御柱様と熊神様 2

 祐矢が通っているのは、塔之原市の塔之原高校。塔之原市は学際都市とも呼ばれており、広大な学際エリアには中学に高校、大学、博物館に美術館、さらには国の大規模な研究施設までもが立ち並んでいる。組織の枠を超えた研究活動が盛んであり、独特な教育が行われていた。その面白さに惹かれてわざわざ遠方から通う生徒もいるほどだ。その一人が祐矢だった。

 学際エリアの端から歩いてわずか五分ほどの近所に、祐矢の下宿先はあった。白い漆喰の塀に囲まれた、和風の古そうな一軒家だ。今は一人で住んでいるそうだが、大家族でも住めそうな二階建ての大きくしっかりした造りで、屋敷といってもいいぐらい。庭も大きく、裏庭には木が生い茂り、表には池まである。掃除や草取りはかなりの手間だろう。男手を欲しくなるのも当然かと納得した。家賃はいらないそうだし、そのお礼にいろいろ手伝うのは織り込み済みだ。

 番犬の類はいないようだった。このところ塔之原市では野犬による被害が続発していて、ちょっと物騒なのだ。番犬役もがんばろうと覚悟する。

 引越し荷物を載せたトラックを家の前に横付けしてもらい、祐矢はまず挨拶に向かった。両親は急の仕事で不在、トラックは業者に頼んでいる。もう昼を回っており、約束の時間よりは若干早いものの挨拶して迷惑ということはなかろう。

 と、向こうから扉が開いた。祐矢よりも頭一つほど背の低い姿が現れる。腰までの長髪を揺らしながら、包帯で腕を吊った少女が木の杖を突き突き駆け寄ってきた。肌寒い天気にあわせて、ブラウスとロングスカートに厚手のカーディガンを羽織っている。立ち尽くしている祐矢の前まで来て上目遣いに、

「旦那様! お待ちしておりました!」

「なんで、君がここにいるんだ! 待ち伏せか!」

 動転して意味不明なことをわめく祐矢に、

「旦那様、これ、これ」

 真白は玄関の表札を示した。御柱真白、そう記してある。

 真白はにっこり笑って、

「真白が家主ですってば」

 祐矢は呆然として、運転手に急かされるまで凍り付いていた。運転手は早く荷物を降ろして次に回りたいのだ。混乱している頭は放置して、祐矢の体は引越し作業を始める。機械的に体を動かしていると、もともと大した荷物がないこともあって、そう時間もかからずに引越し荷物は二階の一室に収まった。

「旦那様、お茶が入りましたよ!」

 一階から真白の声がかかった。人の行為をむげにはできない祐矢の体は、気が付いたら彼を畳敷きの床の間に案内していた。年季の入っている大きな黒檀のテーブルと立派な座布団が並んでいる。祐矢は正座して真白と向かい合った。古く上質なものに囲まれて静寂な空間に二人、祐矢は意外に落ち着いてしまう。

 真白が座っている脇には杖が置かれていた。杖は木製で、頑丈そうな白木の芯に木の皮が巻かれた作りだ。かなり古そうな代物だった。

 テーブル上のこれまた歴史のありそうなお湯呑みに、急須から玉露が注がれる。まず一口飲んでみて、祐矢は感心した。母親の入れるお茶よりも、はるかに技量が高い。細心の注意が払われたのだろう。

