特別ショートストーリー
クリスマス特別SS 「クリスマスの魔法」
未知人と希沙良が出会う1年前のクリスマスを書いたものです。
お楽しみください。
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高校に入学して初めてのクリスマスを迎えた。
暗くなるにつれてイルミネーションが灯りだし、見慣れた街並みが少しずつ幻想的な風景へと姿を変えていく。
腕を組んだカップル、子供を肩車しているお父さん、ケーキの箱を持った家族。
みんながみんな幸せそうな笑みを浮かべていた。
そんな中、私、
私はクリスマスが嫌いだった。
別にクリスマスなんて無くなってしまえばいいとか、サンタさんなんて消えてしまえばいいと思ったことはない。
それでも、こういう『能力』を持ってしまった私からしたら、普通にクリスマスを楽しんでいる人たちがうらやましくて仕方なかった。
今後の人生において、好きな人と過ごすクリスマスは私にはこない。
そう思うと、何もかもがどうでもよく感じられた。
クリスマスの日はずっと一人だった。
それは今年も例外ではない。
両親は海外出張でずっと家を空けている。
今朝方、国際郵便でプレゼントが届いていたようだが、どうにも開ける気にならず、机の上に置いたままだ。
いつも一緒にいる女友達も今日は彼氏とデートらしい。
お台場にイルミネーションを見に行って、そのままお泊りするって言ってたっけ。
私はハァと白いため息をつく。
ショーウィンドウに映っている私はいつもどおりの“美少女”のはずなのに、このクリスマスの雰囲気には似つかわしくない浮かない表情をしていた。
「いらっしゃいませー!」
そんな私の耳にふと威勢のいい声が入ってきた。
あまりの場違いな掛け声に私は声のする方を振り返ると、そこにはケーキ屋さんの
どうやら場所があまり良くないようで、周りのお店には長蛇の列ができているのに、そのお店には一人のお客さんもいなかった。
私は寂しさを紛らわすかのように、そのお店に歩み寄る。
「あ、メリークリスマス! よかったらケーキおひとつどうですか?」
アルバイトらしき男の子が私に声をかけてくる。
男の子はサンタの衣装に身を包み、口には本物顔負けのふさふさのお髭を蓄えていた。
サンタの帽子と付け髭で顔はよくわからないが、おそらく私と同い年くらいだろうか。
こんな寒い日にサンタのコスプレまでしてせっせと働いて本当にご苦労様と思う。
それと同時に、すべての人がクリスマスを恋人と過ごしているわけじゃないという事実に、わずかに笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ、ショートケーキひとつください」
私はアルバイトの男の子に声をかける。
すると、男の子は
「あ、確かに『おひとつどうですか?』と言いましたけど、別にひとつじゃなくていいんですよ。彼氏さんの分とかも合わせてどうですか?」
そうやって的外れな営業をしてくる彼を見て、私は思わず吹き出してしまった。
「ふふ。私はひとつでいいんです。彼氏なんていませんから」
なんでこんな見ず知らずの男の子にこんな話をしているのだろうと思った。
でも、彼の何となく不器用なところがちょっとだけ可愛く見えて、もう少しお話したいと思っている自分がいた。
私は一歩だけ彼に歩み寄る。
「お兄さんこそ、クリスマスにこんなところでバイトして、彼女さんが悲しみますよ」
私はからかうように彼を上目遣いで見上げる。
「お姉さん意地悪ですね。さっきの仕返しですか」
そう言って彼はハハハと笑い声をあげる。
まあ、そうだよね。
彼女がいる人はクリスマスの日にこんなところでバイトなんかしてないよね。
私は何となく仲間ができた気分になって、ほんのちょっぴりだけ心が温かくなるのを感じた。
でも……と考えを改める。
だってそれは今年に限った話だから。
私と彼では決定的な部分が違う。
彼は普通であって、私は普通でない。
彼にもいつか彼女ができて、このイルミネーションの中を腕を組んで歩く日が来るんだ。
いま街を行き交っている人たちと同じように幸せな笑みを浮かべながら。
そう思うと、萎みかけていた暗鬱とした気持ちが、また心の底から込みあがってきた。
「なんか……幸せそうな人を見ていると嫉妬しちゃいますよね」
私は気付くとこんなことを口走ってしまっていた。
そして、ハッと我に返る。
確かにクリスマスを普通に過ごせる人がうらやましいと思っていたことは事実だ。
でも、それに同意を求めるなんて……共感してもらおうと思うなんて。
私の心はここまで曇ってしまったのかと自己嫌悪に襲われる。
私は「なんでもないです」と言って、そそくさと財布からお金を取り出そうとする。
すると、彼はこう言った。
「俺は幸せですよ」
「えっ?」
唐突な彼の言葉に私は思わず顔を上げる。
「お姉さんはサンタクロースが何でプレゼントを配るか知っていますか?」
彼は私の表情を窺うように問いかける。
サンタクロースがプレゼントを配る理由……?
