御柱様と瘧様 2
玄関で呼び鈴が鳴った。誰か来たのだ。アルバムにすっかり時間を取られてしまった。急いでアルバムをしまい、一階へと降りる。写真が一枚落ちたのに、祐矢は気付かなかった。
マスク姿の祐矢は玄関の扉を開けると、眩さに目を細めた。朝の光を浴びて、輝く銀髪の少女、文原綾がそこに立っていた。果物籠を提げている。綾は微笑んで、
「飛鳥先生と皆歌たちが心配しているので、代表して私が来ました」
「せ、生徒会長!」
「今の生徒会長はあなたよ。ご迷惑でなければ入れてもらえませんか」
祐矢は困って、
「お医者さんから、インフルエンザをうつさないようにしろと言われまして」
綾は果物籠を祐矢に渡し、
「私は大丈夫。ほら、熊神様は風邪を引いたりしないでしょう、あれと一緒です」
「一緒?」
例えの意味がよく分からなくて、祐矢は頭をひねる。そもそも、熊神様のことを会長に教えただろうか。飛鳥先生が伝えたのかもしれないが。
「あの、会長は、実は正体が縫いぐるみだったり」
「面白いことを言うのね」
笑いながら、綾は扉を潜った。
「失礼します」
靴を脱いで、玄関を上がる。
「さて、困っていることがないかしら」
祐矢はようやくぴんと来た。飛鳥先生たちは、分かっていて会長に頼んだのだろう。この時期、三年生は受験のため自習となっていて時間にも余裕がある。
祐矢は綾にお願いし、真白の部屋で着替えを探してもらった。さすが同姓、見つけるのは一瞬だった。下着は化粧鏡の棚に入っていたのだそうだ。
一階に下りて、床の間から真白を寝かせた奥の部屋への襖を開けようとしたとき、綾の動きが止まった。
「皆歌がいればよかったのだけど」
そう呟いてから、
「白羽さん、危ないから下がって」
祐矢は目を疑った。綾の周囲に銀色の光点が浮かび上がり、綾を中心に旋回し始めた。いくつもの光の線に取り巻かれているかのような光景だ。歌のようなものが聞こえてくる。煌くような喜びの合唱。
「お願い、シルヴェストル!」
綾が言葉を走らせると、触れもしないのに襖が開き、光が飛び込んでいく。
横たわる真白の側に、ぼろぼろの布をまとった男がいた。男は綾と祐矢に背を向け、真白に顔を向けて座り込んでいる。祐矢は一瞬、誰か他にも客を招いていたかと感じかけて、次の瞬間にそれを全力で否定した。真白の横に熊神様が人の姿で倒れている。服は乱れ、爪は鋭く伸ばされていた。
男は薄汚れた布の巻かれた腕で真白の布団をめくる。真白の寝巻き姿が露わになった。男は肩で笑い、手を真白の顔に伸ばす。
「触るなあっ!」
祐矢は止めようと飛び出した。奥の部屋に入るや光の線が祐矢を取り巻き、柔らかな風の壁が行く手を阻む。
綾の仕業だ。
「白羽さん、下がって!」
綾の周囲から光の線が数百本以上も走り、銀色の光帯となって男に襲いかかる。部屋中を光の発する歌声が満たす。
光の帯に上半身を巻きつかれた男は、ゆるりと立ち上がった。顔を見せず、声を発した。
「我が物。これなるは我が柱。補陀落に送ること許さじ」
まさか。祐矢はありえない声を聞いた。それはあたかも自分の声のように聞こえた。
男は続けた。
「病みよ。倒れよ。朽ち果てよ。血に呪われたるが故に。無垢なるはこの物のみ」
男は強引に腕を開こうとする。光の線がはじけていく。
祐矢は武器を探す。大樹に変じて失われたあの杖は、もう使えない。どうする。急がないと、やつは光の帯をひきちぎる。そうか!
