贈り物

 六花の月一日。リスティンキーラの祭日のひとつである降誕祭アライヤ。一年で一番の祭日だ。聖書では氷神トワイライトファーレンはこの日に氷から生まれ、その瞬間から時間が動き出したとされている。一年の初めのめでたい日にも関わらず、俺の周りを取り巻くのはフューリーの唸り声である。


 アルフェの歌が雪上を渡り、溶けるように拡散していく。加速アクセルの魔法だ。その隙間を縫うようにフェンの白雷とカトラスの氷の矢が降り注ぐ。激しい苦痛の吼え声と、それを踏み越えてなお飛びかかってくるフューリーの群れがその返礼だった。俺に振り下ろされんとした爪が半透明の壁に阻まれ、シルヴィアが怒鳴る。


「ボサっとしないでさっさと頭数を減らしてください!」


 今にも俺を殴りそうな勢いだったので、慌てて視線を戻す。久しぶりに全員揃った特別隊は、新たなデウス・エクス・マキナの痕跡を追って休日労働と相成ったのだが、その途中で運悪く群れる種類のフューリーに見つかったのだった。全くついていない。一年の始まりがこれでは先が思いやられる。


 俺はわずかに息を吸い込む。冷たすぎる空気が肺に染み渡り、思考を切り替えた。


蒼炎の刃よエリエル!」


 俺の握る銀色の剣が蒼い炎を纏う。そのまま先程俺を襲ったフューリーに振り下ろした。真っ二つになった四足歩行の獣を蹴り飛ばし、流れに乗って三、四匹を切り捨てる。


 ほぼ同時にフェンの氷の鳥が群れの中心で炸裂し、数匹を原型を留めぬほど破壊する。弾けた氷で傷を負ったフューリーたちが苛立ちの唸りをあげる中、舞い上がった雪煙が視界を真っ白に染めた。


「退却だ!」


 フェンが鋭く叫び、それに従った俺たちは断続的に攻撃を加えながらじりじりと下がる。円のように緩やかに陣形を保ったままどうにかフューリーたちを振り切った。流石の一行も疲労の色が表情から滲み出ていて、俺もため息をつきたくなる。


 円の中心で守られていたラウラが、一番消耗の激しいシルヴィアに氷水晶を渡しながら言った。


「……それにしても、今日は妙にフューリーがしつこかった」


「今日は降誕祭アライヤですからね。フューリー共も気が立っているのでは?」


 礼を言ったシルヴィアがどこか誇らしげに耳を揺らす。それならそのご立派な加護でフューリーたちを鎮めてくれと思うが、そんなことを口に出せば何をされるか分かったものではないので黙っておく。


 同じようなことを思ったらしく、アルフェとフェンが微妙な表情をしたが、彼らもまた口を噤んでいる。賢明なことだ。


「ねえ、僕らいつになったらアナスタシアに帰れるのさ?そもそもここどこ?」


 確かに、フューリーたちに追いかけられているうちによく分からない所まで来てしまった。俺はアナスタシア方面の雪原については詳しくない。


「ああ、アナスタシアなら割と近いよ。この辺りはフューリーが少ないから私たちはあんまり来ないだけ」


 アルフェが事も無げに説明する。雪原で迷ったという最悪の状況に陥らなくてよかった。


「向こうの塔が見えるか?あの方向に直進すれば三十分ほどで門が見える」


 補足説明をしたフェンを、カトラスが疑惑の目で見つめる。


「それ、本当?」


「どういうことだ?」


「だってフェン、方向音痴じゃん」


「……」


 彼は大概無表情だが、最近それにも種類があることを覚えた。あれはカトラスをケット・シーの標本にするか考えている顔だ。


 しかしそれが実行される前に、いい意味で空気を読むことのないシルヴィアが空を指さした。


「あら?みなさん、あれは……?」


 分厚い雲にできた切れ目から、神聖とも思える光が洩れていた。緑や赤、様々な色が重なり合ったそれは空に架かる壁掛けタペストリーのようだった。


「っ……!」


「綺麗……」


 俺は息を飲んで神秘の光を見上げた。気づけば全員が静かにそれに見入っていて、雪原には真の静寂が訪れる。今聖氷教を知ったなら、本当に神はいるのだと信じてしまいそうだった。それ程までに、ただ美しかった。


「……珍しい。あれは空渡りオーロラ。この時期にしか見られない。トワイライトファーレンが駆る狼が通り過ぎた後だと言われてる」


《賢者》ことラウラがそっと解説し、カトラスが普段の数倍穏やかに笑った。


「こんなに綺麗なら、一年が始まって早々酷い目にあったのも神の御恵みってやつかもね?」


「ああ……そうかもな」



 ◇◇◇



 ようやくアナスタシアに戻った俺たちはくたくただった。流石にフェンも今日のところは解散にしてくれたので、今夜は部屋でゆっくり休もうと思って俺は隊室を後にした。無人の廊下を通り過ぎ、本部の外に出た瞬間、涼やかな声に呼び止められる。


「あ……エルー、ちょっと待って」


「……?ああ」


 振り返ると、予想した通りそこにはアルフェが立っていた。急いで俺を追ってきたのか息が弾んでいる。よく見ると、手には何か包を抱えていた。


「……はい、これ。降誕祭アライヤ贈り物プレゼント


「えっ……!?」


 驚きから思わず大きめの声が出て、慌てて口を閉ざす。そんな俺を見て彼女は青い瞳に不満げな色を宿した。


「ちょっと、そんな反応だと傷つくんだけど?」


「ご、ごめん……いや、俺何も用意してなくて……」


 降誕祭アライヤには親しいもの、つまり家族や友人、恋人と贈り物プレゼントを交換するという風習がある。これも聖書の一節に基づいているのだろうが、詳しくは知らない。とにかく、交換と言うからには俺も何かしらを渡さないといけない訳だが​────生憎、本当に何も持っていない。


「全く​────まあ、仕方ないよね。久しぶりなんでしょ?」


 遠慮がちにアルフェは言ったが、それよりも前に俺は最後に贈り物プレゼントを交換し合った遠い日のことを思い出していた。青い瞳のアルトが死ぬ少し前のことだ。


「いいの。実は私も久しぶりなんだ」


 その言葉は意外だった。アルフェは交友関係が広く、軍の人気者だ。恋人はともかく、友人や家族と交換していそうなものだが。


「家族とかは……?」


「うーん、あんまり帰ってないから……姉はいるんだけど、ね」


 その言葉と共にわずかに彼女の瞳が曇ったのを見て、俺は慌ててアルフェに謝罪した。


「あ、悪い……こんなこと聞いて……」


「ううん、始めたのは私だし。とにかく、受け取って。贈り物プレゼントを交換する風習、結構好きだったんだ。そういう機会もなくなっちゃったから……私のためだと思って」


「……ありがとう。返すよ、来年。降誕祭アライヤ贈り物プレゼントは交換し合うものだろ?」


 俺は何気なく言ったが、アルフェは微かに驚いたように瞳を丸くし​────少しだけ微笑んだ。


「ふふ。来年……来年かぁ……頑張ろうね。約束だよ」


 それでようやく思い至った。来年とはなんと不確かな言葉なのだろうか。俺たちに命の保証などあるはずもない。一年後、俺たちのどちらか、或いはどちらも命を落としている可能性は低くない。


 だから、だからこそ、俺は頷いた。


「ああ。約束する」




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デウス・エクス・マキナを殺せ Extra Edition ほりえる @holly52965

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