1124. お祭り騒ぎ


 朝食と軽めのウォームアップで腹を落ち着かせた後は、いよいよ会場へ移動。土壇場で峯岸の豪快なドライブテクニックを思い出し少なめのご飯で済ませたが、道が混んでいて案外ゆっくりとしか進まない。もっと食べれば良かったかも。


 市街地を抜け海が近付いて来た。

 大会告知のフラッグが道路沿いで靡いているのを指差しワイワイ言い合っているうちに、皆少しずつ口数が減っている。橋を渡り埋立地のエリアに入ってからは特に顕著だった。


 バス車内の空気は重いとまで行かずとも、抗い切れぬ何かがふらふらと漂っている。朝はあんな元気にノノをイジメていたのに。まぁ嫌いでもないが。この張り詰めた空気。


「7、9、11、6……5」

「素数?」

「いや違うって。向こうから来る車のナンバーを足してる。動体視力鍛えられるんだってさ」

「今更かよ。半年前からやれ」

「良いじゃん別にさ……こうでもしないと、余計なことばっか考えちゃうし」


 隣に座る真琴が何やらブツブツ呟いていると思ったら、付け焼刃で気を紛らわせていたらしい。ただでさえ乗り物酔い激しい癖して、吐いても介錯してやらんぞ。

 さっきも常葉長崎の試合映像を見ながらで箸が進んでいなかった。まぁ当然と言えば当然。茶碗蒸しはスプーンで食べるべきである。


 これは極端な例だが、似た兆候は他の面々にも見て取れた。後部座席からは皆の頭頂部しか見えないが、大人しく座っている奴が見事に一人も居ない。

 ジッとしていられないのだ。

 それが単なるクセか緊張によるものか、察するまでもなかった。


 一人そっちのけで試案を重ねる俺。

 ここはどうするのが正解だろう。

 ジュリー宜しく爆音のダンスミュージックでも流してみるか。いやしかし、毎晩アレで苦しんでいる愛莉のことを考えると……。


「……あら?」

「なんこれ。音漏れ? 誰かのライブ?」

「さぁ……でも、どこからかしら」


 なんて打開策を探していると、ちょうどそれらしい音楽が聞こえて来た。

 だが出所はバス車内ではない。当の愛莉と瑞希が不思議そうに聞き耳を立てる。


 何かの演奏のような、違うような。バラバラにも聞こえるが、不思議と纏まっているようにも感じた。歪な音楽の正体が段々と近付いて来る。



『――――ヤマサキ、アレ!!』


 窓ガラスを伝う反響。

 声援、そしてハンドクラップ。


 日光を嫌ってカーテンを閉めていた琴音も、いったい何事かと外の景色を覗き見る。

 会場のコーストアリーナへ続く長い一本道、その両端の歩道を埋め尽くす大勢の人々。


 何人いるのだろう。少なくとも二百人、いや三百……凄い、プロの試合でしかお目に掛かれないような大旗まで降られている。これ全員、山嵜高校のサポーターなのか!


