鉄器

 急停車でもしたのかと錯覚するような衝撃だった。<くずとり列車>は前方線路上のどす黒い塊に激突した。5人の見習い社員はぐっと揺さぶられる。几島は思わず目をつむり、そして顔を上げてキリオ助役を見た。微動だにしていない。

「体幹を鍛えねば。くずとりの役目は前方の<魑魅魍魎>に体当たりすることだ。まァ、これでだいたいのヤツラは処理できル。こっちは時速65kmでかっ飛ぶ鋼鉄の箱だからネ。問題は……横だ」

『前1。No,2。左。開きます』

 突如、車掌が呼びかける。聞き慣れたドアチャイムが流れ、走行中の車両の扉が開いた。助役は『鉄器』を構え、そして撃鉄が轟いた。ドアから雪崩れ込む強風に硝煙の香りが混じりこむ。一発、二発、また一発。薬莢が床に落ち、2両目への貫通扉に向かって転がっていく。助役はなにと対峙しているのか、外の暗がりで視認できそうにない。安藤が席を立ちあがり、助役の背に回った。

アスタナヴィーシ!とまれ

 助役の左手が彼女を突き飛ばす。

『No,2。右。……ッ来ます!』

 安藤を突き飛ばしたその左手には、2丁目の『鉄器』が握られていた。向かい側のドアが開ききる前に、引き金が引かれる。刹那、ドアのあいだから細長い黒塊が車内に入り込んできた。『鉄器』が放つ銃弾は、その黒塊を的確に撃ち抜いていく。

「それみろ。<魑魅魍魎>のお出ましだヨ! 近くで見たいだろうが、今は駄目ダ」

 左方、右方のドアから襲い掛かるのは紛れもない、<魑魅魍魎>だ。ツーハンドで応戦する助役の姿と、未だ全容の見えぬ黒塊を、見習いたちはただ凝視するほかない。

『西大寺1号踏切まで7秒!』

 双方から侵食してくる<魑魅魍魎>が『鉄器』の銃弾にひるみだす。好機と見たのか、助役は『鉄器』を打ち捨て、無線で車掌に合図を送る。ドアが急速に閉まり、黒塊は車外に追いやられたようだ。

「車掌、後方はよいか」

『4両目に一匹へばりついていましたが、こちらで処理済みです』

「よし。引き続き頼む」

『了解』

 床に落ちた2丁の『鉄器』を拾い上げると、キリオ助役はやれやれといった素振りで額に滲む汗をぬぐう。

「だいぶ歳でね。もうちょっと若いころは『マトリックス』のキアヌみたいな動きもできたガ、……まァ、<魑魅魍魎>はあんな感じだヨ。横方向からの侵食に対しては、必要に応じて生身で応戦することになる。運転上の都合で運用は6両だが、アイツらはだいたい1両目への侵食を狙ってくるわけダ。『鉄器』は我々が<魑魅魍魎>に対して保有する唯一の有効な攻撃手段だヨ」

 言い終えると、キリオ助役は床に尻をつく安藤に手を差し出した。

「命令違反だ。気を付けたまヱ」

 白髪交じりの短髪に精悍な顔つき。鋭い眼光と、どこかズレた口調。そして先ほどの<処理>……。安藤は配属前に聞いた根も葉もない冗談を思い出す。

(助役は人を殺している……)


 <くずとり列車>は平城宮跡を抜け、大和西大寺駅3番線を通過。終着、大阪難波を目指し、生駒山地の山越えに挑む。

 日誌ここまで。




(社員歴概要)

キリオ=サヴィルシャール=ウビーストヴォ(Kirio Savershal Ubijstvo)

大阪管区第11列車区助役。年齢、35歳。男性。名古屋管区第1列車区乗務員(運転士)・宇治山田駅助役を経て、対<魑魅魍魎>用保安係に登用。大阪管区転属、現在に至る。<人殺し>の噂がまことしやかに囁かれている。

使用言語:日本語東京方言、ロシア語


安藤美沙几(Ando Misaki)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、23歳。女性。本年4月入社。第2新卒。

<魑魅魍魎>への執着を見せる。

使用言語:日本語東京方言


江井几暦(Ejki Koyemi)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、22歳。女性。本年4月入社。新卒採用。

使用言語:日本語東京方言


神代拶几(Kamiye Satzuki)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、18歳。女性。本年4月入社。高卒採用。

使用言語:日本語東京方言


几島義輝(Kidzima Yeshchiteru)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、24歳。男性。本年4月入社。修士卒採用。

使用言語:日本語近畿方言、英語


巴几巳斗(Tomoe Kimito)

大阪管区第11列車区保安係見習い。年齢、22歳。男性。本年4月入社。新卒採用。

使用言語:日本語東京方言













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