227 一ヶ月前


 教皇就任祭より一ヶ月前のことだ。

 家具もなにもない、コンクリートの部屋に十二天座が五人集まっていた。

「じゃあ、スキル替えちゃうから」

 転生者天国あまくに千花ちかこと処女宮ヴァルゴは、庁舎の地下にある空き部屋に集めた四人の人物に対して言う。

 獅子宮レオ巨蟹宮キャンサー人馬宮サジタリウス金牛宮タウロス

「……替えちゃうからってよ。そんな軽いのかよ」

「身内ばっかりなんだから重々しく言っても意味ないでしょ」

 集められた者の一人、獅子宮が不満そう、というより呆れた口調で問えば処女宮は肩をすくめて反論する。

「神の奇跡なんてそんなものだよ。演出が必要な人間には仰々しくするかもしれないけど。私たちは女神アマチカを心から信じてるわけだから、必要な奇跡が必要なときにくるならさほど演出はいらないわけ」

 そうかよ、と獅子宮は何が言いたくなる気持ちを抑えて呟いた。ユーリが現れる以前の処女宮は十二天座に対してもある種の演出――もったい・・・・ぶった・・・ところがあったがそれは言わない。処女宮と言い争うのがめんどくさいからだ。

 それで、と同じく呼ばれていた色黒長身の青年、人馬宮が問う。

「処女宮、不敬ながら問うが、スキルの授与ってのは時間はかかるのかい?」

 手首につけた腕時計を見ながらの問いかけだ。彼は彼で仕事が詰まっているらしくその声には緊張感というよりいらだちがある。

 内部監査を仕事とする人馬宮は、ユーリ派のあぶり出しに多くの人材を使っている。

 それに加えて他の業務もあり、疲労が滲んだ声だった。

 それとも……これから起こることに緊張しているのか。

「おいおい、女神の奇跡を受けるんだぞ。少しはお前なぁ」

 獅子宮の窘めるような言葉に人馬宮は肩を竦めるだけだ。

 部下の面倒見は良いものの、枢機卿同士の派閥という意味では人馬宮は孤立気味にある。

 というよりも内部監査という役割上、彼が自ら孤立を選んでいる空気もあったが。

 それをわかっているのか処女宮は人馬宮の問いかけにううん、と首を振った。

「そんなに時間はかからないよ。じゃあ、人馬宮からやろうか」

 処女宮がインターフェースのウィンドウに指を当てれば、人馬宮の身体から力が抜ける。同時に処女宮が冷たい顔をした。予めわかっていたというような反応。

 スキルを引き抜かれたショックから人馬宮の信仰ゲージと忠誠度が大幅に低下していた。それこそ今すぐにでも反乱を起こしかねないほどに。

 それこそはスキルを取り上げた瞬間に発生した理性を超越した反感ペナルティ。信仰深く、内部事情を理解している枢機卿に、事前に説明してなおこれだ。それともSRスキル持ちだから取り上げた際の低下の幅が大きかったのか。それとも最初にスキルを与えたときに信仰ゲージと忠誠度が上昇するからその分を取り上げられたのか。

 処女宮の指が動く。人馬宮のスキル欄に、新しいスキルがセットされる。

 人馬宮が持つ移動系SRスキル『走者ランナー』から転移系SSRスキル『踏破せし者』へ。

 人馬宮の信仰ゲージと忠誠度が回復する。しかし以前の安定した値には届いていない。処女宮は表情には出さずに内心で唸る。システムに忠誠度を労せず上げられないような仕組みがあるのかもしれない。

 とはいえ、今のそれなりに衣食住の安定している政情でもこれだ。

 下手に国民全員のスキルを効率が良いように入れ替えればユーリ派以上の混乱が起きかねない。今後も確保していたスキルで入れ替えは行う予定だが、これ以上は周辺状況が安定している時期にやった方がいいだろう。戦国乱世に突入したこの日本でそんな日が来るのかはわからないが。

「あとこれ、新しいスキルに合わせた装備とかいろいろ。最高級品だから大事に使ってね」

 ああ、と頷いた人馬宮の信仰ゲージと忠誠度が渡した装備の価値分だけ回復する。わざわざ用意させた最高級品だ。目的は人馬宮の性能の強化というよりも、こうして下がることを見越していたからだが。

