丘の上の

 一度だけあそこの人間を見たことがある。あの丘の上の大きな洋館に住む人間を。

 大層羽振りのよさそうな人間だった。あのときは夫婦とそれと女の方に抱えられていた乳飲み子が見えた。おれの目から見ても随分と上等そうな服を着ていた。それにずいぶんとふくよかだった。


 あのころは景気が良くないだとかで、街には浮浪者があふれていた。おれは運よく職を失わなかったものの、食卓からおかずが一品消えた。

 あの館の人間が恨めしかった。きっとおれのような貧しい人間から搾り取った脂で肥えているのだろう。そう思った。



 それから五年ほどたったころには、職にあぶれる人間もあまり見かけなくなってきて、おれのちゃぶ台はすこし上等なものになった。


 おれはあの洋館へ向かう道を進んでいた。召使としてあの館に住むのだ。

 おれがまたぎをしていたことがあると話せば、あの夫婦はすぐにおれを雇うことに決めてしまった。夫婦は狩りが趣味なのだと言う。


 最初に任されたのはご長男の遊び相手だ。まだ乳飲み子だというのに、金持ちの言うことは分からない。

 分からないと言えば、昨日の夜のことである。召使と主人はともに食事はしないものだと思っていた。しかし、この館では月に一度は館中の召使があの大層おいしい肉料理をご夫婦と食べることになっている。召使の数は多くないとはいえ、よくこれだけ用意したものだ。

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あっさりごはん 黒いもふもふ @kuroimohumohu

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