「うまいな。見事だ」

 思わず漏れた祐矢の言葉に真白は微笑んでから、

「旦那様のお家なんですから、足は崩して楽になさってくださいね」

 そこでようやく祐矢は我に返った。

「親父は、ここがおばさんにあたる方の家だと言ったんだ」

「その通りです」

「親父が会ったのは、君の代理人だった。そうだな」

「ええ。さあ、お菓子もどうぞ召し上がれ。これ、真白の大好物なんです」

 好意に応えて、祐矢は反射的にテーブルの和菓子を食べ始めてしまう。うまい。こんな自分の性を呪いながら、

「おばさんとは代理人のことであり、君はここに下宿している一人だ」

「旦那様、ひねりすぎ」

 祐矢は頭をひねった。今のが行き過ぎているなら、もっと素直に推理してみよう。結論はもうこれしかない。

「君こそが、おばさんだ!」

 真白が、かわいい唇をへの字にした。哀しげに、

「そんな言い方ってないです」

 泣き出しそうになったので、祐矢は急いで訂正した。

「君は俺の親族だ。これでいいんだろ」

 真白は頭を縦に振ってから、

「最初から、旦那様のお父上のお父上のお父上の奥様の弟の息子の息子の娘で、真白は柱だって言ってるじゃないですか」

 それだけ離れていれば親族というよりも赤の他人ではないかと、疑問が祐矢の頭をよぎる。部屋を見回すと、隅の電話台にメモ帳と鉛筆があった。取りに行こうとする前に、真白が立ち上がる。

「いや、君は座っていていいから」

 手足に怪我の女の子を働かせるのには耐えられない。お茶だって入れさせるべきではなかった。後悔しつつメモ帳と鉛筆を取ってきて、祐矢は家系図を描いてみる。

 それは妙な図だった。曾祖父の代で二つの家系は交わる。しかしその後、二つの家系はただ一直線に、一本は祐矢、もう一本は真白に到達していた。子供が常に一人しかいないのだ。祐矢と真白は血が遠いといっても、こうしてみると一族としての関係は確かに重く感じられる。

 もう一つおかしなことがあった。血族には女性がほとんどいない。祐矢の血族には一人もおらず、真白の血族では曾祖父と結婚した曾祖母、そして真白の二人だけ。

「女性が二人だけしかいないのか。極端だな」

 祐矢の言葉に、真白が無事な方の左手で鉛筆を持って、真白を示す線の横に短い縦線をもう一本足した。

「真希姉さんを入れて三人です」

「あ、そうなんだ。もしかしてこの家に住んでる?」

 真白は鉛筆で、姉を示す線に横棒を入れた。真白の側の家系に、淡々と横棒を加えていく。最後に祐矢の側の曾祖父、祖父へと横棒を引いた。もう存命でない人を示している。真白の側で横棒がないのは、真白ただ一人。祐矢は異様な図を前に、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかと目を伏せ、

「ごめん。君のお姉さんは……」

「立派な御柱様になれた真希姉さん。うらやましいな、あたし」

 真白は手を伸ばして、祐矢の胸に当てた。そのまま、静かに胸を見つめている。

「え?」

 真白の意図を測りかねて、祐矢は動けなくなる。今日の祐矢は引越し作業のためにティーシャツ姿、学生服を着ていた先日よりも、真白の手を直に感じてしまう。体温が伝わってきた。心臓の鼓動がペースを上げてしまい、それが真白に伝わるのではないかと祐矢は赤くなる。

 真白は穏やかに微笑んでいるようだった。どこかで見たことがある表情。そうだ、アルカイックスマイル。中学の修学旅行で京都見物したときに見た、古き仏像の微笑み。あまねく衆生を救済する慈悲深き御姿。

 と、そのとき玄関のチャイムが鳴った。真白の表情がくるりと変わる。生き生きとした目に戻り、杖を手に立ち上がって、

「見てきますね! 旦那様」

「いや、俺が」

 すたすたと玄関に向かう真白を追って、祐矢も立ち上がる。

 真白を追い越して、玄関の引き戸を開く。片手に大きな黒いカバンを提げた、背の高い女性が立っていた。スーツにタイトスカート姿がよく似合う、ショートヘアも凛々しい大人の女だ。丸い眼鏡の奥で目を怒らせ、大きな胸を威圧するように張っている。きゃしゃな真白を小さな兎に例えるならば、この人はグラマラスな体躯で獲物を狩る虎か。色気にあふれた美しさを持っているが、凶暴な殺気にも満ちていた。うっかり近づいたら、ただではすみそうもない。もっとも祐矢にとって問題はそんなことではなかった。鋭く睨み付けてくる魅力的な瞳の持ち主は、祐矢が通っている塔之原高校のバッジを胸に輝かせていた。