祐矢は自分を取り巻く光の線に、
「頼む!」
お願いすると掴み取った。
祐矢は光の線を槍のように握り締め、男へと突き込む。束となった光の線が、男の胸を貫いた。男は唸った。ひるんだように見えた。男は、
「我が百八の眷属から、血に呪われたる者ら逃れることあたわず」
言い終わるや、まとっていた布を残して体が消えうせた。布が真白に落ちようとする。
「焼いて! 皆歌!」
綾の言葉に後方から、
「はい、お姉様!」
焔が走った。それがまとっていた布は焔に包まれ燃え上がる。落ちる前に一瞬で燃え尽きた。
綾の後ろに、皆歌が到着していた。先端が赤熱した錫杖を構えている。リボンは外されていた。
祐矢は真白を抱き起こす。
「大丈夫か! 真白!」
祐矢の叫びに真白は、熱に浮かされた顔でぎゅっと抱きついて、
「どうしたの、旦那様。体拭くの、まだ?」
いつも妹の面倒を見ているだけあって、綾の手際は良かった。体を拭いて寝巻きと下着を替え、寝かしつける。
床の間に、真白以外の全員が集まった。熊神様は面目なさそうに、
「面目ない。仮の体では力が出らんのじゃ。不意もつかれてな」
と言い訳する。
本当は襖を閉めて静かに真白を寝かせたいのだが、祐矢は心配で閉められない。
「あれは異神、ペイガン・ゴッドです」
綾は語り始めた。
「異神は伝承によって生まれ、伝承に定められた方法でしか滅びない、神威の存在なのです」
祐矢は眠る真白に目をやりながら、
「災いを呼ぶ存在なのですか」
「あの異神はおそらく疫神。かつて疫神がこの世に現れたとき、ヨーロッパでは数千万人がペストに倒れました。今度はどれほどの呪いがこの世界に現れるのか……」
マスクをつけさせられた皆歌が、
「あいつは、真白ちゃんを狙ってるのね」
祐矢は胸の中に氷を詰められたような思いだった。
「うん、真白が目的みたいだった。あんなやつから真白を守るには、いったいどうやったら」
綾は静かに、
「真白さんはなすべきことをなすでしょう。白羽さんがなすべきことは、異神と戦うことではありません」
「でも」
「今日は守りをつけておきます」
綾は立ち上がった。皆歌も立つ。
帰ろうとする綾は、思い出したように、
「真白さんの部屋に落ちていた写真です。しまっておいてくださいね」
制服のポケットから、一枚の古ぼけた写真を祐矢に手渡した。
受け取った祐矢は、ぎょっとした。まだ若い頃の曾祖父、白羽真耶、それに少女が写っている。写真の少女は、今、目の前に立っている文原綾本人としか見えなかった。血縁者だろうか、いや、しかし似すぎている。
「会長、あなたは」
「飛鳥先生からも聞いたでしょう。我々は命ある伝承を導くためにやってきた守語者です」
どこから来たというのだ。祐矢の脳裏に浮かんだ疑問を察したのか、綾は、
「命ある伝承は、大いなる力を持ちます。世界を生み出すことすらあるのです。そうした世界の一つから、我々はやってきました。我々守語者は伝承によって生まれた自分たちの世界を守るために、あなた方の伝承と世界を守り導いています。そう、はるか昔から」
熊神様が綾をにらみ、
「汝、守語者の王…… ではないのかえ。となれば、そこな凶暴な娘は王を守る巫女か」
綾はうなづいた。
「汝自身がわざわざ人界に出張っておるということは、こたびの送りはそれほどまでに大事なのじゃな」
祐矢に見送られ、綾と皆歌は帰っていく。
玄関の扉を閉めてから、綾は皆歌に、
「白羽さんは、誰にも懐かなかった私の疾風精シルヴェストルから助力を得ることができた。ダーナたる力の証ね」
皆歌は綾と腕を組み、
「わたしはあの二人を信じます、お姉様」
今日はイブだというのに病気になるわ異神が来るわで、気の毒な二人だけど。真白ちゃんは、初めて白羽君と祝うクリスマスを楽しみにしていたのに。
その思いを察したのか、綾は優しく告げた。
