第8話 意外な顛末

 一目見てすぐに分かった。

 芸能人らしくニット帽とマスクで変装していたが、もはやトレードマークになったボブカットは隠しようがない。ほぼほぼ見間違えないぞ。なぜなら毎日、テレビに出てるから。実物にもさんざ会ってるから。


「えッ!えええッ、え!こ、この子、もしかしてタレントの秋山すずかですかッ!?」


 依田ちゃんは悲鳴のような声を上げる。そうだ、そう言えば初対面だった。そう、こいつこそ秋山すずかこと、六園涼花りくえんすずかである。


 人気芸能人を捕まえてわざわざ、こいつ呼ばわりするのは、涼花が実は九王沢さんの親戚であり、かつて、北茨城の温泉で厄介な目に遭わされているからである。


 それがどうしてこんなところに!?これ、ただの偶然じゃない。もしかしたら、もしかするぞ。い、いや、ひょっとして…?


「なんですかいきなり!?」

 迷惑そうに身をこごめる涼花に、僕は最も気になることを尋ねてみた。

「も、も、もしかして!九王沢さんが来たのは、お前のうちか!?」

「そうですけど!何か悪いことでもあります!?」

 と言いつつ、さっさと309のインターホンを押す涼花。

「あら、お帰り涼花…」

 すると中から出たのは、これまた聞き覚えがある声。この小生意気な女優の美人マネージャー、児玉佐奈恵こだまさなえさんなのであった。


 脚の力が一気に抜けた。浮気じゃなかった。違って良かった。とんだ誤解だったのだ。やっぱり、九王沢さんがそんなことするはずないのだ。


「なんだ、お嬢様お一人じゃなかったんですね」


 児玉さんは、なんの屈託もなく、僕たちを迎え入れてくれる。わーなんて広くて明るい暖かな室内。地獄から天国へ、を象徴するとはこのことである。


「あの…ちなみにここ、誰の家なんですか?もしかして、涼花の?」

 と、僕は、涼花を見た。涼花はそれには答えず、何やら僕を恨みがましそうな目でみてくる。何か答えるのかと思いきや、ぷいっとそっぽ向いた。相変わらず、かわいくねえな。代わりに児玉さんが明晰に答えてくれる。


「いえ、ここは、涼花とわたしの会社のオフィス兼仮眠所ですよ。ついこの間、引っ越してきたんです」

「え!」


 と言われて振り返ると、壁のホワイトボードに、ロゴ付きの社名がプリントしてある。『すずはなエンターテイメント』。つまりここは、秋山すずかの個人事務所が持っている部屋なんじゃないか。


「以前、お話ししたかと思いますけど、涼花は、大手事務所とこの所属事務所が業務提携している形で仕事しているんです。ま、この事務所、実際は、タレントは涼花一人ですし、わたしがマネージャーを務めるためにこのような形にしているわけですが」


 あ、そう言えばなんかそれらしい話は、聞いたことがあった。詳しくはシリーズ『九王沢さんにまだ誰も突っ込めない』参照である。


「つい、昨日まで、雑居ビルの貸しオフィスを使ってたんですよ。でも、出入りするのは女性ばかりですし、防犯上の問題があるから、このマンションに越したんです。涼花やわたしが自宅に戻れないとき、ここでお泊りも出来ますしね」


 そうか、そう言うことだったのか。九王沢さんがスーパーで紙のコップだの、お皿だの、急場しのぎの食器を調達していたわけと言うのは。涼花たちはこのマンションに越してきたばかりだから、細かな家具がまだ揃っていなかったから、なのである。


「じゃあ、九王沢さんは引っ越しのお手伝いをしていたってことですか…?」

 依田ちゃんが尋ねると、児玉さんはなぜか、ちょっと微妙な顔をした。

「いや、まあそうだと言えば、そうなんですけど、どうも、お嬢様個人の事情があるみたいで…」


 と、僕たちの視線は部屋の奥へ向く。するとアイランドキッチンのすその辺りから、人見知りの家猫のようにこそこそ這い出してきたのは。まさしく当の九王沢さんである。

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