「飛鳥先生! 昨日はどうもありがとうございました」

 祐矢の後ろから、真白が女性に声をかける。

 祐矢も授業を受けたことこそないものの、よく見知った先生だった。生徒指導を担当していて、その厳しさは音に聞こえている。この春休みが終わって二年になったら、祐矢も日本史を教わることになるはずだ。どう説明したものか祐矢は頭を抱えた。

 先生は真白の怪我した姿を見ると、音を立てて歯をかみ締めた。

「やはり、こんなことに……!」

「さあ、どうぞ中へ」

 真白の招きに、

「いや、いい。私が話をしたいのはこの白羽だけだ。少し借りるぞ」

 飛鳥先生は強引に祐矢の手首をつかみ、外へと歩き出した。

 まさか女の子と二人暮しすることを早速察知して、生徒指導に乗り出してきたのか。

「せ、先生、誤解です」

 祐矢の叫びに、飛鳥先生は聞く耳を持たない。

「いってらっしゃい! 旦那様。晩御飯までには帰ってきてね」

 真白の声が背中の方から聞こえた。


 通りにまで出た飛鳥先生はタクシーを拾い、祐矢を押し込む。

「緑宝山の山頂まで」

 それだけ告げて、黙りこくった。先生はかなり不機嫌のようだ。昨日からよく分からないことばかりの祐矢は、とりあえず嵐が過ぎ去るのを期待して静観することにした。

 タクシーは塔之原市の山間部へと向かう。うねる山道を登っては降り、降っては登り、塔之原市では一番高い緑宝山の山頂にたどり着く。

 祐矢は先生から引きずり下ろされた。山頂といっても別に観覧場や売店の類もなく、殺風景なものだ。先生は祐矢の手首をつかんで歩き出す。車道から小道に入り、ちょっと歩いた先に、緑宝市全体をよく見晴らすことのできる気持ちのいい場所があった。ただしそこには、石造りの構造物、即ち墓が並んでいる。軽く千年以上は昔に作られたであろうものを始めに大理石が真新しく輝くものまで、石柱群はここの長い歴史を物語っていた。

 飛鳥先生は片隅に置いてあった掃除道具を手に取り、落ち葉を片付けながら、はき捨てるように言った。

「あんな怪我をさせてしまった」

 祐矢はとりあえず掃除を手伝いながら、怒れる先生の様子をうかがう。先生は祐矢を睨み付けた。

「白羽、お前のせいだ」

 なんのことだろう。真白が怪我したことだったら自分が責められるのはお門違いだ。

 先生は返答を待つこともなく祐矢を引っ張って、

「見ろ、白羽」

 祐矢は石柱に彫られた文字を読んでみる。その墓はかなり古いものらしく、

「御柱様、みはしらさま、ですか」

 他の文字はかすれて読めない。先生はいらただしげに、

「それしか読めんのか。隣も読んでいってみろ」

 ずらずらと並んだ墓の一つ一つを読んでみる。大化、天平、延喜、明和。西暦でないとどれぐらい昔なのか全然つかめない。文化というのを見つけて、

「文化文政の化政文化だから、江戸時代か」

 ようやくおぼろげに分かる時代を見つけて喜びかけたが、先生の冷たいまなざしを受けて、祐矢は黙ることにした。

 明治、大正、昭和。年号は進んでいき、ごく近年にまでたどり着く。御柱真希、八歳。読み上げた祐矢の背筋に寒気が走った。隣に並んでいる最後の墓を祐矢は見た。一番新しい墓石だ。

「御柱真白 十八歳」

 それは真白のために用意された石柱だった。日本の墓にしては、戒名ではなく本名が入っているのは奇妙だ。それ以前として、真白の墓がすでにあるのはどういうことなのか。年齢まで既に彫り込まれている。

