第8話 噛み合わない歯車
十月二十四日。文化祭一日目がスタートした。生徒や先生だけが参加する一日目は、色んな出店を見て回る事が出来る。
二日目になると、一般人が来校する為、自分の持ち場を離れる事が出来ない。だから殆どの生徒はこの一日目を思う存分満喫していた。
それは、キリや僕も例外では無く、二人横並びでパンフレットを見ながら歩いている。
サッカーのユニフォームがモチーフのクラスTシャツをお揃いで見に纏いながら、キリは「どこ行こうかなー」と楽しそうにパンフレットを指でなぞっていた。
いつもとは違う編み込みのヘアアレンジが、彼女に良く似合っている。
けれど、僕の中でキリとの関係は少しだけ変わっていた。
あの日。キリが僕に紅里に近付くなと言った日から、彼女の様子はおかしくなっている。
毎日の様にスマートフォンのメール履歴をチェックしたり、友達と遊びに行く時も必ずキリに断りを入れてからじゃないといけない。
こういうのを束縛と呼ぶのだろうかと、心の中で思いながら、僕はキリの隣にいる事を選んだ。
キリの笑顔を絶やす事はしたくない。そんな思いが自分の中にあったから。
きっとそんな事を紅里に言ったなら、彼女は僕にこう返してくるのだろう。
「確かにそんな風に言ったら聞こえはいいかも知れませんが、言い換えてしまえばそれはつまり優柔不断、という事ですよね。建前を立ててただ自分の心から逃げているようでは、先輩はまだまだ子供というわけです。」
後輩らしからぬ上から目線。けれどそれを彼女らしいと思ってしまうのは、人から外れているのだろうか。
僕はキリの言いつけ通り、九重紅里に会っていない。けれど一度だけメールを送った事はある。その履歴はキリが知らない間に削除したけれど。
メールの内容は、『紅里にはしばらく会えないし、連絡も出来ない』という旨のものだった。
しばらくしてからの返信は『そうですか。分かりました』だけで、僕は少し心がほっとした。
この文を打っている彼女の顔が容易に想像出来たから。
僕は約ひと月半で九重紅里という人間を少しだけ理解出来ていた。
紅里はいつだって、自分の信念を貫いている。それが人とはズレた物であったとしても、彼女はそれを曲げることはない。
だから僕は九重紅里に惹かれていたんだろう。
九重紅里の事が頭の隅で離れないまま、僕はキリと文化祭を満喫していた。
お化け屋敷や、射的。クレープ屋や、焼きそば屋など。
余すことなく堪能した僕達は、体育館で休憩していた。
ステージでは、有志発表が行われ、様々な演目が見られる。
体育館の中は、そこまで人は多くなかった。
休憩がてらに寄った人達が、並べられているパイプ椅子に座る。
僕達も、それに習ってパイプ椅子に腰を下ろした。
ステージの上では、何なら生徒達が演目を披露している。
「あのコント、凄く面白いね!」
キリが楽しそうに、僕の服を引っ張る。
彼女の笑顔に、「そうだね」と返した僕は、そのコントに興味を示さなかった。
どれだけ美味しいものを食べても。どれだけ楽しい時間でも。
頭に浮かぶのは、九重紅里の事だった。
今日、学校中を歩き回ったというのに、紅里の姿だけは見当たらない。
それどころが、気配すらないのだ。
あの日、メールのやり取りをした以来紅里とは顔を合わせていない。
それにしても、ここまで会わないとなると、紅里は、僕の事を避けているのかとすら思う。
周りから若干の笑い声が聞こえてくる中、キリが僕の手を握る。
「私も明日、ここでライブするんだよね・・・・・・。楽しみだなあ!」
その言葉でキリの方を見ると、目が合う。
薄暗い中、キリのキラキラした瞳が僕に向けられていた。
ここはきっと、彼女の欲しい言葉を投げかけてあげなくてはいけない。
僕はキリの手を握り返し、にこりと微笑んだ。
「・・・・・・もちろん、見に来るよ。」
どうやら、僕の選択は間違っていなかったらしく、キリは、満面の笑みで笑う。
「うん!私、頑張るからね!」
