生駒駅

 保安係と助役を乗せた<くずとり列車>が生駒駅構内で停車したのは、出発から15分後のことであった。駅は奈良と大阪を隔てる生駒山のふもとにある。月光は山頂をかすめ、斜面を這う鋼索線ケーブルカーの軌道を煌煌と照らしていた。

 

 降車すると、ホームには二つの人影があった。

 一人は背丈が180cmはあろうかというスレンダーな女性で、黒のスーツを着ている。その隣で鼻息を荒くして立っているのは、腹回りのボタンが今にもはじけ飛びそうな制服をきた男性だった。その制服には駅長の印が縫製されている。


「小童を侍らせて、指導員気どりかいな。キリオ」

 キリオ助役は不敵な笑みを浮かべる。

「冗談はよしてくださイ、鍋島几一駅長殿あるいは閣下。今や保安係の指導者ですからネ、私。リーダーシップならアラブの指導者にだッて負けませんヨ。それに、そういうあなたもようやッと駅長らしくなッてきたじャないですか。昔はもっと痩せてたのに」

「五月蠅いぞ。馴れ馴れしい口のきき方まで教えた覚えは無いのだがね」

「そうでしたか、それは失礼。あなたから教わったことと言えば、富雄駅前の雑居ビルに檸檬ラーメンなる奇ッ怪な麵屋があることと、大阪は太子町のど真ん中にあるスナックで怪しげな日本語を操る女の子の出身地が北京であるらしいというくらいなもんです。

 ……あア、そうそう。勘違いを引きずられるのはよろしくないでしょうから、この際言っておきますけれども、実は彼女は北京の育ちじゃないですよ。店の裏で話していた言葉を私は聞きましたがネ、あれは福清の方言です」

「……減らず口ばかりききやがって」

「デ、何の用です? 本来の運行計画じャ、全駅通過の予定なんですがネ」

 鍋島駅長は沸々と起こり立つ苛立ちを抑え、状況を説明し始めた。


「新生駒トンネル内に設置された対<魑魅魍魎>用の複数の保安センサーが一斉に作動した。ほぼ同時に10基が、だ。1,2基程度なら日常茶飯事だが、今夜は少し様子が変でな。念のため、<くずとり列車>を止めることにしたというわけだ」

「成る程ネ……」


 駅長と助役の会話を一歩下がって耳に入れていた安藤がつぶやく。

「同時に10基のセンサーが反応、……」

「なんや安藤。なんか知っとんのか?」

 几島の問いかけに、安藤は耳を貸さない。

「ミサッキーは不思議ちゃんッてカンジだよねー」

「いやお前が言うなや」

 神代の気まぐれに、几島はツッコミを入れた。


「デ、どうしましょう。現状に即して考えるンなら、10基でおよそ20m分くらいの区間に相当しますから、……トンネル内のどこかに<魑魅魍魎>が高密度で発生している可能性を考えたいですがネ」

「その場合、<くずとり列車>で押し切れる保証はない。かといって、閉鎖空間じゃ横方向からの侵食に対してはこちらが不利になる。圧で負けて停車させられた上に包囲されたとなると、トンネルの中とあっては救出の方法も限られてしまう……」


 助役は自分の背の方で突っ立っている見習いたちの方に踵を返し、こう言った。

「君たち。どうすればよいと思うか、答えなさいナ」


 誰も、返答できない。このようなアクシデントは過去に例が無い。

 安藤、几島、神代、巴。彼らは皆「わかりません」と口々に答えた。

 だが、一人、挙手をした者がいた。ひどく小柄で、初めは手が挙がっていることさえ気づかれなかったその者を見て、几島が驚いて言う。

「え、江井几? な、なんか意見あるんか?」


 江井几暦は、一切の震えのない、透き通った声で言った。

 その一言に、彼らは驚愕した。


「意見具申。列車を降り、徒歩でトンネル内の索敵をすべき」


 それを聞いたキリオ助役の表情は、ついに獲物を目視したかのような、歓喜と狂気の入り混じる笑顔だった。

「……エイキ。イイ案じャないか」


日誌ここまで。




(社員歴概要)

キリオ=サヴィルシャール=ウビーストヴォ(Kirio Savershal Ubijstvo)

大阪管区第11列車区助役。年齢、35歳。男性。名古屋管区第1列車区乗務員(運転士)・宇治山田駅助役を経て、対<魑魅魍魎>用保安係に登用。大阪管区転属、現在に至る。<人殺し>の噂がまことしやかに囁かれている。生駒駅駅長の鍋島はかつての上司。

使用言語:日本語東京方言、ロシア語


安藤美沙几(Ando Misaki)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、23歳。女性。本年4月入社。第2新卒。

<魑魅魍魎>への執着を見せる。

使用言語:日本語東京方言


江井几暦(Ejki Koyemi)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、22歳。女性。本年4月入社。新卒採用。

体が丈夫ではなく、意見を口にすることも少ない。と思われていたが、ためらいなく意見具申することもあるようだ。

使用言語:日本語東京方言


神代拶几(Kamiye Satzuki)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、18歳。女性。本年4月入社。高卒採用。

<魑魅魍魎>や<保安係>、社内の事情になぜか詳しい。

使用言語:日本語東京方言


几島義輝(Kidzima Yeshchiteru)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、24歳。男性。本年4月入社。修士卒採用。

ムキムキ。

使用言語:日本語近畿方言、英語


巴几巳斗(Tomoe Kimito)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、22歳。男性。本年4月入社。新卒採用。

見た目やしぐさはエリート候補生のようだが、実際は脳内一人語りが激しく、考えている振りをよくする。

使用言語:日本語東京方言












 


 

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