第10話 ついにお宅訪問

 

「わたし、実はある事情でおうちにいられなくなってしまったんです…」


 と、九王沢さんは、意味深なことを言った。家にいられなくなった。それは…どんなことだろう。そもそも何が起きると自宅に住めなくなるのか、考えるだけでいろんな理由が思いつくが、何しろ相手は九王沢さんである。例えば賃貸だったとしてお家賃を払えなくなったとか、周辺で火事とか水害とか避難が必要な事故が起きたとか、そんな理由であるはずがない。


「え…それってつまり、追い出されたの?誰かに?」

 重たい沈黙を破って依田ちゃんが、気になることを尋ねる。

「いえ…そうではありません。那智さんにも以前、少しお話したかと思いますが、わたし、皆さんと同じ、一人暮らしですから」

「えっ、ああ、あれっ本当に!?」

 思わず、大声を上げてしまった。正直、あんまり本気にしてなかったんである。


 でも、これでほっとした。パートナーに追い出されたとか、僕の知らない誰かと住んでいた、とか、まずそう言うことはない、わけだ。


「はい、わたし、何度かステイやシェアの経験はあるんですけど、自分だけのおうちを借りるのはこれが初めてで…」


 楽しかったわけである。九王沢さんは、初体験が大好きなのだ。しかし今は、その幸福な生活も一転、涼花の会社で肩身の狭い居候なわけで。


「ごめん、なんか聞いててあたしも先輩も話が見えてこないよ。だから、はっきり言って。実際、何があったの?」

「そ、それは…その…それが実は。わたしがここで話しても、信じてもらえないかも知れないですので…」



 百聞は一見に如かず、と言うことで。

 児玉さんに車を出してもらい、僕たちはついに九王沢さんの自宅訪問へ。


「涼花、なんでお前がついてくるんだよ?忙しいんだろ芸能人」


 後部座席に依田ちゃんと涼花とで、三人はきつい。女の子二人にシートを占領されて、こっちは肩身が狭くて仕方がないのだ。


「わたし、今日は貴重なオフなんです。那智さんにどうこう言われる筋合いはないですよーだ。…そもそも那智さん、この車、わたしの会社のなんですけど。なんならそこで降りてくださいよ」


 とことんかわいくない涼花である。そこらじゅうのテレビでやってるハイブリッド車のCMでは、あーんなにかわいい顔でおねだりしている癖に。


「あ、あの。次の交差点、過ぎたところ。コンビニの角を右にお願いします…」


 すると恐る恐ると言った体で、九王沢さんが運転席の児玉さんに指示をする。坂の多い街の見晴らしのいい立地だ。都内でも土地柄は良さそうだが、それほどゴージャスな感じはしない。



 マンションの規模は、涼花の事務所と同じ程度、と言ったところだ。大学生が棲むには少しお高めではあるが、決して途方もないわけでもない。ごく普通の一人暮らしをしたい、と言う九王沢さんの希望に適ったものではあったのだろう。


「ここの、九階です…」

 と、何かを恐れながら九王沢さんは、僕たちを案内する。


 四、七、十、十三階のボタンがあるマンションのエレベーターは十階で停まり、そこから部屋番号に応じて階段を降りるのである。


「えー、いいマンションじゃん」

 お世辞でもなんでもなく、依田ちゃんなどは、言っていた。


 ベランダからの見晴らしもいいし、室内プールやジムと言ったアメニティ施設なども充実しているようだ。


 ちなみに部屋番号は901、角部屋。もちろん間取りも涼花の借りたマンションよりもかなり、広そうである。


「わー、いい眺め。わたしたちもここにすれば良かったです、ねえ児玉さん」

 涼花も見物気分で騒いでいる。鍋の道具も持ってきちゃったし、僕たちはちょっとはしゃいですらいた。


 この時点では、である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る