

そして、更に実力を上げていくミガラナに対し危険を感じたトップの男は、ミガラナに魔王様暗殺という任務を与え、ミガラナの抹消を狙ったのである。


その任務を受ける前に、そのトップの男を殺せば良かっただけの話…と思うかもしれないけれど、その男は、常に警戒をしている上、周囲を手下で埋め尽くしている。いくらミガラナが強いとは言っても、その人数を相手に勝てる見込みは無かった。それに加えて、ミガラナ自身は、両親の顔すら覚えていない。復讐心というのを燃やし続けられる程の感情をミガラナは持っていなかった。

それよりも寧ろ、この魔界で最強呼ばれる魔王様と戦えるかもしれないという事の方が、ミガラナとしては大切に思えた。最終的に、魔王様と戦う事は無かったけれど、自分よりも圧倒的に強い者と戦い、手も足も出ないまま組み伏せられるという体験をしたミガラナは、どこか満足していたらしい。


そんなミガラナを見て、魔王様が何かをした…もしくは何かを言った。それがミガラナを大きく変えたらしい。


初老の男は、ミガラナとその事について会話を試みた事が有るらしいけれど、詳しい事は教えてくれなかったらしい。ただ、ミガラナは魔王様の事を神聖視する程に傾倒しており、魔王様を少しでも悪く言う者を見掛けたら、その場で首を刎ねるくらい平気でやるらしい。


どこか危険な感じのする話に聞こえるかもしれないけれど、魔王様を知っている私としては、そんなに驚く事でも、危険な感じのする話でもなかった。


魔王様は、魔界において最強と言われながらも、相手の気持ちを考えられる素晴らしいお方。ミガラナが今までに感じたことの無いというのを、魔王様から感じ取っても不思議ではない。傾倒してしまうのは、ミガラナの生い立ちがそうさせているのだろうけれど、魔王様がこんな事にでもならなければ、ミガラナが道を外す事など無いはず。


そうしてミガラナが魔王様の下に入り、直ぐの事。

ミガラナはこの街に舞い戻り、未だトップを続けていた男を一人で討ち取ったらしい。勿論、その時も手下の連中は大勢居た。


「その戦場だったのがこの建物だ。」


初老の男が地面へ指を向けて言う。


「それでこんなにボロボロなのか。」


「元々は、俺達ウェンディゴ族の力試しをする塔でな。最上階である三階まで登ることが出来れば、ウェンディゴ族最強の座を手に入れられるって事だ。」


この塔に来た時から気付いていたけれど、そこかしこから血の匂いがする。まるで大量の血を長年掛けて吸い込んだかのような濃厚な匂い。

それがあったから、この建物が教会では無いと確信を持てたくらいだから。

そして、その大量の血が染み込むとなると、この塔に登るのは命懸け…つまり、真剣による勝負という事。

そして恐らく、その最上階に居たのが、傭兵団トップの男なのだろう。


「ミガラナは、何が起きても魔王様を裏切るなんて事はしねぇ。小さい時から知っているからよく分かる。」


「……………」


黒犬もそうだけれど、魔王様を盲信し、疑わないとするならば、おかしな命令にもただただ従う駒になっている可能性は有る。

傾倒する程の信頼というのは、一度そうなってしまうと、多少おかしな命令でも疑わなくなる…いいえ。疑えなくなるものだから。


「その後は今の四魔将である残りの三人に鍛えられて、直ぐに四魔将として認められたんだ。元々戦闘のセンスはずば抜けていたからな。戦い方を教えてくれる奴さえいれば、伸びるのもすぐだろうさ。」


「なるほど。ミガラナという男の素性はある程度分かった。今現在何をしているかは知らないか?」


「今現在って…俺もミガラナの事を知っているってだけだからな……いや、そういえば、少し前の話だが、一度ミガラナの奴がこの街に来た事があったな。」


目を軽く開いた初老の男が、視線を上げて言う。


「いつの話だ?」


「詳しい日時なんて忘れたが、数年前の事だな。フラッと帰って来たと思ったら、数日滞在してから、またフラッと居なくなった。」


「何をしていたのかは知らないのか?」


「数年前だぞ。あいつは既に四魔将の地位にいたからな。俺みたいな奴が近付けるはずがねぇだろ。」


四魔将は、魔界の中でもかなりの地位にある。言ってしまえば、ミガラナは貴族で初老の男はゴロツキ。その二人が接点を持つのは無理な話である。


「何か覚えている事は無いのか?」


「そんな事言われてもな…俺も良い歳だから……って、そう言えば、ミガラナがこの街に滞在中、何度か見掛けたって奴等の話を聞いたな。」


「何処でだ?」


「街の東側。ゴロツキが集まる地区だ。四魔将がそんな場所に出入りするはずがねぇと笑っていたが…話を聞いた何人かが言っていたから、もしかしたらあれは本当の話だったのかもしれねぇな。」


