食卓

 仕事から帰って私を出迎えたのは彼女の腕には痛々しい包帯が巻かれていました。


 夕食の支度中に包丁で腕を切った、と彼女は言いました。一応病院にはいったそうで、入院の必要はないけれど通院は必要なんだそうです。

 狼狽する私をよそに彼女はいつも通りで、心配と焦りといろいろなものでいっぱいいっぱいの頭では反射的に「ただいま」と返すことしかできませんでした。


 着替えのために一人になって、ようやく事態が飲み込めてきました。落ち着いてきて、今度はあれがリストカットなんじゃないかなんて考えが浮かんできます。まさか彼女が、というものではありますが、あんな状態を見て「ない」とは言い切れません。

 どう彼女と接すればいいのかなんて、そんな経験のない私には分からず、結局はできるかぎりいつも通りを努めることにします。


「これ、用意してるときに切ったの」


 食卓で彼女が指すのは、私の目の前に用意された肉団子。随分前に好きだと言ったことを覚えてくれたようで、時間があるときはときたま作ってくれる定番でした。


「まだ痛む?」

「んー痛み止め飲んでるから平気かな。利き腕にしなくてよかったぁ」


 どこか引っかかる言葉に小さな不安のようなものを抱きながら、肉団子に手を伸ばします。


「――のために作ったからさ、いっぱい食べてほしいな」


 テーブルに両肘をつき手を組む彼女は満面の笑みを見せます。


 それを見て、一瞬で全ての点が繋がりました。

 心臓がうるさく、目頭が熱くなり、吐き気も。とっさに手を口にやりますが、少し遅く、生暖かい吐しゃ物が足元に広がります。


 慌てて立ち上がる彼女に謝り、指示通りに着替え、口をゆすぎ、シャワーを浴び、食卓に戻ります。手際よく片付けられ、匂いは春風が全て持って行ってくれたようで、嘔吐する前と何一つ変わったところはありません。一人にしてほしいと部屋にこもればいいのに、かいがいしくひいてくれた椅子に戻りました。


 涙を流しながら、肉団子を口に運びます。味はいつもと同じ。間違いなくおいしいのです。

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