ネタバレになりますので、このレビューは小説をお読みになった後にお読み下さい。
この小説はホラーを装って恋愛や友情や家族をさりげなく描いた青春ドラマです。
D・Ghost works氏の小説はその一字一句一行がシャレードであり、リドルであり伏線でありメタファーであると言っても過言ではありません。
思惟の提供は文学の重要な使命のひとつですが、読者の想像(推理)を次から次へと喚起する氏の技量には感服の至りです。
時、街、家、人物の描写が秀逸です。作家(或いは登場人物たち)の時空に読者を引き入れる術にも感じ入りました。
あとがきを拝読するまで、金星が何のメタファーなのか、とスーパーの店員には思いが至りませんでした。「約束」は私には推理できませんでした。降参です。後、本棚が気になりました。
『死ね』は誰の台詞なのか。候補は八人?(良二、祖父、健也、両親、猫、カラス、もう一人)かと思います。
タメ口なので(良二を尊敬している)後輩の健也の台詞ではありません。口調からして(毎日線香をあげるほど生前関係の好かった)両親、特に母親ではありません。猫は登場頻度が低く、カラスは「死んで楽になる」ことを理解してはいないと思われるので候補から外れます。
三話の終段(死ね。早く楽になれ)の台詞を言う可能性のある者は残り三名(良二自身、祖父、もう一人)ですが、私は良二でも祖父でもないと思いました。理由は「良二」という主人公の名前です。
祖父とふたりで暮らす、高校生の良二。物語は深い霧におおわれたように、謎を秘めたまま進んでいきます。死んだはずのものが生者のように振る舞い、謎めいた(死ね)という呼びかけが通奏低音のように響きます。
物語にはいくつもの印象的な仕掛けが用意されていますが、個人的に印象深かったのは匂いです。いろいろな意味で生命に結びついたいくつもの匂いが物語に登場し、その多くは、どことなく重苦しい。まるで生命的なものを厭うようにさえ感じられるその描写は、生者と死者の交わる奇妙な饗宴をいろどります。
また、なんといってもあとがきのリドル解説がとても楽しい!
「なるほど」と思わせる仕掛けが惜しげもなく披露されていて、ものを書く上で参考になること間違いなし。たとえば線香を折る仕草の違いは一見些細なもののように思えるかもしれませんが、こういう下ごしらえがあるからこそ描写はいきいきと存在意義を確保すると思います。
ぜひ、リドル解説までも含んで楽しんでもらいたい作品でした。