「大丈夫、幸せなイブになるわ、皆歌」
「旦那様、林檎のシャーベットが食べたい」
「なんだよ、それ?」
真白の寝ている布団の横で、寄り添うように祐矢は座っていた。真白の熱は少し下がったようだ。
「あのね、林檎をおろすの。風邪を引いたら、おばあちゃんが作ってくれたのよ」
「林檎だったら会長からお見舞いをもらってたな」
林檎と道具を持ってきて、真白の横で準備する。林檎を包丁で剥き、おろし金ですりおろす。林檎一個をおろしてガラスの器によそった。
真白の体を起こして、座椅子に座らせる。
「林檎のシャーベット、これでいいかな」
祐矢が器を差し出す。真白は受け取らず、口を小さく開けた。林檎を載せたスプーンに、真白がぱくりと食いつく。ごくりと飲み込んで、
「おいしいよ、旦那様」
食欲が戻ってきたようだ。ひとさじひとさじを真白は幸せそうに食べ、祐矢もまた安らぎを感じていた。
今日はクリスマスイブ。ケーキや鳥の丸焼きを食べさせてあげたかった。でも、二人で過ごす静かな時間は幸福に満ちていた。
食べ終わった真白は疲れた様子だ。また横にしてあげてから、昼の薬を飲ませていないことに気付く。
「真白、薬」
それを聞いて真白は、
「んっ」
と、あごを上げて唇を半開きにした。
祐矢はグラスの水と薬を口に含む。唇を寄せる。唇と唇が触れ合った。熱く柔らかい真白の唇。のどを鳴らして、真白は流し込まれた水と薬を飲み込む。全部の薬を飲ませ終わった。真白の美しい瞳が祐矢を見つめる。祐矢も見つめる。二人は、そっと唇を合わせてキスをした。
御柱家の屋敷、屋根の上。黒いコートの女が脚を投げ出して座り、星空を眺めている。飛鳥先生だ。綾を押し切り、自ら真白の警護を買って出たのだった。先生の隣には、熊神様が縫いぐるみ姿で座っている。
「熊神様、異神の気配はございませんか?」
「人外の気配はない。少しは手傷を負わせたか、やるべきことを進めておるだけなのか」
「おそらくは無傷でしょう。異神は伝承に定められた運命によってしか終わりませんから」
「異神とやらは百八もの眷属と言うておったのじゃぞ。手に負えるのかえ」
飛鳥先生はうつむいて、
「かつて守語者は自分たちの世界を守るために異神と戦い、大敗を喫しました。守りの切り札であった巫女たちの武力では、異神を止められないのです。守語者の力は言霊によるもの、異神もまた言霊によって生まれるもの。異神を織り成す言霊を読み取れないかぎりは、終わらせられないでしょう」
「では、汝はここでなにをしておる。飾りかえ」
熊神様は非情に問う。それは己を恥じている熊神様自身への問いでもあった。
先生は傍らに置いていた一冊の本を取り上げ、
「二十年の修行と世界で採取してきた伝承の力をもって、終わらせられないまでも、妨害程度ならば」
空からちらほらと白いものが落ち始めた。
「ホワイトクリスマスか」
先生が呟く。熊神様が小さな手で、はっしとつかんだ。
「違う! これは灰じゃ!」
先生の手にも灰が落ちてきた。次々と落ちてくるそれは、屋根と庭にゆっくりと積もっていく。
先生は空に祈った。
「せめて二人には幸せなクリスマスを……」
この数日前、中国大陸で五大連池火山が大規模な火山活動を再開。二千数百年ぶりの噴煙は高度三万メートルまで立ち上り、その火山灰は偏西風に乗って日本列島にも降下しつつあった。火山灰と共に降り来たるものがあったことを、まだ先生たちは知る由もなかった。
翌朝、クリスマスの日。
真白はお布団からそっと脱け出した。祐矢は、まだよく寝ている。二階に上がって着替え、取ってきた物をそっと祐矢の枕元に置く。台所で静かに朝食の準備を始めた。
