主人公の理想と現実のギャップに心を揺さぶられる名作

本作が描くのは、敗戦直後の焼け跡に立ち尽くす一人の青年の姿だ。しかし、それは単なる時代の縮図ではない。主人公・羊太郎の魂の葛藤こそ、本作の読みどころなのだ。

羊太郎は、戦死した仲間の無念を胸に、理想の日本を築こうとする。その志の高さ、美しさに胸を打たれる。だが、飢えに苦しむ弟妹を前に、現実は容赦なく彼を追い詰めていく。

純粋であるがゆえに傷つきやすい青年の苦悩。それを克明に、時に残酷なまでにリアルな描写に圧倒される。

時代のうねりの中で引き裂かれる魂。本作は、そんな青春の悲劇を描いた珠玉の一編だ。

ラストの康史郎の言葉が示すように、理想郷など所詮は幻想に過ぎない。しかし、だからこそ、それを追い求めた青年の生き様が眩しく輝くのだ。

本作は、「泥中の蓮」を夢見た一人の青年に、そっと花束を手向ける物語なのであろう。

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