「真白はそこに入れさせん。そうなるぐらいだったら、代わりにお前が入れ。分かったか」

 理不尽なことを先生がきつく言い放つ。

「先生、これはどういうことなんです。なんで真白の墓があるんです」

「白々しい。先代を継いだのはどう推理してもお前に決まっているだろう。この、旦那、様が」

 祐矢は途方にくれた。なにを非難されているのやら皆目見当もつかない。

 その様子がどうやら芝居などではないことに気付いた先生は、哀れみの混じった目で、

「白羽。お前、先代からまるで聞いていないのか。お前は自分がなんの跡継ぎなのかも知らんのか」

 祐矢は証文の言葉を思い出し、口にする。

「跡継ぎとして御柱様の面倒を見ます。そう証文には書いていましたけど」

「はあ? どういう冗談だ。お前が真白から面倒を見られる、いや、贈られるんだろうが」

 先生は言葉にこの上ない侮蔑をこめた。

「それってつまり、真白が御柱様ということですか?」

 臆せず尋ねる祐矢に、

「本当になにも知らないんだな。御柱様というのは、この石柱に祭られた人たちだ。御柱一族の女性は選ばれて御柱様となり、白羽一族の旦那にその運命を贈る」

 先生はため息をつき、

「いくら失われかけている伝承とはいえ、旦那と呼ばれる当人が知らんとは。ともかくその証文を見せてみろ」

「焼きましたよ。火葬場じゃ焼かなかったけど、やっぱり残しておくべきじゃないから。跡継ぎなんてお断りだし」

 先生はぷっと吹き出した。

「焼いた、だと。お断り、だと。いまさらそんなことが言えた義理か」

 さすがに祐矢もむっとして、

「家のことで先生から言われる筋合いこそないですよ。だいたい、先生は真白のなんですか」

 先生は嘲りの表情を消した。

「真白は健気だ。守ってやりたくなるだろうが」

「先生、答になってないですよ」

 突っ込まれた先生は少し赤くなりながら、

「四月から真白の担任は私だ。生徒を守るのは教師の務め。悪いか」

 祐矢はちょっと驚いた。真白は塔之原高校に入学するのか。後輩という訳だ。同じ生徒のはずなのに、祐矢と真白で扱いにはずいぶんと差があるような。

「それに、お前とも筋合いはある。真白に頼まれて、お前を家に呼ぶよう計らったのは私だ」

 おまけっぽく先生は言い捨ててから、

「お前が先代の旦那を引き継がず、御柱様から贈られるつもりがないなら、真白には救いになるかもしれん。前例はなかったはずだが」

「前例?」

 先生はカバンから大学ノートを取り出して、軽くめくった。表紙には、御柱様伝承フィールドワークその一、と記されている。

「やはり、今までにはないな」

 先生は呟いてから大学ノートを祐矢に突きつけ、

「よく読んで、くれぐれも気を付けろ。先代を引き継がなかったらどうなるか、吉と出るか凶と出るか、正直なところ予測がつかん」

 祐矢は大学ノートを受け取った。

 先生は話すのを止めて、黙々と掃除を始めた。墓石を磨いて苔を取り、近くの湧き水をバケツで何度も運んできては洗い流す。無論というか、力仕事は祐矢がやってしまった。

 真白の石柱には、獣の毛がこすり付けられていた。茶色い剛毛だ。このあたりには大型の野犬でもいるのだろうか。真白の墓に失礼な犬だな、と思いかけた祐矢は、これが真白のだなんてとんでもないと慌てて打ち消す。ずいぶん大きな犬が暴れでもしたのか、周囲の石壁は押されたようにずれていた。やはり一人で、祐矢は石壁を直した。

