第12話 まさかの結末
「九王沢さん、ロジャーさん呼んで」
「ロジャー…?それは誰のことですか…」
「いや、もうそう言うくだりはいいから、とにかく呼ぶッ!」
僕の剣幕に押されて、九王沢さんはあわててスマホでロジャーさんを呼んだ。
かくて片付け大作戦が始まったのは、後日である。師走だし、大掃除にはちょうど良かった。参加者は、SPのロジャーさんが連れてきた引っ越し業者もびっくりな屈強な人数に僕と依田ちゃん、そして九王沢さんである。
「皆さん、本当にごめんなさい…お願いします」
悲痛な九王沢さんの挨拶と共に始まった作戦は、ほぼ一日がかりで終了した。あの壁のような蔵書はすべて九王沢さんの実家があるロンドンへ空輸され、残りは文庫ラックに収まる手回りの本だけになった。そして僕は九王沢さんとともに、管理人さんとご近所さんにお詫びのご挨拶に行った。
「うわーっ、広いですねえ!!」
そしていざ片付くとここ、何たる優良物件である。なぜか飛び入りで番組の収録を抜け出してきた涼花が合流したが、この絶景で催す鍋パーティは、最高だった。
「これで那智さんが急用で帰ったら、もっと最高なのに」
「涼花、お前掃除手伝わなかったんだから、もっと遠慮して参加しろ」
僕は笑顔で言った。
考えてみると、一時はどうなることかと思ったが、九王沢さんの自宅に押し掛け鍋パーティ作戦は成功に終わったわけである。
「九王沢さん、怒ってないから僕も依田ちゃんも。とにかく楽しかったし」
九王沢さんは数日、申し訳なさそうにしていた。だが別に僕も依田ちゃんも怒っていないのは本当だ。鍋パーティは楽しかったし、これで九王沢さんの自宅に気軽に遊びに行けるようになったんだから、言うことはない。
「さて、年末になってきたし、うちも大掃除かな」
「はいっ、わたし、そのときは絶対お手伝いに行きますね!」
「ありがとう」
そしてまさしく、これがいつもの会話である。だが、それにしても、だ。
(果たして良かったのかな…このままで)
僕には一抹の後悔がある。今回の件で僕は密かに思い知ったのだけれど、もうちょっと僕は、九王沢さんとの距離を自分で縮める努力をすべきだったんじゃないか。
もしそうだったら九王沢さんが浮気するなんてとんでもない勘違いをしなくて済んだし、何より依田ちゃんに言われて、僕がちゃんと九王沢さんを愛してあげなかったことを後悔しなくて済んだのだ。
例えば、もう一緒に住んでいたならこんなことはなかったわけだし。僕たちはもう、それくらい許されていい付き合いだ。
(でもなあ…何かきっかけないと、そんなこと急に言えないしなあ)
と、僕がぼやくようにからりと晴れた冬の午後の空を仰いだ時である。彼方に上がるかすかな黒煙とともに、消防車のサイレンの気配が。あれっ、これすっごい近いぞ?
「あっ…あれ!那智さんのアパートじゃ…」
愕然と九王沢さんが立ち尽くしていたところに、僕もたどり着いた。するとそこからよーく見える。黒山の人だかりと、激しく上がる煙に包まれて放水を浴びている、あれは正しく僕のアパートであった。
「うそ…?」
半焼半壊である。どうも、タバコの火の不始末らしい。僕の部屋の真上の住人だ。僕も含めて留守が多かったらしくて、病院に搬送されるような人はいなかったみたいだ。
家がなくなった。
「那智さん…」
茫然自失の僕に寄り添うように、九王沢さんの声。気が付くと、豊かな胸ごと身体を寄せて、九王沢さんは僕を間近で見上げるようにしていた。僕は思わず、息を呑んだ。上目遣いでみた長いまつげに囲われた瞳が、清かに濡れている。
「わたしたち、これから一緒に住みませんか…?」
九王沢さんに誰も突っ込めない 橋本ちかげ @Chikage-Hashimoto
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