祐矢はおいしそうなお味噌汁の香りに目を覚ます。昨日は寂しがる真白をほっておけなくて添い寝した。真白の体はインフルエンザというだけでなく、とても熱く感じた。祐矢の体もまた、熱くなっていたのかもしれない。インフルエンザがうつることは覚悟していたが、今のところは大丈夫のようだ。心臓の音を聞いて安心したのか、熱にうなされることもなく真白はよく眠っていたようだった。
そう、真白はどこだ? 閉まっていた襖を開けると、テーブルにはご飯にお味噌汁、漬物に冷奴、納豆と、祐矢の好きな定番メニューが並んでいる。白い長襦袢姿で正座した真白が、背筋を伸ばし、しっかりと微笑んだ。
「なにやってるんだ! 寝てないとだめじゃないか!」
祐矢は慌てて真白の額に手を当てた。
「え、平熱? 熱が引いている?」
真白も腰を上げて、そっと祐矢の額に額を当てる。
「うつしてないみたい。よかった」
なにかに化かされているような気分で、祐矢は真白と朝食を始めた。真白の顔色は普通に戻り、食欲もあるようだ。風邪ならまだしも、インフルエンザでこんなことはありえないはずなのに。
熊神様がとことこ二階から降りてきた。真白が腰を浮かして、
「キムンちゃん、二階にいたんだ。すぐご飯を用意しますからね」
「待て、俺がやる!」
祐矢が準備しようと立ち上がる。熊神様はテレビの前に鎮座し、
「すませてきた。いらぬ」
テレビを見たそうだったので、祐矢がスイッチを入れてあげた。この家ではめったに稼動することのない、古色蒼然としたテレビがニュース映像を映し出した。
熊神様は身を乗り出して、
「始まったか」
ニュースでは、中国で五大連池火山が噴火したのに続いて、ハワイのマウナロア山が大噴火を起こしたと告げていた。かつてなく大量の溶岩が噴出し、ハワイ最大の都市であるヒロ市近辺まで溶岩流が押し寄せつつある。ハワイ全島で避難が開始されていた。
赤く溶けた溶岩が島を覆うように広がっていく。自然を焼き尽くしながら。
祐矢はかつて見た光景を思い出していた。赤御蛙様の中に入ったときの、血に満ちた大海。
「まるで、地球が血を流しているみたいじゃないか!」
ニュースに突然、臨時ニュースのテロップが入る。イタリアのストナ火山、南米のジュジャイジャコ火山、アフリカのキリマンジャロ火山。世界各地の火山が続々と噴火していた。
熊神様がテレビを示して、
「見よ。大地が血に縛られておる」
地球のコンピュータグラフィック映像に、世界中の噴火地点が示されている。それはつながり、線となり、網目となっていた。あたかも血流の網が地球を縛り上げるごとく。
二人をおいて、真白は淡々と食事のすんだテーブルを片付ける。
「日本でも始まるんじゃないだろうな」
祐矢が心配の念を漏らした。このところ、富士山近辺では地震が頻発しているのだ。熊神様は、
「始まっとるよ」
カーテンを開いた。
祐矢は最初、雪景色かと間違えた。灰色のものが、庭にうずたかく積もっている。木々や塀も灰色に彩られ、隣家の屋根も同様だ。
祐矢は窓を開けて縁側に出た。縁側に積もるそれを踏んだとき、予想とは違う感触が返ってきた。柔らかい。ほこりのように舞い上がる。手に取るとそれは、ふわりと崩れた。
「灰じゃないか!」
祐矢はサンダルを履いて庭に下りた。灰を踏み抜いて足跡を残しながら、道路まで出る。見渡す限り、灰に埋もれていた。
戻ってきた祐矢を出迎えたのは、噴火によって大量の灰が空中を浮遊しており、大規模な降灰の見られる地域があるというニュースだった。全地球規模で気候や農業への影響が懸念されている。
「真白、見ろよ。街中が灰色だ」
祐矢の呼びかけに真白は、
「ええ。旦那様。学校もすっかり灰色です」
「見えるのか?」
二階からでも見えるのか、という質問だった。
「杖の木も、灰色になっちゃいました」
真白の返答に祐矢は頭をひねる。杖から生えた木は、体育館跡にそのまま残されている。体育館再建の寄付をした謎の篤志家による希望だった。それはともかくとして、屋根に上がろうとも学校の建物がさえぎるので杖の木は見えない。真白の目は遠くを見ているようだった。
