近鉄奈良線、或いは魑魅魍魎に関する一考察
からゐ
近鉄奈良発大阪難波行急行、42分570円。
明治5年9月12日、西暦にして1872年10月14日。新橋横浜間で日本初の鉄道が開業した。以来、今日に至るまで、弧状列島の狭小さには不釣り合いな程に、鉄軌道は津津浦浦にまで張り巡らされている。
いつ頃のことか。鉄道各路線には<魑魅魍魎>と呼ばれるそれが住み着くようになった。この<魑魅魍魎>とやら、まだ誰もその正体を知らないでいる。いくつか分かっていることもあるにはある。各路線を管轄する鉄道会社は、<魑魅魍魎>への対策に苦心していた。なんせ彼らは時として乗客に危害を加えさえする。
ではまず、<魑魅魍魎>について分かっていることの一つ目だ。
「アイツらは深夜に現れル!」
近鉄奈良駅地下の頭端式ホームに、しゃがれた男の声が滑るように響いた。1番線には赤と白の鋼鉄製電車が抵抗制御特有の唸り声をあげている。列車は6両編成で、難波方から数えて1両目辺りのホームにはしゃがれ声の男を含めて6つの影が延びていた。
その中の一人、安藤美沙几はスッと手を挙げ、質問の機会を求める。ピンと張った背すじ。その腰の辺りまで黒髪がまっすぐ下ろされている。
「なんだネ、アンドヲ=ミサキ」
「キリオ助役。<魑魅魍魎>を処理する為の『鉄器』を私たち研究生はまだいただいておりません。<くずとり列車>に乗る前に、一度手に取って見てみたいと考えます」
美沙几の提案を聞いたキリオ助役は、つかさず首を横に振った。1番線に停まる紅白色の<くずとり列車>の中にその『鉄器』はあるとキリオ助役は言ったが、まだ5人の研究生には触れさせないようだった。美沙几の隣で常にへらへらと気味の悪い笑顔を滲ませている神代拶几が肩を叩いて話しかける。
「みさッきー、なんか残念だッたカンジじゃん。どーせもうちょっとしたら見れるッて。ね」
「......ッ」
「へ? いま舌打ちしたカンジ? 怖いねェ、みさッきーはそんな女の子だッたかしらん。ね」
「なんでもないわ。それとあなた、香水がキツすぎるのよ。吐きそうになる」
「へー。みさッきー、ヘンなカンジ。ね」
「オヰ! アンドヲ=ミサキ、カミヨ=サツキ! 早う乗り給えヨ!」
キリオ助役に促され、美沙几と拶几は<くずとり列車>に乗り込んだ。車内はいつもと変わらない。くすんだ赤色のロングシートの通勤車だ。二人が指定された場所に座ると、後方で車掌の白い手が挙がり、前触れなく扉は急に閉まる。キリオ助役が無線で指示を飛ばした。
「クズトリ。発車!」
その日、深夜2時02分。近鉄奈良駅1番線から<くずとり列車>がレールを軋ませながら、だんだんと闇の中に消えていった。終着は大阪難波駅。車掌・運転士のほか、6名を乗せての運行である。途中の停車駅は無い。お客は乗せない。
<くずとり列車>、それは対<魑魅魍魎>用に、終電後の夜間に予告なく運行されている作戦急行列車であった。
本日の日誌、ここまで。
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