第6話 嵐の前の静けさ

憂鬱な中間考査、最終日。最後に残った二教科を受けて、僕は見事テストから抜け出した。

クラス中が、テストからの解放で賑わいをみせる。互いにテスト問題の確認や、遊びの予定などを話し合っていた。

それは僕達も例外では無い。自分の席に座って、帰りの準備をしていると、横からキリの声が聞こえてきた。

「一紗、今日遊ぼうよ! 」

明るいトーンで、僕を誘う。テスト終わりに二人で遊ぶのは、恒例行事のようになっていた。ならば、ここはキリと共にデートをするのが普通だろう。

今まではそう思っていた。


「・・・・・・ごめん。実は用事あってさ。」


キリの誘いを断るのは、二学期に入って二度目だった。

キリは、申し訳なさそうに「ごめんね」と僕に謝った。違う。謝るべきは僕の方なのに。

キリはいつも僕に気を使ってくれている。だからこそ、僕の心にまで踏み込んで来ない。

僕は今まで、彼女のそんな優しさに甘えてきた。けれど・・・・・・


『先輩は、キリ先輩と別れる気はないんですか? 』


あの時の紅里が言った言葉が、今も頭から離れない。

どうして紅里はあんな事を言ったのだろう。

僕はキリとこの先、どうなりたいのだろう。




「——おや。一紗先輩。テストお疲れ様でした。」


キリよりも後に教室を出て昇降口に行くと、靴箱にもたれかかっている紅里がいた。

紅里に近付いて正面に立つと、僕は彼女に手を差し伸ばす。

「なあ、紅里。今日はデートしないか? 」

「・・・・・・デート、ですか? 唐突ですね、一紗先輩。何故今日なのです? 」

首を傾けると、それと同時に艶のある黒髪が彼女の唇を隠した。

僕は何も考える事無く、彼女の質問に答える。

「僕の人間観を、君に話したい。」

そう言うと、紅里は裏のありそうな笑顔で僕の手をとった。

冷たい彼女の手は、僕の体温を少しだけ下げた。もしかしたら、僕の思考回路までも冷たく冷やしていったのかもしれない。


「では、帰りがてら聞きましょうか。」


自分の靴箱からローファーを取り出して、タイツを履いた足をそっと入れる。つま先をトントンと地面に叩いてから、再び僕の方を向いた。

僕も自分の靴に履き替えてから彼女に近付く。


学校を後にして、僕達は二回目のデートを始めた。町中で遊ぶ事もできたけれど、僕が選んだのは浜辺だった。

海は騒がしく僕と紅里の静寂を邪魔していく。なんて語り始めたらいいかも分からずに、僕の足跡が砂浜に残る。

「一紗先輩、早速ながら聞かせてくださいよ。先輩の。立龍一紗の人間観を。」

僕の隣を歩む紅里が、こちらを覗きながら笑う。

紅里の言葉に乗せられたように、僕は淡々と話し始めた。


「紅里は、人は平等じゃない。だからこそ平等を探し求めている、って言ったよな。」

「ええ、その通りですね。」

「僕は、思うよ。平等は努力、なんじゃないかな。」


紅里は闇を秘めた瞳を細めながら、復唱した。

「・・・・・・努力、ですか。」

「ああ。確かに人間は不平等で不条理だ。誰かが成功すれば、誰かは失敗する。当たり前だけれど、自分が人よりも劣っていると分かれば、それなりにショックをうける。けれど、人間はそこから這い上がる力を持っているんだ。等しくないから、等しくなろうと努力する。探すだけじゃなくて、それに向かって頑張るんだよ。」

浜辺には、二つの足跡が並んでいた。一つは少し大きくて、片方は小さくて。

紅里は黙って僕の発言を聞いたあと、薄く目を細めた。

波打つ音が、僕と紅里の沈黙を破る。

「それが先輩の、『立龍一紗の人間観』ですか。・・・・・・なるほど、とても興味深いですね。先輩の話を聞くと、なんだか私の話は弄れている様に思います。」

砂のジャリッという音を踏みしめながら、僕は彼女に言った。


「そうでも無いさ。僕はそんな九重紅里だからこそ、傍に居たいと思う。」


海風が吹き抜けて、髪をぐしゃぐしゃに殴る。そのせいで隣にいる紅里の表情は読み取れないけれど、発せられた言葉のトーンが妙に低かった。

「それは、叶わない願いというものですよ。先輩。」

今、紅里はどんな顔でそれを言ったのだろう。彼女は今、どんな気持ちなのだろう。

九重紅里が纏うオーラはあまりにも透明で、僕は何も分からない。


そう、分からなかったのだ。

彼女の言葉の真意も、僕らの闇に隠れた人影も。



翌日、立龍一紗の彼女である、キリから告げられたのは、『九重紅里と今後一切接触しない事』だった。

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