第2話 写真とカレ

 現像した写真が入った袋を手に私は、ルンルンで彼の家の最寄り駅に降りた。


だが、


「あれ?先輩じゃないすっか、最寄りこの辺なんですか?」


と駅前で呼び止められた。


 名前は思い出せないが、同じ専門学校のサークルでいた子だと言う事はすぐわかった。

 

「あーうん、用事があって」


 私は曖昧に濁す。


「そうなんですね、オレはこの辺住んでてーー」


 なぜか一方的に後輩は話始める。しかも長くなるパターンの喋り方だ。


 困ったなぁ。私としては名前すら出てこない後輩より早く彼の家に行きたいし、彼と話したいのに完全に捕まってしまった。


「ーーで、先輩もどうすっか?」 


 後輩が尋ねてきた。たが、私は全く聞いていなかった。何度もいうが名前すら覚えてない相手なのだ。要はどうでもいいことこの上ない。


「あー、ごめんね。私急いでるんだ、また今度」


 私は一方的に切り上げて後輩を放置し、駅前から急いで去った。


 時間ロスしてしまったと考えながら彼の家までの道のりを歩いた。






 

渡されてる合鍵で入ると


「いらっしゃい」と彼が声を掛けてくれた。どうやら


彼のほうが早く帰って来ていたらしい。


「お邪魔しまーす」


 いつか、ただいまと言える日がくればいいなぁと思う。


「先に帰ってたんだね。仕事終わるの早いとは聞いて

たけど私のほうが先に着くと思ったんだけどなぁ」

 

彼はまだスーツ姿なので帰って来て間もないようだった。きっと数分の差だったのだろう。


「うーん、駅前で話し込んでたから遅かったんだろ。仕方ない仕方ない」


 彼が宥めるように私の頭を撫でる。が、私は彼の言葉に驚く。


「駅前で呼び止められてるとこ見たの!?」


「え、あぁ、見たけど。駅降りたらなんか話してんなぁと思って、邪魔するのも悪いからそのまま声掛けずに帰ってきた」


「ひどいっ!声掛けてくれてもよかったじゃん!むしろ声掛けてほしかった」


「なんで?楽しそうに話してたから邪魔かと思ったんだけど?」


 彼がひどく驚いた顔して聞いてくる。


 「楽しくなんて話してません!私は名前も覚えてない後輩に捕まって困ってたの!早くここに来たかったのに!」


 そういった瞬間、彼の頭が私の肩に乗った。


「そういうとこがほんとずるいよなぁ、お前は」


「だって早くこれを見せたかったんだもん」


 私は彼の髪を撫でながら、手元の写真の入った袋に目をやる。彼も少し顔を上げて横目でそれを見る。


「それってこの前使い切ったって言ってたインスタントカメラの…?」


「そうそう、よく覚えてたね」


「現像するのが楽しみって言ってたから」


 ほんとよく覚えてるなぁと思う。彼は私の些細な一言にも関わらずしっかり記憶してくれているので隙がないのだ。


「どんな写真が入ってると思う?」


「どんなって、いつもお前が撮ってる景色やモデル写真じゃないのか?」


 彼は不思議そうな顔をしながらサラリと腰に手を回してくる。


「ノンノン」


 確かに私がよく撮るのは綺麗な景色やファッション紙に載っているようなモデルがポーズを決めたものが多いのだが、今回は違う。


「じゃじゃーん。いつもの何気ない日常」


袋から取り出して、写真を一枚ずつめくって見せた。


写真には普段の彼の様子が収められている。


「これ、俺じゃん!?いつの間に…」


「そうだよ、あまり小さい頃から写真は撮ってないからないって言ってたでしょ?

それじゃあ、なんだか悲しいから」


 彼の家庭は小さい頃から、あまりいい環境とは言えないものだったと聞いている。だから写真がないのは想像がつくが、それでは思い出がないようで悲しい。


 今から思い出を取り戻すことは出来ないけど、新しく思い出を作っていくことは出来る。


「だから写真で振り返る思い出があってもいいかなって思ったの」


 彼は驚いた表情でうんともすんとも言わない。反応がない事に、私は差し出がましいことをしたかもしれないと不安になってきた。


「…ねぇ、なんか答えてよ!?」


 彼はハッと我に返る。


「いや、ごめん、写真なんて過去にすぎない、過去なんて大事なもんじゃない、自分には無縁のものだと思ってたからーー」


 やっぱり余計なことをしたかもーー。次の言葉が怖くて私は目を瞑る。


「だから、そんな風に『振り返る思い出』って捉えたことなかった。けどこの写真見てるとどれも温かくってさ、思い出っていいね」


 彼の言葉が耳に優しく響いた。目を開けるとにっこり微笑んだ彼の顔があった。キュンと胸が高鳴る。

 

「ほんと敵わないよなぁ、そうやって意図も簡単にすり替えるんだから」


 なーんて言うけど、むしろ敵わないのはこっちだ。


そうやってすぐに私を何度も惚れさせるくせにこの鈍感男は気付きもしないんだから。


 私は思わず彼の胸に顔を隠した。


「どうしたの?」と素っ頓狂な声で状況把握できてない彼は予想通りだったが、答えてなんてあげない。

 

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