第9話 気付いた感情

「「恋は急上昇!!」」


二人のタイトルコールと共に、演奏が始まる。

アップテンポのイントロが始まり、二人の歌声が混ざり合った。

紅里がこんなに元気な曲を歌うのは意外だったけれど、体育館に響き渡る歌声に、僕は耳を傾けた。

透き通った美しい歌声は、体育館を熱気の渦へと落としていく。

時折、踊りながら笑顔で歌う二人の姿に、僕は目を奪われた。

二人の汗が、照明の光でキラリと輝く。

キリの明るい歌声と、紅里の柔らかな歌声が混ざり合って、心地の良いハーモニーを生み出していた。

それは、素人目でも分かるらしく、客席からは合いの手が上がる。

その熱気と、歓声の凄さに、地面が揺れているのが分かった。

それなのに、僕にはその歓声は聞こえてこなかった。

邪魔な雑音が全て無くなり、二人の歌声だけが耳に入ってくる。

楽しそうな彼女達の笑顔が僕の目を惹き付けて離さない。

——嗚呼、本当に美しい。

何より、こんな風に人前に出る紅里は初めて見た。

堂々と、それでいてお淑やかな紅里の姿が脳裏に焼き付く。

僕の知らない、彼女の姿。

僕は手の届かない高みで、キラキラと輝いている紅里を見ると胸が締め付けられた。

それと同じくらいに気持が高ぶって、押さえつけていた高揚が溢れ出す。

僕はただ一点、紅里を目で追いかけ続けていると、曲も終盤に差し掛かる。

ラスサビでは、客席の盛り上がりが最高潮に達し、湯気が出そうな程熱気で溢れ返っていた。

曲のアウトロが流れ出し、そのリズムに合わせて紅里とキリは背中を合わせる。

二人で客席に向かって指を指すと、曲はピタリと止まり、一瞬の静寂に襲われた。

圧巻のパフォーマンスに、口を開けていた来客達が、一斉に立ち上がり手を合わせる。

「うおー!!!!」

拍手喝采、歓声は轟き、地面を揺らした。

鳴り止まない歓声に、ステージ上で肩を上下させる二人は頭を下げる。

深々と頭を下げ、地面を見つめる二人に僕も拍手を送った。


「ありがとうございましたー!」


再び頭を上げたキリは、満面の笑みで客席に手を振る。

その度に「最高!」だの「可愛かった!」だの様々な声がステージに向かって飛ばされた。

身近にいたはずの二人が、今は凄く遠い存在のように感じる。

ステージの上で立ち尽くす紅里を見ていると、突然彼女がいこちらを見たような気がした。

何百人もいる客席の中から、僕を見つけ出すことなんて不可能なのに。

僕の思い過ごしかもしれないけれど、本当にそうならいいのにと、思ってしまう。

「さて・・・・・・。残念だけど、私達のステージはここまで!紅里ちゃんもありがとう!」

キリが紅里の方を向くと、マイクを持ったまま涼しげに笑う。

「いえ。私も貴重な機会を頂けて、とても楽しかったです。ありがとうございました。」

あんなに激しいステージの後だと言うのに、彼女の言い回しはまさに紅里らしいものだった。

その様子に、僕は少しだけ頬が緩む。

客席に向かって一礼した紅里は、キリ達よりもさきに舞台袖に去っていった。

ステージ上から紅里が消えるまでの間も「可愛かったよ!」「紅里ちゃーん!」など、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。

それが嬉しいような、少し気分を害す様な。複雑な気持ちだ。


紅里が、居なくなったステージではキリが、他のメンバーの紹介をしている。

楽しそうに笑うキリの姿は、とても可愛らしくて愛らしくて。

こんなにも素敵な子が自分の彼女だなんて、おこがましい話だ。

それなのに、頭の中では別の人物が思い浮かんでいる。

ミステリアスで、何を考えているのか分からない。けれど、彼女の瞳は僕の全てを見透かしている様に思える。

心臓は激しく脈打って、頭にガンガンと響く。

目を閉じれば、彼女の日ややか笑顔が浮かんでくる。

もう、この感情から目を逸らすことは出来ない。


——僕は、九重紅里の事が好きだ。


こんな時に気付いてしまうなんて、自分の傲慢さが手に取るように分かる。

キリに軽蔑されても、仕方ない。

嫌われて、罵られて、殴られても、僕は何も言えないだろう。

それでも僕は、キリに伝えなくちゃいけない。

自分の本心に気付き、決意をした時、ステージの幕がゆっくりと降ろされた。

薄暗くなる体育館からは多くの人達が外へと足を向かわせる。

その流れに沿うように、僕も腰を上げて歩き出す。

そしてキリの片付けが終わるのを待つ僕は、彼女に告げようと決める。


——僕と別れて欲しい、と。

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無色な君の脳を僕は喰らう 桜部遥 @ksnami

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