「すごぉ~い! ねぇねぇ見て琴音ちゃん、レイさんもあそこにいる! あっちはサッカー部さんで、あっ、真奈美ちゃんも!」

「そ、そうですねっ……比奈、あの人たちは?」

「ワタシの! オトクイ様!」


 二人の背後からシルヴィアが乗り掛かる。

 そう、山嵜の学生も多いは多いのだが、それより目立つ外国人の方々。言い方に若干語弊はあれど間違ってはいない。シルヴィアの知り合い、つまり交流センターの利用者たち。


 全国に出場した暁には利用者みんなで応援に……関根館長がそんなことを話していたが、まさかこれほどの大所帯とは。

 下手なプロチームのアウェーサポより数多いぞ。迫力ある歌声が車内まで轟くわけだ。


「ヒロ! こっちこっ……ワァっ!?」

「きゃあああああァァ嗚呼アアアア゛!!!!」


 歩道から必死にアピールする見慣れた顔、ファビアンだ。だがもっと悪い意味で見慣れた人が彼を押し飛ばした。川原女史である。

 なんだあの真っピンクなうちわ。アイドルのコンサートじゃねえんだぞ『ファンサして』とか書くな。目立つな頼むから。


「で、こっちに保護者会と。うわ保科パパやべー」

「親父、法被は違うって絶対に……ッ!」

「良いじゃないですか、ウチのなんて配信で見るとかなんとか抜かしやがったんですよ。誕生日の娘を日本において! まったくぷんすかぷんぷーんっ!」

「励まされてる気しねえっス……ッ」


 外国人サポ部隊主導のチャントに合わせ、謎の舞踊を披露している。堪えろ慧ちゃん、ああいう人はサポの中に一人は居るものだ。

 嗚呼、余計なこと思い出した。小学生の頃、文香の両親がオリジナル応援歌とか何とか言って試合中ずっと歌っていたなぁ……。


「なんやはーくん、えらいゲッソリして」

「苦い記憶が……文香は? ご両親」

「呼んではみたんけどなぁ。はーくん連れて帰るまで顔見せんでええ言われとるし」

「お土産?」


 世良家の家風は相変わらず意味不明。ただ、来ないと来ないで寂しさはある。それに我が家の問題児二人を連れて来て貰わねばなるまい。


 さて、他に見知った顔ぶれは……。


「……言いますか?」

「いや、秘密にしとこうぜ」

「了解ですっ」


 先にご両親を探していたようだが、同じタイミングで有希も気付いた模様。自分のことみたいに嬉しそうだ。当人は試合前に見つけられるかなっと。


 みんなお目当てを見つけては手を振り喜んでいる。応えるよう『ヤマサキ、アレ!』のチャントが更に広がって、バスを追い掛けて来る始末。

 結構な距離まで接近するから運転手の峯岸は一苦労。背中を押されるみたいにスピードを上げたバスは、大歓声を残し関係者用口へと進んでいく。


 瑞希が動画を撮っていたみたいで、みんな彼女の元に集まってそれを見返している。鬱々としていた車内はあっという間に活気を取り戻した。

 あれほどの盛大な出迎えを受けたら逆に緊張してもおかしくないだろうに。小田切さんはゲロってたぞアンダーの親善試合なのに。懐かし。


「どした? 吐きそう?」

「そんな食べてないしデブじゃないし……ッ」

「言ってねえやろ」


 妹が復活したと思ったら今度は姉。皆の喧騒には混ざらず、座席に留まったままお腹を押さえている。ただ、バス酔いや緊張の類ではなさそうだ。妙に真剣な顔をしていて逆に笑えるくらい。


「どうなんだろ。緊張してるのかな……分かんない。なんか、お腹がぷるぷる震えてる」

「響いた? チャント」

「いや本当カッコつけとかじゃないし」

「分かってるって。俺も同じや」

「……ハルトも?」


 意外そうに呟く愛莉。隣に腰掛け、窓の外を向かせ何の気なしに肩を揉んでやる。腹を擦っても良かったけど、誰かからセクハラ扱いされそうでやめた。


 そうしたい気分ではある。こんな大事な日にまで緩んでいる頭のネジに呆れないこともないが、嬉しかったのも本当だ。

 やっぱり俺と愛莉は不思議と噛み合う。考え方も感性も全然違うのに、大切な瞬間だけ面白いくらいに共鳴する。


「武者震いかと思ってな。多分ちゃうねん。ああいうチャントとか聴いたり、コートに向かう一歩だったり。プレーヤーやなくてもさ。スタンド登って視界がバーッと開けて、ピッチが見えた瞬間とか……自然と身体が熱くなる」


 愛莉は黙ったまま頷く。つま先から脳天まで競り上がるような高揚感。ドキドキして、ワクワクして堪らない。ジッとしていられない。


 大好きだった芝生の爽やかな香りこそ遠ざかった。だが鼻先を擽る淡い栗色がすぐに忘れさせる。なんて美しい後ろ姿だ。あの日見惚れた長髪にちっとも負けていない。


 別物のように見えて、本当は地続きだったフットボールという名の人生。彼女もまた、その道中にハッキリと立っている。それが何よりも嬉しいのだ。きっと愛莉も、みんなもそう思ってくれている。


 嗚呼、駄目だ。

 いくら取り繕ったって。


「うわ。一人で笑ってる」

「アァ? ええやろ別に。おいカーテン閉めんな、いくらでも窓に映せこんな顔。お前も逸らすな」

「なに言ってんのさっきから。ねえ良い話しようとしたんじゃないの? 勝手に満足しないで? ……ちょっ、やだ待ってだめ!? 顔近すぎ……っ!」


 困った愛莉はバスの停車を待たず聖来にSOS、敢えなく引き剥がされる。急にハルが発情したなんだと瑞希が言い出して、みんな俺を置いてバスを降りてしまった。参った、華奢な聖来に腕を持って行かれるなんて。


 緊張するよりマシだが流石に興奮し過ぎだろうか。こればっかりは性分だからな……おっ、どこ見ても興奮しない奴が来た。ちょうど良いや。


「眷属よ、いつまでバルカンの地に留まるつもりだ。皆とっくにローマへ向かったぞ」

「どこで何すんねん」


 いつもなら耳に障る厨二言語も不思議と心地良く感じる。最後までバスに残った俺を迎えに来たミクルは、少し呆れた様子でこう話すのだった。


「ふんっ。まったく、人の子であるか否かさえ疑わしい。その珍妙不可思議な面構え、預言には一つと記されておらぬ。あの獣に劣らぬ醜態とはな……!」


 本番も直前なのに女と絡んでヘラヘラしやがって、これじゃ羽瀬川理久と大差ないじゃないか。おおよそこんな具合だろう。

 なんてミクルも人をどうこう言えまい。緊張したり興奮している時ほど口が回ってボキャブラリーも増えるのだ。


 だが悪い傾向ではない。堕天使を名乗っているからには、立派な羽根も生えているわけだろう? なら地に足着けるより、飛んだ方が効率的かもな。


「ミクル、ちょっと面貸せよ。開会式まで時間あるし」

「……な、なんだ? 悪い顔だぞ」

「比奈も連れて行くか~。せや愛莉もええな」

「何をする気だ貴様……」

「決まっとるやろ挑発すんだよ」


 どこもかしこもお祭り騒ぎ。

 なのに舞台はコートの上だけなんて、そんなの勿体ない。例え不格好でも気の済むまで踊るべきだ。そう、誰よりもまず俺が。

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美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい 平山安芸 @akihirayama

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