 処女宮は続けて言う。

「言わなくてもわかると思うけど、当面はスキル訓練所に通ってね」

 鍛え上げたSRスキル『走者』がなくなった人馬宮からは『走者』が持っていた身体強化系のパッシブアビリティなどが抜け、弱体化している。『踏破せし者』は『転移』アビリティを始めとして成長すれば優秀なアビリティを取得できる強力なスキルだが、初期状態では人馬宮の業務をサポートできるほどの能力はない。

 処女宮の言葉に対し、わかってるよ、とひらひらと手を振って人馬宮は部屋を抜けていく。業務が詰まっているのだろう早足だった。

 ちなみにスキル訓練所とは、ユニットを配置し、訓練させることでそのユニットが持つスキルの熟練度を一定まで成長補助させる施設だ。SSRスキル用の専門訓練施設は莫大な建設費や素材が必要で、今までの神国では建設する余裕はなかったが今回のために建築している。

 訓練施設は学舎という括りなので分身させた双児宮も配置されていた。

 ここに呼び集めた四人の枢機卿は度々視察という名目でそちらに移動することになるだろう。教皇就任祭までに彼らを――というより獅子宮と巨蟹宮をいくらか使えるようにしておかなければならなかった。

「次は俺でいいか?」

 女神の奇跡が行使される場ゆえに黙っていた金牛宮が処女宮へと一歩進んだ。巨体の中年男性は、少しの緊張に顔を強張らせている。


 ――スキルとは女神から与えられた特別な権能だ。


 女神アマチカ、神国の国民が信仰する神から与えられた奇跡。

 スキルとは女神の存在証明――つまりスキルが使えるうちは女神が信徒を見ているということに他ならない。

 スキルが使えない信徒は存在しない。しかし、そのスキルを一時的、一瞬でもない状態を作るということは……。

 もう一つの女神の証明たる『十二天座』という権能を与えられてなお、金牛宮は緊張している。

 そんな金牛宮に向けて、うん、と処女宮は手を振るう。SRスキル『内政官』が取り外される。信仰ゲージと忠誠度が大きく削れ、処女宮は内心のみで苛立った。

 内政の多くを任せている金牛宮が国家への不信を抱けば賄賂や不正が横行するようになるだろう。

 そして上の腐敗は下を容易く腐らせる。あっという間に国内はボロボロになるだろう。金牛宮に背かれるとはそういうことだ。

 ゆえに処女宮は確保していたSSRスキル『管区長』をすぐさま付与し直した。金牛宮の減少していた信仰ゲージと忠誠値が回復する。処女宮は内心のみで安堵の息を吐いた。

 SSRスキル『管区長』。それは管轄地域全ての内政値の成長度を上昇させるスキルだ。つまり金牛宮一人がいるだけで旧東京領域にある神国の全ての都市や村の発展が進むことになる。

 とはいえどういう理屈かは処女宮も知らない。スキルの解明は処女宮の仕事ではない。

「はいこれ、新しい装備。あと金牛宮も訓練所に行ってね」

 ああ、と頷く金牛宮。喜びの顔もあるが、スキルを入れ替えられた困惑の方がそこには大きい。


 ――スキルを入れ替えるとはそういうことだった。


 練度が0のスキルはスキルを熟達させていた者からすれば、どんなにレアリティが高かろうとほとんど無力といっていいものだ。

 ああ、と処女宮は納得する。低下している忠誠度は成長しているSRスキルとSSRスキルの価値の差なのか、と。

 ちなみにスキルの成長だが、金牛宮に与えられた文官系のスキルは戦闘や生産スキルなどと違い、スキルの成長で身体能力やできることが大きく変わるわけではない。高レアリティの内政系スキルの特徴は、その者がいるだけで都市や村を成長させる力だからだ。

