第11話 宿無しの真相

「で、いったい何があったの、九王沢さん」

「あの、那智さんも、皆さんも…驚かないでくださいね」


 乞われるままに案内しながら、ずーっと落ち着かない様子の九王沢さん。驚かないでとか、怖いことを言っているが、とりあえずここまでで、驚くべき要素は見つからない。何かトラブルで住めなくなったと言う雰囲気もまったく、しないけど。


「では、どうぞ」


 と、九王沢さんは僕を促す。自分のなのに。なぜか先に入るのは、僕らしいのだ。


「じゃ、じゃあお邪魔します…」

 強い違和感がしながら、僕がドアを開けたそのときである。

 驚くべきことが起こった。

「あれっ…」

 入室できない。お邪魔出来ないのである。玄関ドアを開けたのに。なぜかそこから、入れない。なんとなれば僕の目の前にあるのは、玄関じゃないから。


 壁である。

 ドアの向こうは、壁であった。いや、壁っておかしいだろ。いくら九王沢さんだからと言って、住まいが異世界と言うわけではないはずだ。しかし僕の認識は甘かった。そこは確かに、人が棲める場所ではなかったのである。


 僕はとりあえず部屋へ入るのを諦めて、その壁がいったい何なのか、確かめることにした。名状しがたい恐怖が、予想もしがたいさらなる驚愕と共に、僕の身体を突き抜けていったのは、そのときであった。これは『壁』ではない。いや、壁のはずないでしょ。入ってすぐ壁なんてマンション、存在するはずがない。これは、


「本…?」


 本であった。真っ黒な大判の本が山積みになっている。と言うか、ぎちぎちに詰まっている。それが玄関スペースまではみだし、人間の侵入を拒んでいたのである。いや、なにこれ?


「どうしてこうなった!?」

「いやあああ、ごめんなさいッ!」


 僕に謝られても困る。だが僕を含め四人、言葉もない。本屋もびっくりのまさかの『本』屋敷である。いや、屋敷じゃないだろ。これ、ただの書庫だ。と言うか、どうやったらこんな、玄関スペースまで建材のようにぎっちり本が積みこまれた環境が実現するのか、僕には分からない。


「わたし…本を捨てられないんです…」

 と、九王沢さんは蚊の鳴くような声で言った。

 これが真相だったのである。誰か、ではない、この大量の蔵書に持ち主である九王沢さんは追い出されたわけだ。

「日本で念願の一人暮らしを始めたので、自制するようにはしていたのですが…その、本屋さんに寄るたびについつい、買いすぎてしまって。…こんなことに」

 僕たちは唖然とするしかなかった。この子、やっぱ規格外である。いくら居住感覚がおかしくても、さすがに自分が棲めなくなるほど好きなものを買う人っていないだろ。

「ねえ九王沢さん。読まない本とか、実家に送ったら…?」

 見かねて依田ちゃんが言うと、

「読まない本はないんです。今、読んでいなくても、気になったら手元にないと、落ち着かくなってしまう性格なので…」

 即座に九王沢さんは、断言する。読んだ本は一字一句憶えている癖に。

「いや、でも。これじゃ奥の本とか絶対取り出せないでしょ」

「あ、でも中にはまだ、入ることは出来るんです…こうやってやれば」

 と、箱根細工のように本を組み替えていく九王沢さん。こうやって少しずつ入り口が出来ていくわけだが、この分じゃ居間に客を案内するのにどれだけ掛かるのか分からない。

「お嬢様、もういいです。わたし、上がりたくない…」

 涼花はその場にへたりこみそうである。膝が笑っていた。これは人を呼べない。いや、呼ぶとしたらここはお客さんではなく、引っ越し業者である。

「お鍋出来ませんね、ここじゃ」

 依田ちゃんが僕に言ったが、鍋なんかする気、もうないだろ。ここ、絶賛火気厳禁だ。


 呆然としている僕たちだが、インターホンが鳴った。九王沢さんがモニターをつけると、宅配業者である。そいつがキャスターに、また何箱も重たい荷物を載せていた。


『これ全部本なんすけど…お受け取り大丈夫ですかね?』

 宅配業者が心配そうに言うのに、九王沢さんは満面の笑顔で応じた。

「はい、上がってきてください」

「ダメでしょ!帰ってもらいなさいッ!!」

 耐えかねて僕は、突っ込んだ。もう、限界である。

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