どうしてだが、キリの目を見ると緊張してしまう。
今までは心が安らいだその笑顔も、もう心に響かない。
紅里と、キリ。二人の事を考えると胸が痛む。
心ここに在らず、のまま文化祭一日目は幕を閉じた。
二日目は、一般の人達も入場して大賑わいをみせた。
「券の販売は、こちらでーす!」
実行委員の声が、校門から聞こえてくる。
昨日とは比べ物にならないほどのお客さんが押し寄せて、僕達の出店も大忙しだ。
秋だというのに、汗水を垂らしながら働いていると、いつの間にか休憩時間になっていた。
軽い食事をしている間に、キリのライブの時間が近付いていた。
どうやらガールズバンドを組んで、曲を披露するらしい。
口約束とはいえ、昨日『行く』と言ってたしまった以上、僕は体育館へと向かう。
そんな中でも、やはり僕は紅里の事を考えていた。
僕の事を軽蔑しているのだろうか。
紅里の顔を見なくなって、約ひと月。
もう彼女は、僕の前には現れないのだろうか・・・・・・。
暗い気持ちのまま、僕は体育館の中に入る。
椅子に腰を下ろして辺りを見渡すと、僕は違和感を覚えた。
昨日よりも、随分人が多いような気がする。
そういえば、キリは学年問わず様々な友達が居たけれど、そのせいなのだろうか。
不思議に思っていると、遂にキリの出番が回ってくる。
落とされていた照明がパッと明るくなり、それに合わせて歓声が上がった。
そして、キリ達の演奏が始まった。
どうやら、クラスメイトでバンドを組んだらしく、皆同じクラスTシャツを着ている。
「皆ー! 盛り上がってるー!?」
ボーカルのキリが客席に向かって叫ぶと、それに答えるように歓声が上がる。
耳を塞ぎたくなる程の大きな声に、僕は、圧巻した。
これ程までに人気があったなんて、知らなかった。
心做しか、今日のキリは、輝いてみてる。
キリ達は何曲か演奏した後、MCを挟んだ。
たわいのない話をしたキリは、「さてと・・・・・・」と空気を入れ替えた。
ライブの熱気で額に汗を滲ませたキリは、それを腕で拭う。
「実はここで、スペシャルゲストを呼んじゃおうかなー!皆、誰だと思うー?」
キリの投げかけに、客席はざわめきをみせた。
あちらこちらで「誰ー?」と楽しそうな声が聞こえてくる。
僕も皆目見当がつかず、首を傾げていた。
キリはニヤッと笑い、大きく手を振り上げる。
「それじゃあ、登場して貰おうかな!——紅里ちゃーん!」
ステージ袖から出てきたのは、ひと月ぶりに見る、九重紅里の姿。
彼女のクラスTシャツであろう、オレンジ色の服を着た紅里は、キリの隣に立つ。
「初めまして。一年の九重紅里と言います。」
律儀に頭を下げる紅里に、拍手が鳴り響く。
ステージの上で証明に照らされる紅里を見て、僕はただ口を開けることしか出来なかった。
・・・・・・なんで紅里とキリが一緒にいるんだ!?
そんな僕を置いて、キリと紅里は笑い合う。
「実は、今回歌う曲がデュエットの歌なんだけど、紅里ちゃんに頼んだらすぐにおっけーしてくれたんだ!」
マイクを持った二人が、楽しそうに話している。
その異様な光景に、僕は驚きを隠せない。
「勿論ですよ。キリ先輩のお願いなら不肖この私、喜んでお受けします。」
二人の会話に、体育館の熱気は更に上がる。
和気あいあいとしている彼女達を見ながら、僕はただ呆然としていた。
しばらく二人のMCが続いた後、キリは「さてと」と話題を変える。
その表情に、次の曲が始まるのだと悟った。
「それじゃあ早速、聞いてもらおうかな!私達、crisistimeと!」
キリの目線を合図に、紅里がステージを見渡す。
「私、九重紅里で・・・・・・」
二人はマイクを持たない方の手を同時に振り上げ、体育館を盛り上げた。
歓声は鳴り響き、盛り上がりは最高潮。
いつの間にか、体育館の椅子も満席になっていた。
「「恋は急上昇!!」」
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