エピローグ
『本日発売〜写真集・駆けたピース』
通勤前に読んだ新聞の広告にも、テレビCMにも、電車の吊り広告にも、どどんと宣伝されていたのはある写真家の話題の写真集。
写真集にしては事前予約が殺到し、急遽重版したとか、ニュースになっていた。
不思議なタイトルについてインタビュアーにその写真家はこう言っていた。
「『駆けたピース』は、『欠けた記憶』と言う言葉から連想しました。欠けた記憶のことをパズルのピースに例えてたりしますよね。でも、ただ『欠けた』と表記するのは悲しすぎる。『駆け抜けていった』のほうがいいなぁと思ったんです」
そう話す写真家は、あの頃より美しい大人の女性になっていた。
俺はそのインタビューを繰り返し流す本屋のミニテレビを見て思った。
彼女にとってあれは駆け抜けた思い出になったのだろうか。
その写真集を手に取ってレジで買い上げると、職場に向かった。
引っ越して6年が経つアパートの部屋に帰ってきて、ようやく彼女の写真集を開いた。
そこにはあの頃よりも色んな表現が伝わってくる風景や人物の写真があった。
暖かさや悲しみ、嬉しさや淋しさ、彼女がレベルアップしたといえるものばかりだった。
俺は心から安堵した。あの時のことはある意味、紙一重でどちらに転ぶか不安だった。潰れることなく、バネになっていてよかった。
もう一度電話を掛けたあの日、彼女の師にお願いしたのだ。彼女をちゃんと導いてほしいと。約束通り、ちゃんと導いてくれたようだ。
じっくりと見ていき、最後のページをめくった。目に入ったのは知っている景色だった。
木漏れ日が葉桜を若々しく、美しく写したあの写真と同じ写真だった。
写真のタイトルには、『葉桜の下で』と書かれていた。ドクンと俺の心臓が鳴った。
息を呑んで、じっと写真を見つめた俺は立ち上がり家を出た。
駆けて、駆けて向かうのはあの場所。彼女がいるかなんて知らない。
きっと居ない。居なくてもいい。
だけどあの場所に行けと心が告げている。
俺は夜の葉桜を見にあの公園に行くのだった。
了
駆けるピース 一咲 @Hitotunisaku
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