「旦那様、見えるんです。瘧様が来ます」
そのときだった。突然の轟音と共に、縦揺れが祐矢を上へと突き飛ばした。一瞬、体が宙に浮き上がる。何度も揺れは経験してきたが、これはかつてなく激しい。地面にしがみつくことすらできない揺れだ。窓ガラスが吹き飛ぶ。柱がきしみ、折れていく音がする。屋根から滑り落ちた瓦が灰を舞い上げて砕けていく。重い食器箪笥が舞い上がり、数回ほど回転してから床に叩きつけられた。その中では食器の砕ける音が響いたのだろうが、大地を揺るがす轟音に塗り潰される。
テレビが台から飛び、ニュースが消える。天井から砕けた破片が落ちてくる。そのことごとくは運良く祐矢をよけて落ちる。
「真白!」
真白は何事もないように立っていた。祐矢が立つこともできない揺れの中、真白はどこか遠くを見据えている。
「旦那様、真白は行かねばなりません」
「なにを言っている、真白!」
庭に一際大きなほこりが舞い上がった。屋根から飛び降りてきた者がある。コートの女性、飛鳥先生だ。黒いコートが灰色になってしまっている。飛鳥先生は灰塗れの姿で膝を着いて、
「熊神様! 来た!」
熊神様も、
「おう」
が、立てずに縫いぐるみ姿でころころ転がっている。
先生は革表紙の本を開いて構え、
「綾様に知らせろ!」
言うや、本のページから金色の点が宙空に浮かび、文原家の方へと走る。
異神が来るのか! 祐矢は懸命にふんばりながら、なんとか先生がにらんでいる方角を見る。いた。後ろ向きで顔を見せぬ者が、こちらに歩んできた。信じられない様相の中を迫ってくる。通りには地割れが走り、そこから高熱の蒸気が噴き出していた。地熱によるものだった。
確かに緑宝山ははるか昔に噴火したこともあるそうだが、それは数万年前もの話だ。火山だとは誰も認識していない。それが今、彼方で噴煙を上げている。地割れを起こし、山頂からは溶岩流を流している。
蒸気で白く覆われた道を、異神が進んでくる。
「危ないぞ!」
先生が叫ぶ。真白が玄関から外に出ていた。異神の方へと歩んでいく。祐矢は懸命に這いずって、
「真白、戻れ、真白!」
真白はゆっくりと振り返り、深く頭を下げた。
「お世話になりました。先生、キムンちゃん、皆様にもよろしくお伝えください」
地震に大地が轟く中、よく通るきれいな声だった。先生は青ざめた。
「そんな、早すぎる」
真白は頭を下げたまま、
「真白は皆さんと過ごせて、本当に幸せでした。だから、だから、真白は瘧様の元に行きます」
祐矢は怒鳴る。
「ふざけるな、真白! 御柱様だけ行ってしまう道理があるか! 俺を、旦那を置いていくな!」
真白が頭を上げた。その瞳が祐矢を見つめた。唇が空回りするように動いた。
「……旦那様、旦那様、旦那様!」
真白が視線を祐矢から外した。
「あなたを、好きにならなければよかった……!」
真白は顔をそむけた。異神へと歩む。地割れを踏み越えていく。薄汚れた布をまとう異神、瘧様は待っていた。寄り添うように真白と瘧様は白霧の彼方へと消えていく。揺れでまだ立てず、祐矢は這いずって追う。
「行くな、真白、真白!」
立ち込める煙で、真白と瘧様の姿は見えなくなった。蒸気は地面のアスファルトを溶かし、異臭がひどい。そこへ祐矢が這いずり踏み込もうとしたとき、眼前に一本の錫杖が突き立った。
「馬鹿、死ぬつもり?」
皆歌が立ち塞がっていた。
「真白が異神に連れて行かれた! あっちだ! 死んでも追いかけるんだ!」
叫ぶ祐矢の頬を、皆歌が張った。
「落ち着きなさい。わたしはその向こうから来た。でも、誰にも会わなかったのよ」
祐矢は声のない叫びを上げた。希望は断ち切られたのだ。
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