第7話 壊れているのは君か僕か

二学期の中間考査が終わっても、僕らには息をつく間もなく次のイベントがやってくる。


『江凛祭』。いわゆる文化祭が半月後に開催される。全三日に渡って開催される江凛祭は、この町外からも沢山の人が訪れ、毎年来場者は五千人以上にも及ぶ。


そんな江凛祭の準備期間、僕はキリに呼び出されていた。

三階の空き教室。ホコリ被ったこの部屋で、キリは僕に問いかけてきた。

「ねえ、一紗。私達って恋人・・・・・・だよね? 」

俯いたままのキリは、暗い声色で言ってくる。前髪が影を作って、彼女の表情は分からない。

僕はそんな彼女に違和感を感じながらも、短く答えた。

「ああ、そうだよ。」

その返答にキリの肩がピクッの動いた。「ならさ・・・・・・」と言いながら、キリは一歩ずつ僕に近づいてくる。

僕の目の前に立った瞬間、バッと勢い良く顔を上げて僕の目をまっすぐ見つめた。


「——今後一切、紅里ちゃんに近付かないで。」


その言葉の意図を、僕は理解出来ないできた。

けれど、目の前にいるキリの瞳は真剣そのもので、僕は何と彼女に言ったらいいのかと、言葉を探す。

一度視線を逸らしてから、僕はキリの目を真っ直ぐ見た。

「どうして? 」

そう尋ねると、キリの表情はますます黒さを増していった。

キリは、スマホの画面を見せつける。そこに写っていたのは、僕と紅里が海岸線を歩いている姿だった。

そこでやっと僕は、キリの考えを悟る。

多分、キリは僕と紅里が浮気していると思ったんだ。

「違うよ、キリ。僕は別に紅里とは何とも・・・・・・。」

その瞬間、僕は自分がどれ程鈍感な人間なのかを思い知らされる。目の前にいる彼女の瞳はあまりに冷たく、闇を濃くしていた。

何も言わないのが、いつものキリらしくなくて、余計に背筋を凍らせる。

多分、今のキリに何を言っても届かないだろう。

僕は生まれて初めて見る、キリの怒った表情に何も言えなかった。

ここでとるべき最善の選択は、彼女に従う事。僕は自分の直感を信じながら、ゆっくりと首を縦に動かした。

「・・・・・・分かった。キリがそう言うなら。」

僕がそう答えると、曇っていた彼女の表情が、一気に明るくなる。

キリの笑顔を遮っていた雲が、僕の言葉で晴れたのだろう。

燦々と輝く太陽の様な笑顔を僕に見せながら、キリは「約束だからね!」と言ってきた。


窮地に一生を得た様な気分になりながら、クラスの輪に戻ろうとすると、僕の中で紅里の言葉が頭をよぎる。


『二人の歯車が壊れてまう前に。』


紅里は分かっていたのだろうか。僕とキリが彼氏彼女という鎖に繋がれて、歪な形へと変貌してしまう事を。

こんな時にですら、彼女を思い出してしまうのは、僕が九重紅里という存在に酔っていたからなのかもしれない。

紅里に出会って、僕の日常は変わった。いつもその中にいたのは彼女の姿だった。


——九重紅里とは、何者だろう。


僕の目を通して見ても、彼女には何の色も感じ取れなかった。

一言で表すなら、『無色透明な少女』。

そんな紅里に、僕は多分未だに期待している。


また彼女が、僕の周りを変えてくれるのではないかと。


それが自分の願望だと知りながら、僕はその日から文化祭当日まで、九重紅里と顔を合わせることはなかった。


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