第3話 カノジョに出会うまで

 初夏の桜の木漏れ日がとても美しく電車の窓から見えた。


「綺麗だな」


と思わず声がでた。


「あ、ほんとですね。先輩はよく気づきますね〜。僕

なんてさっきの企画のプレゼンから緊張が解けてホッ

としてそれどころじゃないのに…」


 スーツのネクタイを緩めた後輩がそういう。


 俺が余裕そうに見えたのだろうか。


「最初の頃はそういうもんだし、いつになっても俺だって緊張するよ」


 企画会社なので、取引先に企画をプレゼンするのは当たり前だが今だに始まる前は緊張する。


「えー、うっそだぁ。先輩、プレゼンの時スラスラ喋ってたじゃないですか!僕は声震えてしまったんですよ!」


 後輩は納得いかないと抗議してくる。


「まぁ、慣れだよ慣れ」


 過ぎていく葉桜を横目で見ながら俺は答えた。


 新人の時の自分もこの後輩のようだったと思い出す。


 あの頃は葉桜に差しかかる木漏れ日の綺麗さに目が

つかないぐらい余裕がなかった。


そんな俺に葉桜の美しさを教えてくれたのは彼女だったーー。

 





「はぁー、いつになったら先輩みたいに一人前になるんだよ!!!」


 その頃の俺は、ようやく先輩の下を離れて、一人で

プレゼンするようになったのだが、まだ成果という程

のものを何一つ残せていなかった。


そしてその日は、ライバル会社にプレゼンで負けてし

まい、溜まりに溜まったものが爆発してしまった。


 プレゼン終わりに会社へ直帰せず、近くの公園に寄

って自分への怒りをぶちまけた。いつになれば先輩の

ようになれるのか焦りばかり浮かんでくる。


「はぁー」ともう一度溜息を吐いた。


「ごめんなさい、そこ退いてもらえないですか」


顔を上げるとロングヘアーにシンプルなブラウスにパンツスタイルの自分と同じぐらいの歳の女の子がいた。


「へぇっ!?」


 公園のベンチで退いてくれなど言われることなんて

あると思わず戸惑った。ベンチなど公園のどこにでも

あるというのに…疑問だけが頭に浮かぶ。


「後ろの葉桜を撮りたいんです、撮ったらすぐのきますから」


 彼女はベンチ後ろの葉桜を指した。


「あぁ…」


 確かに座っていたベンチの後ろには桜の木があった。

 回らない頭のまま、言われた通りベンチから立つと

彼女はベンチに土足のまま立って首にかけていたチェ

キでパシャパシャと取り始める。ウィーンと即座に印

刷される写真を手に取ってはまた彼女は撮る。


「…なんで葉桜なんか撮るんだよ」


 桜といえば4月の花が咲いてる時期が一番の見どこ

ろだろう。そんな謎と自分の仕事の出来なさの苛立ち

が交じってしまった。


「そんなの決まってるじゃないですか、桜の本当の見どころが葉桜だからですよ」

 

 彼女はさぞ当たり前のように言い切って、俺にさっ

き撮った写真を投げてきた。反射で写真を手に取って

見た。

 葉桜から差し込む木漏れ日が写っている。


「ねっ?綺麗でしょ」


と彼女が笑って見せてくる。


「あぁ…」


「そんな適当な相槌しないでください!ちゃんと見て!!」


 疲れから適当に返したら怒られてしまった。


「そう言われても疲れてるんだよ」


 少しだけ投げたような声色を出した。


「だからこそ、見ないと駄目でしょ‼あのね、周りを見えてないから上手くいかないのよ、この葉桜の美しさですら気付かなかったくらい貴方は周りを見えてない!!」


 思いもしない罵声を出会ったばかりの彼女に浴びせ

られた。俺の中にふつふつと怒りが込み上げてくる。

でも何も言い返せない。

 それはきっと言われてることに間違えがないから

だ。焦ってばかりで周りすら見えていない、事実だ。

だから葉桜の美しさに気づかない、それと同じでプレ

ゼンの時、相手会社の担当者をちゃんと見えていない

かった。

 彼女から渡された葉桜の写真をもう一度、見つめ

る。木漏れ日が桜の葉を若々しく、美しく写していた。


「ーーッ、君の言う通り、綺麗だな」


「うん、分かればよろしい!」


 彼女が満面の笑顔で言った。そして彼女が俺の頭を

撫でてきた。


「だから、頑張ったね、次はきっと上手くいくよ」


 俺は驚いて目を見開いた。何が起きているのか一

瞬、わからなかった。


「これは?」


「上手くいくためのおまじない。その写真あげる」


 彼女の手は優しく温かった。そして彼女はふわりと

蝶のように去ってしまった。

 それが彼女との出会いで、次のプレゼンはあのおま

じないのおかげか、見事に成功した。




「先輩何笑ってるんすか?」


 新人の頃を思い出していると後輩が不思議そうな顔をしていた。


「いや、ちょっと思い出してただけ」


「何をですか?」


「秘密」


 流石に仕事関係のことから私情に繋がっていった彼女との馴れ初めは今回は言えない。


 もしそれを言ってしまえばこの後輩は、仕事に力を入れなくなるのは明白だ。


「教えてくださいよ〜、先輩〜」


「い・や・だ」


「ケチですねー。あ、でも一つだけ分かりますよ」


「何をだ?」


 得意気な声を出す後輩と代わって、相変わらずの鈍感が発揮されているがツッコむ者が不在なのでスルーされる。


「先輩にとって幸せな思い出だってことは」


 その一言に俺は絶句した。

 ガタンゴトンと電車の窓は次の街へと景色を変えていた。

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