駆けるピース
一咲
第1話 ドーナツとカノジョ
あの味は今でも苦手だ。
あっまい、あっまい砂糖でコーティングされたドーナツ。
「ねぇ、食べないの?」
彼女が家に来るついでにと、買って持ってきてくれたが最後に残ったそのドーナツだけ、まだ手をつけていなかった。
「あー、食べていいよ」
「あっ、もしかして苦手だった?」
彼女は察しよく気づいてくる。
嫌な気にさせないように濁していったのに…無意味である。
黙り込んでいると
「どんな嫌な思い出があるのですかぁー」
と彼女がテーブルに突っ伏し、頬をわざと膨らます。
あざとい仕草だが彼女がすると可愛さが勝ってしまう。別に隠すつもりもないのだが、彼女にそうされると俺は敵わない。
「どんなって対したことじゃないけど、昔、母親が作ろうとして大失敗したからさ。その時の嫌な記憶が残ってるだけだよ」
この一文を聞いた感じ、普通の日常のことに思えるが俺の場合、そうじゃない。
「なるほどね。ただでさえ嫌いなお母さんだからと」
彼女は理由をわかってる為、そう意味を含んだ言い方をした。
そう俺は母親が好きではない。なんでかは、そのあっまいドーナツを作ってくれた幼少期に原因がある。
母親は、俺を置いていつも外をフラフラしているような人だった。そんな人が珍しく手作りした日は驚いた。けど、子供心に寂しかった俺は、そんなことが嬉しかった。
だけどそのドーナツはものすごく甘過ぎた。余りにも甘過ぎて食べ残してしまった事が母親の逆鱗に触れてしまい、理不尽な仕打ちを受けた。
幼い頃からそんな家庭で育ったのだから母親も、あっまいドーナツも好きではないのだ。
「ねぇ、じゃあさ、私がこのドーナツを素敵な思い出にしてあげる」
彼女が不思議なことを言う。
「はぁ?どうやって?」
彼女は俺の口にドーナツをまるごと押し付けてきた。
「!?」
あっまい砂糖が口の中に広がってく。口にしただけなのにうぅっと、なりかけたその時、まだ残った半分側を彼女が齧り付いた。
彼女の顔の近さに驚き、体温が上がっていく。もう、ドーナツの味なんてわからなかった。
一口齧った彼女はもぐもぐとドーナツを
「ポッキーゲームじゃなくってドーナツゲームになっちゃったけど、これでいい思い出でしょ」
彼女が妖艶な笑みを浮かべて俺を見つめる。
「ーーーっ」
何も言い返せない俺は、睨み返した。
明らかにしてやられたのが癪であり、あながち嫌な思い出が物色された事実に呆れる。
彼女にはほんとに敵わない。意図も簡単にすり替えてしまう。
口に含んだドーナツの味が更に甘くなった、そんな気がした。
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