最遅の居合、悪を斬る

牛☆大権現

最遅の居合、悪を斬る

 剣閃けんせんはしる。

 鞘から抜き放たれた刀が、銃を砕く。


 ヤクザの事務所は今、混乱の最中さなかにあった。


「中年一人止められないようでは、組の名に傷がつく。

 何がなんでも止めやがれ! 」


 立場が高い男が、屈強な組員達に指示を出す。


 近付けば、武器ごと斬り伏せられて。

 遠くから銃で撃てば、弾を斬り払われる。

 その姿は、まさに達人だ。


「囲め。

 いくらなんでも、後ろに目は無いだろ? 」


 叱咤しったを受けて、10人の組員が剣士を囲む。

 剣士は納刀した姿勢から、回転するように刀を抜く。


 囲んでいた組員達は、宙を舞い壁に叩きつけられる。


「あんなに遅いのに、何でテメエらかわせねえんだよ!

 やる気あんのかゴラァ! 」


 指示役の男は混乱していた。


 組員達とて素人ではない。

 剣道の経験者や、フェンシングの経験者もいた。


 武道を学んだ組員の動きは、とても速い。

はたから見ていても、目が追い付かない剣速だ。


 対する剣士の居合は、素人目にものろく見える。

 なのに組員の武器は外れ、剣士の居合は当たる。


 最初は40人もいた組員達が、10人を残すばかりになっていた。


 しびれを切らした指示役は、音を殺して背後から近付く。

 そして、剣士の両手首を掴んだ。


「捕まえたぞ

 俺ごと斬れ!」


 残った10人の中で、唯一剣道の経験がある組員。

 彼がドスを上段に構えて、ジリジリと剣士に迫る。


 組員が一足一刀いっそくいっとうの間合いに、踏み込んだ瞬間だった。

 指示役の身体が宙を舞い、組員に迫る。

 組員と指示役はもつれ合い、地面に倒れた。


「居合において、手首を掴ませるのは定石じょうせき

 勉強が足りなかったな 」


 鞘から刀を抜き放ち、二人の胴体をまとめて斬り裂く。

 勢いのまま地面に当たって、刀はポッキリと折れた


「刃引きとは言え、30人程度で折れるとは

 我が剣、未だ境地きょうちに至らずか 」


 斬り殺した組員からドスを奪って、残りの8人も斬殺ざんさつした。


「この地に悪は、最早いない

 次の地にて、また悪を探そう 」


 狂気の剣士は、惨劇さんげきの事務所を後にする。

 遠くに、パトカーの音が聞こえていた。




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最遅の居合、悪を斬る 牛☆大権現 @gyustar1997

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