第9話 宿無し九王沢さん

「え、そんなとこに隠れてたの…?」


 突然の僕たちの訪問にびっくりしたんだろうけど、この超反応はおかしすぎる。今にも泣きそうな顔をしていた。


「先週、急に連絡があったんですよ。どこでもいいから泊まる場所を探しているそうで。とりあえずわたしのマンションか涼花の実家に…と思ったんですけど、どうも様子がおかしくて」


 児玉さんも困惑しているようだった。だって、あの九王沢さんが宿無しなんて。しかも先週から。そんなに困ってるなら、どうしてまず彼氏の僕に相談してくれなかったんだ。


「九王沢さん、それなら僕のところへ来れば良かったのに。事情は分からないけど、よく泊まりに来てくれてるんだから、僕のとこならいつまででも大丈夫だよ?」

 と、僕が言ったが、九王沢さんはふるふると、かぶりを振るばかりである。

「そうだよ、九王沢さん。だったら、あたしの部屋に来たら良かったのに。先輩の汚部屋じゃ、ゆっくり寛げないでしょ?」

「そんな、二人とも…迷惑になりますから…」


 消え入りそうな声で九王沢さんは、言う。いや、ますます心配である。本当にこれ、いったいどうしちゃったんだ?


「そんなこと言ったって、二人とも、もう遅いですよーだ。お嬢様はっ、今日からここにわたしと住むんですから!」


 九王沢さんに詰め寄る僕と依田ちゃんの間に、ずいっと涼花が割り込んでくる。さっきまでむすくれてそっぽ向いてた癖に。まるで九王沢さんをかばうように、両腕を広げて僕たちの前に立ちはだかったのだ。


「すっ、涼花…このっ、なんだよいきなり!おまっ、関係ないだろ!?急に話入ってくんな!お前の仕事場の話なんか、どうでもいいんだからなっ!?」

「仕事場じゃないですよーだ!ここっ!わたしとお嬢様の!プライベートハウスですからっ!関係ない人は出てって下さいッ!」

「涼花ッ、お前言ってること無茶苦茶だぞ!?そもそも、関係ないのお前だろうが!?」


 もみ合いになりそうな僕たちに、依田ちゃんと児玉さんまで加わって大騒ぎだ。


「落ち着いてください先輩ッ、相手芸能人ですよ!?それにここ、人んちじゃないですか!?」

「涼花もいい加減にしないさい!ここはあんたの家じゃなくて、会社なんだからね!」


「もうっ、やめてくださいっ!!」


 耐え切れなくなったように、九王沢さんが大きな声を出したのは、そのときだった。僕たちは一斉に、静まり返った。


「全部、わたしのせいです。…わたしがしっかりしていないから、すうちゃんや児玉さん、果ては、那智さんや依田さんにもご迷惑を掛けることに。…本当に申し訳ないです。わたしが、皆さんに秘密にしていたからですよね。ごめんなさい…」


 話しながら九王沢さんは、ぼろぼろ涙をこぼしていた。いや、だがこれ、元はと言えば、ただの自宅の話である。それがどうしてこんなところまで転がって行ってしまったのか、どうしても僕には分からなかったが、ここへ来て九王沢さんの号泣は反則だ。


 確かにここまでで分かった事実のみで言うと、親戚の涼花の会社のマンションに、まるで潜伏するように暮らしている、と言うのは、ただごとじゃない事情があってのことだとは思うけど、そもそもこれ、そんなに深刻な話だったんだろうか。


 ここで声には出さないが、今こそ地の文で僕に力いっぱい言わせてほしい。


 どうしてこうなった!?


「これから、本当のことをすべてお話しします」


 すると、まるで本格ミステリの犯人のように、九王沢さんはついにその重い口を開いたのだった。



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