第4話 カレのいたベンチ
その日はとてもいい天気だった。
こんないい天気は写真を撮りたい!と考えていたが専門学校の講義があるからと、半ば諦めていた。が、運良くその日は受けないといけない講義は午前中しかないと発覚し、私は万々歳だった。
浮き足立った気持ちでチェキを首から下げてぶらぶらと歩く。青い空、鳥、花などを撮りながら印刷された写真を見る。
やはり今日はいい天気だから太陽光とのコントラストがいい。チェキは本格的なカメラではないので撮ったままが写る。その良さが被写体を輝かせていた。
印刷された写真を見ては、ルンルンで歩く。すると公園前に来た。駅が目と鼻の先のこの公園は城跡地でもあるため広く、桜の名所としても有名で地元民の憩いの場になっている。
桜の時期が過ぎたこともあっていつも通りの人通りの公園に私はわくわくしながら入っていく。
世間にとって桜といえば花かもしれないが、私にとっての醍醐味は葉桜なのだ。だから今日のような日は葉桜と木漏れ日の美しさが、目に映ったままを、写真に収められる。そう考えると嬉しくて仕方なかった。
たくさん植えられている桜の中でもお気に入りの場所がある。ベンチの後ろにある大きな桜の木だ。そのベンチから見上げる桜の木はとても美しいのだ。
そこに行くと先客がいた。スーツ姿の社会人男性が鞄を横に掘り投げて俯いて座っている。
しばらくしたら退くだろうかと様子を見ることにした。が、彼は一向に退く気配はない。
このままでは、シャッターチャンスを逃してしまう。
「はぁー、いつになったら先輩みたいに一人前になるんだよ!!!」
と、彼は顔を上げて叫んだ。その時、初めて彼の顔を見た。若く同年代に見える彼は、一重の茶色い瞳に疲れを宿していた。
あぁ、これは居座るパターンだなと一目で察知する。だが、今日の私はどうしても譲れなかった。
「ごめんなさい、そこ退いてもらえないですか」
考えるより先に行動していた。
「へぇっ⁉」
案の定、彼が不快な声で返してきた。
同じ立場だったら私もそうなってるだろうけど、今回はなり振り構って入られない。
「後ろの葉桜を撮りたいんです、撮ったら退きますから」
「あぁ…」
強引に話を進めて彼には退いてもらった。
私はベンチに立って葉桜を撮る。やっぱり今日はいいものが撮れる。ウィーンと出てきた写真を満足げに眺めていると
「…なんで葉桜なんか撮るんだよ」
と彼が呟いた。
「そんなの決まってるじゃないですか、桜の本当の見どころが葉桜だからですよ」
私は振り返って彼に言い切り、撮った写真を投げつけた。
普段の私ならそんな主観を押し付けたりしないのに、何故かそうしてしまった。
「ねっ?綺麗でしょ」
「あぁ……」
「そんな適当な相槌しないでください!ちゃんと見て‼」
彼に対して普段なら口にしないような言葉ばかり発してしまう。
「そう言われても疲れてるんだよ」
疲れてるなんてそんなこと貴方よりも分かってる。
「だからこそ、見ないと駄目でしょ‼あのね、周りを見えてないから上手くいかないのよ、この葉桜の美しさですら気付かなかったくらい貴方は周りを見えてない!!」
私は自分の言葉に驚いた。そしてなぜ、自分が今日、普段言わないようなことを言ってしまうのかようやく気付いた。
彼の疲れた顔を見たとき、あんな心の叫びを聞いたとき、この人が死んでしまうかもしれない、どうにかして気を反らしてあげないといけない。そう思ったから、だから彼にこの葉桜の美しさを、同じ景色を見てほしかったのだとーー。
彼は次のセリフを飲み込んで、私から言われた通り、葉桜の写真をじっと見つめていた。
「ーーッ、君の言うとおり、綺麗だな」
憑き物が晴れたように彼の口元が微笑んだ。
それが嬉しくて「分かればよろしい!」なんて偉そうに言ってしまった。
そしてうっかり、我が家ではよく母がしてくれる『おまじない』という名の褒め方をしてしまった。
恥ずかしさのあまり、私は写真をあげると急いでその場を去った。今日は頭より先に行動してしまう。顔から火が出そうなほど身体が熱い。きっと今、真っ赤な顔をしている。
彼には、なんとか誤魔化せただろうか。
そんなイレギュラーな一日は終わりではなく、彼との始まりに過ぎないなんてこの時、私は思いもしなかったーーー。
パチリと目を開けると、頭上には木漏れ日が差し込んだ葉桜が美しく広がっている。
お気に入りの桜をベンチで寝転がりながら見ているうちに眠ってしまってたらしい。
「……やっぱり、あの日と一緒で綺麗だなぁ」
まだ微睡んでいた為か、私は独り言を呟いた。
「桜の本当の見どころが葉桜だから?」
私の視界の葉桜が遮られた。
ひょこっと彼は私の顔を覗き込むようにして急に現れた。
「え、なんで…」
「なんでって仕事早く終わって通りがかったから」
珍しく続きを察した彼がそう告げる。
確かに彼はスーツ姿で、あの日と同じようだった。
「この辺で仕事だったなら、言ってくれても良かったのに…」
私は起き上がって彼に座るように促す。
「いや、学校で忙しいかと思ったんだけど」
ベンチに座った彼が私を見る。
「だからここには、ひとり寄ろうと通ったらお前がいたから。まるであの日のようだなって」
「もう、同じこと思い出してる…」
嬉しくも恥ずかしくて顔が赤くなる。
「以心伝心ってやつだな」
彼は笑った顔で言い、近付いてくる。その距離にドキッとしつつも私は瞳を閉じた。
今日で出会って一年、桜の木の下で二人の影が1つに重なった。
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