第7話 決意の果てに

 買い物袋をさげた九王沢さんはそれからも、色んな店頭を行きつ、迷いつしながら、住宅街のある方へ入っていく。さてどのアパートか、それとも個人宅かと思いきや、すっかり色づいた銀杏並木の通りの四階建てのマンションのところではたと立ち止まった。


「着いたみたいですね…」

 依田ちゃんが、建物を見上げる。


 うっ、ここは中々だぞ。半円形の庇を持った、高級ホテルのようなエントランスに地下駐車場。そこから公道へ、音もなく出てきたのは白のBMWである。これは超高級とまではいかないまでも、かなりお高めのマンションだ。もちろん貧乏学生は住まない。


 嫌な予感がしたが、エントランスに入った九王沢さんは部屋番号をプッシュするとインターホンを押し、中の人に鍵を開けてもらっていた。やっぱり相手がいた!今の、決定的瞬間である。


「どうするんですか!?今、乗り込まないと中に入れませんよ!?」


 オートロックのエントランスが閉まってしまう。あわてて駆け付けたが、すでに遅かった。しかしまだ、九王沢さんがプッシュした部屋番号のナンバーは消えておらず、どの部屋に行くかは、確認できた。


 309。三階の角部屋だ。僕は、一瞬、ためらった。ここまで分かったんだ、だからもういいじゃないか。これを押したらこの先、修羅場である。本当にこれを押しちゃっていいのだろうか?



「なにもたもたしてるんですかッ!?相手の男に、びッ!と言ってやるんでしょう!?」

 依田ちゃんの叱咤が、僕を現実に引き戻す。

「依田ちゃん、だって…」

 僕が思わず言葉に詰まったそのときだ。

「先輩が今、諦めてどうするんですか!?」

「う…」

 もうとっくに心が折れそうだ。だが僕を見つめる、依田ちゃんの目は、真剣だった。

「…そう言うとこじゃないですか。九王沢さんはいつでも、先輩を待ってたんですよ。先輩が踏み込んでこないから。いざってときそうやって誰かに結論預けて、突っ込まないから。でもいつでもそれでいい、と思ってました?…九王沢さんだって、女の子なんですよ?待つより、待っててほしい。求めるより、求められたいんです。特別だって思わせて欲しいし、この世の誰より好きだって、言ってほしい。ずばり証拠をみせて欲しいんです。ずっと待ってなんか、いられるわけないじゃないですか」


 九王沢さんが去ったあと、エントランスは静まり返り、依田ちゃんの声だけが響いた。


「もう、遅いかも知れませんよ?九王沢さんにとって迷惑かも知れません。てゆうか迷惑でしょう。でも、ただ一言、ここで本当の気持ちを言ったっていいでしょう?先輩なりのやり方で、先輩の言葉で。…へたれでも、情けなくても、先輩は九王沢さんが好きなんだから!」


 僕は思わず、息を呑んだ。


 だって僕は、あの子になんて言われた?

 忘れるもんか。


 那智さんの言葉で。

 この世にたったひとつの、あなただけの言葉で。

 自分に『好き』を表現してほしい。


 彼女はそのために、僕の前に現れた。遠い海を越えて、はるかなランズエンドの最果てから。たったひとつのそれだけを頼りに、僕のところへやってきたんだった。


(そうだったよな)


 もう遅いだろう。どんなに頑張っても、僕にはあの子の心には届かせられないかも知れない。でも、偽らざる僕の言葉。最後に、伝えて終わりにしてもいいかも知れない。


『好き』が『好きだった』になってしまうとしても。心から今まで、ありがとうを。



「分かった、行こう」


 僕は、はっきりと依田ちゃんに決意を伝えた。覚悟さえしたら、清々しいものだ。甘んじて運命を受け入れよう。


 僕の心が決まったのが通じたのか依田ちゃんも、熱くうなずいている。


「行きましょう、先輩」

「やってやろうじゃないか」

 僕が、309のボタンを押し、インターホンに手をかけたときだった。


「なっ!何やってるんですかあなたたち、こんなところで大きな声出して!」


 それは、背後からした。めっちゃ怪訝そうな若い女の子の声である。

「ケンカだったらよそでやってください!…警察呼びますよ?」

「すっ、すみません…ケンカとかじゃないんで」


 僕たちが恐る恐る振り向くと、なんとそこにスマホで通報姿勢を取りながら、あれっ、どこかで見慣れた人物が。


「おまっ、涼花だろ!?」

「げっ、那智さん!」


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