 それにしても真白の墓だなんて悪趣味な冗談だ。

 掃除が終わり、先生は山頂の道へと戻り始める。祐矢は後ろから付いていく。

「真白になにかあったら容赦せんぞ。お前に幸運はつかませない」

「はあ」

「真白がなんと言おうと、御柱様の送りは阻止するからな。絶対の絶対に、真白の誘いには乗るな」

「さ、誘いって」

「変な意味に取るな!」

 道まで戻ってきた。夕方になり、そろそろ日が暮れる時間も近い。

「先生、タクシーは」

 祐矢の疑問に、

「お前、携帯を持ってないのか」

「いえ、まだ」

「それでも今時の高校生か!」

 どうやら先生は今時の女性ではなくて、携帯を持っていないらしい。こんな山道でどうすればよいのだろう。

「まったく、運が悪い」

 祐矢のなにげない呟きに対して、先生は爆発的に反応した。肩をつかみ、ゆさぶり、

「い、今、なんと言った!」

 祐矢はゆさぶられながら、

「運が悪い、って」

「まずい、まずいぞ! なんてことをしてしまったんだ、この私は」

 祐矢は突然、足元にしびれを感じた。大地から力のようなものが電気のように走り、足から腹、胸へと突き抜けていき、唐突に消える。

「うわ!」

「贈られてしまったか……」

 大地から力を与えられたかのような感覚の余韻にとまどう祐矢を、絶望的な表情の先生が見つめる。

 山道を登ってきたスポーツタイプのワゴンが、二人を少し通り過ぎてから停車した。運転席のドアが開き、男が顔を出して先生に声をかける。

「これは瑞希さん、奇遇ですな。登山訓練でもされているんですか」

「いや、その、車がなくて」

 先生の陰々滅々とした様子に男は破顔して、

「乗っていってくださいよ」

 先生は助手席、祐矢は後部座席に座った。車は街へと走り出す。男は狩猟が趣味で、その会合に出た帰りだそうだった。

「運が良いなあ。すごくついてる」

 祐矢の感嘆に、先生が肩をすくめる。虎のように吼えまくっていた飛鳥先生が、すっかり縮こまっていた。心なしか顔も青い。

 祐矢を襲った不思議な感覚のほうは、もう跡形もなかった。気のせいだとあっさり片付ける。

 車の群れで帰り道は大渋滞。なにがあったのか、いつもよりはるかに車が多い。街にたどり着くまで、行きの倍は時間がかかった。御柱家の近くで二人を降ろし、車は走り去る。

 のんびり歩く祐矢をおいて、先生は駆け出した。御柱家の扉を乱暴に叩く。

「真白、開けろ、真白!」

 返事がない。家にはいないようだった。

 突然、学校からサイレンが響いた。耳を澄ました祐矢は、校内放送のスピーカーが大音量で告げる警告を聞き取った。

 塔之原大通りに大型の熊が現れた。急いで建物内に避難せよ。街に出るな。外を歩くな。熊は街を南下しており、学校方面に接近中。

 この街で熊が出るなど聞いたこともないが、声の調子は、とてもいたずらとは思えなかった。証明するように、パトカーや救急車、消防車がサイレンを鳴らして大通りを駆け抜けていく。

「まったく、どういう冗談だよ」

 熊が学校方面に接近中ということは、学校から程近いこのあたりも危険だ。それよりも、真白。

 先生は扉の前で顔面蒼白、立ち尽くしている。

「私の責任だ。御柱様を調べていたくせに、予測できたはずなのに、なんてことだ。真白はきっと熊に襲われる。これが、旦那に運を贈った代償なんだ」

 自責している先生に、

「先生、真白はどこで買い物してる?」

「なんだって?」

「付き合い長いんでしょ。真白が買い物に行きそうな店はどこ?」

「あ、ああ、ええとだな、いつも豚肉が特売で、塔之原大通りで一番安い、そう、その、緑宝ストアだ」

「熊が出たあたりか!」

 祐矢は扉の鍵を開けて先生と荷物を押し込み、

「外に出ない! いいですね!」

 弱々しい表情の先生は、

「どうするつもりなんだ、白羽」

「真白を探してきます」

 助けるべき人がいるのだ、祐矢の体は嫌が応にも動きたがっている。そして今回は、心も例外ではなかった。

「白羽、運命には逆らえんぞ」

「よく分からないけど、俺、真白をお墓に入れるつもりはないですから!」

 祐矢は実家から持ってきていた自転車にまたがり、大通りへと全力で走り出す。あっという間に、先生の視界から消えうせる。

「なるほど、旦那と言われるだけのことはあるのだな。しかしそれこそが真白を追い詰めるんだ、白羽」

 暗い眼差しで、飛鳥先生は呟いた。

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