 だが、スキルの成長は必須だ。

 『速読』や『文書作成補助』などの文官系スキルが持つ細々としたアビリティは与えられた業務の進捗に大きく影響するようになる。

 金牛宮にしか処理できない事案は多い。練度の上昇は年単位の問題とはいえ、ある程度のアビリティの取得は喫緊の問題だった。

「じゃあ、俺も仕事に戻る」

 動揺を振り払った金牛宮が部屋を出ていくのを見送り、処女宮はウィンドウを見て、この作業、今回だけにしたいなぁ、とどうせまたやるだろうに内心のみで呟いた。

 信仰ゲージは高級品を与えれば回復するといっても、その高級品は無料タダではない。現時点で入手できる貴重な素材に貴重なスキルが付与された最高級品だ。

 贈与は忠誠度を回復する手っ取り早い手段だが、再度忠誠値の問題が出たときに、同じものを与えても同じだけの回復はしない。

 このあたりをして、ゲーム的だと使徒であるユーリは評していたし、処女宮もそう思っている。

(儀礼は必要だったかもしれない……)

 SSRスキルの熟練度を上昇する期間を与えるためにこうして前倒ししてスキルを与えているが、適当に豪華な場所で大体的に発表した方が忠誠度の低下は少なく、忠誠度の上昇も大きかったかもしれないと処女宮は思った。

 こうして地下でこそこそと与えているのも、十二天座だから理解してくれるかも、という甘えもあったのだ。

 とはいえ、教皇就任祭の準備がある中でスキル授与の式典を前倒しで行ったとしても、それだけ費用も人手も使うことになる。

 高価な装備は必要経費だと割り切るしかない。

「ままならないなぁ」

 処女宮の呟きに、巨蟹宮が肩を竦めて、近づいてくる。

「私もお願いするよ」

 この青年は頭が良い・・・・、ユーリは便利に使っているが処女宮としては苦手だった。

 とはいえ、この男は神国に必要な人材だ。処女宮は苦手意識を振り払って言う。

「……すぐ新しいスキルにするから、びっくりしないようにね」

「うん? 前の二人だってそこまで驚いてないように見えたけどね」

 それは内心を表に出さなかっただけで、巨蟹宮が思っているよりも、動揺は深く、一日もそのままの状態にしておけば取り返しのつかない事態になっていた。

 だが処女宮は言っても意味のないことだと無言でスキルを巨蟹宮から取り上げる。

「む……」

 巨蟹宮の表情が歪む。なんのかんのと枢機卿に選ばれるだけに巨蟹宮も信仰心は篤い。信仰ゲージと忠誠度が本人の意思を無視して大きく下がった。

 その眼が処女宮のウィンドウ・・・・・操作・・を見守る。

「ああ、やはり君が……」

「何が? やはりって?」

「ああ、いや、なんでもないよ」

 処女宮の操作が終わる。巨蟹宮は自身に新しいスキル、SSRスキル『詭計師きけいし』が宿ったことを確認し、ほっとした顔を作ると、処女宮が何か言う前に用意されていた装備を手に取った。

 何か言おうとした処女宮に対し、巨蟹宮は背を向けながら言った。

「スキル訓練所にはちゃんと通うよ」

「先読みかよ、うざ」

 巨蟹宮の足が止まる。彼は振り返って処女宮に何かを言おうとして、口を閉じ、部屋から出ていく。

「何あいつ、こわ」

「あいつは相変わらずだな。感想ぐらいねぇのかよ」

 獅子宮が呆れたように、巨蟹宮が出ていってから口を開いた。

 そういう奴じゃん、と処女宮はウィンドウを注視する。巨蟹宮の低下した信仰ゲージと忠誠度は装備を渡したことで回復している。気になった様子もあったが、巨蟹宮は賢い。顔色程度ではその内心はわからないだろう。

 はい、と処女宮は獅子宮に向き合って言う。

「最後は獅子宮だよ」

 こうしてSRスキル『武僧』から神国系固有スキルであるSSRスキル『獅子の牙ファングレオ』へと獅子宮のスキルは入れ替えられた。


 教皇就任祭、一ヶ月前の出来事である。


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創世のアルケミスト~前世の記憶を持つ私は崩壊した日本で成り上がる~ 止流うず @uzu0007

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