「……………」


何故ミガラナがそのような場所に出入りしていたかは分からないけれど、それなりに有力な情報が手に入った。


「詳しい話は分かるか?」


「俺もこれ以上は知らねぇよ。本当だぞ。ここまで話して隠したりしねぇ。」


私達も、この初老の男が情報を隠しているとは思っていない。


「……そうか。」


「これで十分だろ。こっちからは二度と手を出さないし出させない。だから勘弁してくれ。」


「こっちだって殺戮をしたいわけじゃない。そちらが手を出して来ないならば、こちらからも近付かない。」


「殺戮がしたいわけじゃない…か。」


初老の男は、先程まで戦場だった場所を一瞥する。


「何か言いたいのか?」


「な、なんでもねぇよ!」


そこから初老の男とは一言二言話した後、別れる事となる。


「はぁ…まさかこんなに狭い街で、一人の情報を集める為にここまで時間が掛かるとはな…」


一度や二度ではなく、何度も出入りした場所に、情報が眠っている可能性が有ると知れば、溜息も吐きたくなる。

かく言う私も、溜息を吐きたい気持ちで一杯である。こういう仕事は得意だと自負していたけれど、こうも空回りしていては、自信も消失してしまう。とはいえ、落ち込んではいられない。


「気持ちは分かるけれど、愚痴を言っていても先へは進めないわ。少なくとも、前進はしているのだからやれる事をやりましょう。」


「……そうだな。」


「……エフは…随分変わったのね。前は愚痴なんて言わなかったのに。」


エフの愚痴を聞いたイーが、かなり驚いた様子で質問している。


「黒犬に居た時は、そういう感情を持ち合わせていなかったからな。」


「…人って変わるものなのね……」


「私の経験上、誰でも変われるわけではない。誰でも変われる可能性は持っているがな。要するに、変わろうとした者だけが変われる。そういうものだと思っている。」


「変わろうと……」


エフとしては、自分と同じ立場に追いやられてしまったイーに対して、何か思うところがあるのだろう。何かとイーの事を気にしている様子が伺える。


「随分と派手に暴れてしまったし、ここはもう使えないわ。それに、そろそろ情報を集めて戻らないと。明日から東側に向かって一気に情報を集めるわよ。」


「全員バラバラになって情報を集めるという事だな。」


「ええ。イー達を退けて、尚且つ傭兵団から手を出されないとなった以上、警戒する相手はいないわ。多少強引にでも情報を集めるわよ。」


傭兵団との話で、私達が生きている事を知られるわけにはいかないけれど、これまでより自由に動き回れるだけで情報収集は格段に早くなる。


私達は、拠点を放棄し、東側の地区へバラバラに散る。


そうして情報収集を始めてから数日後。


私達はいくつかの有力な情報を手に入れた。


傭兵団の噂が広まっていたし、街中がその噂をしているから、情報を集めるのに苦労はしなかった。

その噂話をする者達の中に、傭兵団最強と言われていたミガラナの話をする者が何人か居た。数年前、俺はミガラナを見たんだ…みたいな感じで切り出した話をいくつか聞くと、そのどれもが、ある場所へミガラナが向かったというものだった。


ミガラナが向かった先と噂されていたのは、この街の北側に位置する大きな墓地。


ウェンディゴ族は好戦的な種族であり、ひっきりなしに死体が出る。それを放置していると、病なんかが広まる為、死体は街の北側に在る墓地へと持ち込まれる。墓地…と言っても、墓石が立ち並ぶようなものではなく、大きな岩が一つ。それが全ての遺体の墓石になっている。遺体はそこへ持ち込まれると、その場で焼かれて灰にされ、土へと埋められる。一体何人分の灰が埋まっているのかしらないけれど…その墓地の地面は、茶色ではなく灰色になっている。

そんな色の土になっているからか、灰色墓地…と呼ばれているらしい。


私達は、どの噂話もその灰色墓地を指している事を知り、当然墓地へと向かった。


闇に紛れて街を北へ抜け、墓地へと辿り着く。


暗闇の中、のっぺりとした表面の巨大な岩がポツンと立っているのが見える。


「確か…この墓地には管理人が一人居るんだよな?」


「ええ。私の聞いた話では、その管理人の男が、ミガラナの目的だったらしいわ。」


「あまり連中が来るような場所には思えないが…」


そう言って地面を見るエフ。


街から続く道には、人が通った形跡が少しだけ残っている。ただ、普通の墓地とは違い、通っている者が少ないように見える。


「こんな場所で管理人をやっている男に、何の用が有ったのかしらね。」


「……………」


墓石の奥を覗き込むと、小さな小屋が一軒見える。ボロボロで今にも崩れてしまいそうな貧相な小屋で、中から微かな光がチラチラしている。

どうやら、管理人の男とやらは、その小屋に住んでいるらしい。


「話が出来ると良いのだが…」


どんな相手かはよく分かっていないが、街中と違って人の気配は管理人のものだけ。接触して話を聞く以外に、情報を得る手段は無さそう。

という事で、私達は早速その小屋へと向かう。


壊れそうな扉をノックしようと手を曲げた時。


「これは珍しい。他種族の者達がこんな場所へ来るなんて。」


私がノックしようとした手を止め、中から聞こえた嗄れた声に警戒する。


気配を消していたわけではないけれど、直ぐに私達の気配に気が付いた。しかも、言葉から察するに、私達全員の気配に気が付いている。その上、私達がウェンディゴ族でない事まで、扉越しに把握している。


一瞬にしてその場の全員が臨戦態勢を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る