改めて聞かれると考えたことはなかったかもしれない。
「何で……なんですかね?」
私は答えを導き出せずに、小首を傾げてみせる。
すると彼は得意げにコホンと咳払いをする。
「起源には諸説あるらしいですが、貧しさのあまり娘を身売りしなければならない家族の存在を知った神父さんが、靴下に金貨を入れて暖炉から投げ入れたという話が一番有名ですね」
それは初めて聞くお話だった。
貧しい家族を助けてあげた神父さん……か……。
彼の言葉が胸にじんとしみわたる。
「……素敵なお話ね」
そう言って私はさっきまでの自分を振り返り、視線を下に落とす。
「実は俺、この前まで大怪我しててずっと入院してたんですよ」
彼はいままでのおちゃらけたトーンから打って変わって、落ち着いた口調で話し出す。
「でも不思議とそこまで辛くなかったんですよね。家族、友達、学校の先生、看護師さん、本当にたくさんの人に助けてもらいましたから」
彼は少し遠くを見つめてしみじみと言う。
「だから今年はサンタになろうと決めたんです」
「……サンタになる?」
私は彼の言っていることが理解できずに思わず聞き返してしまった。
いやそれだけ完璧なコスプレしてれば、嫌でもサンタになれてると思うけど……。
「クリスマスの主役はもちろんプレゼントをもらう子供ですけど、それにはプレゼントを配るサンタが必要です。だから今年は入院のときの恩返しも兼ねて、幸せを配る側に徹してみようかなと思ったわけですよ」
まあ俺が配れるものなんてこのケーキくらいですけどねと言ってニカッと笑う彼。
「こんなちっぽけなケーキでカップルだったり、家族だったり、サラリーマンのおじさんだったりが笑顔になってくれて、ついでに恩返しまでできるんだから、まさに一石二鳥じゃないですか。だから……」
彼は一呼吸置いて言った。
「俺はいま最高に幸せですよ」
私は彼から目が離せなくなっていた。
幸せを配ることが幸せ……。
たくさんの人が笑顔になってくれることが幸せ……。
彼は人を幸せにするために行動して、それで自分も幸せだと言っている。
それに対して、私は幸せを掴むために何か行動をしただろうか。
今日の私は道行く人に嫉妬して、自分は不幸な人間なんだと絶望して、幸せを掴む努力なんて一切していなかったじゃないか。
うらやましがってるだけでは、幸せは手に入らないってわかってたはずなのに。
こんな見ず知らずのサンタさんに気付かされるなんて……私もまだまだだね……。
私は彼にお金を渡して、ケーキがひとつ入った箱を受け取る。
「メリークリスマス」
彼の笑顔に凍った心が溶かされていくようだった。
この言葉がこんなにも温かく感じられたのは、生まれて初めてかもしれない。
彼の言う「メリークリスマス」にはそれくらいの優しさが込められていた。
私はふふっと思わず笑みをこぼしてしまう。
本当に変わった人。
おちゃらけてたと思ったら、急に真面目な話をして。
そして、最後には私のポッカリ空いていた心を満たしてくれた。
うん……今年は幸せをもらう側に徹しようと思う。
でも……来年のクリスマスには……私も彼みたいに誰かに幸せを配れるようになってたらいいなと思うよ。
「ありがとう。赤髪のサンタクロースさん。メリークリスマス」
私はそう言ってお店を後にした。
元来た道をコツコツと歩み出す私。
そして、ふと先ほどのショーウィンドウに目を向けると、そこには幸せそうな笑みを浮かべた“美少女”の姿が映し出されていた。
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【あとがき】
皆様、メリークリスマス。
葵すももです。
あれだけアフターストーリーを書く書く言っておきながら、時間が取れずにどんどん先延ばしにしてしまい、本当に申し訳ございません(書く書く詐欺の常連になりそうです。)。
せめてもの罪滅ぼしとして『クリスマス特別SS 「クリスマスの魔法」』を書かせていただいたのですが、お楽しみいただけましたでしょうか。
これは未知人と希沙良が出会う1年前のクリスマスを描いたものです。
あくまでショートストーリーですので多くは語りませんが、二人とも相変わらずでしたね。笑
さて、ここから1年後のクリスマス……未知人と希沙良はどう過ごすんですかね。
きっと二人とも幸せそうな笑みを浮かべてるのでしょうね。
作者としては二人の幸せを切に願います。
クラスでモテまくりの『サキュバス美少女』の魅力が俺には効かない 〜 美少女が何故か俺の手を握ろうとしてくるんだが 〜 葵すもも @sumomomomomomomo
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