第137話 同調圧力 Peer pressure

 教室に戻ったカイトには依然として強烈な視線が注がれた。


 その視線には本心でカイトを軽蔑しているのではなく、自身の生存本能的な何かが働きかけた結果仕方なくやっているんだ、と訴えているようにも感じた。


 その証拠にカイトを見て笑う人はいなくなっていた。


 勿論、トラブルの渦中に言いながらその火の粉を追い払ったカイトを変人扱いする人も少なくはない。


 先程見せた超人的とまで言える力は注目されない方がおかしい。


 だが、カイトを見て嘲笑したり、攻撃的になる人間はもういなかった。


 結局は大きな圧力に同調しているだけだ、そうカイトは結論付けた。


 ふと、カイトは思い出した。


 このクラスと初めて相対した入学式の日の事を。


 このクラスの先陣を切ってリーダー役を買って出ていた人間がいたはずだ。


 名前は確か——楓。


 カイトにクロミナにおけるカーストの恐ろしさ、レベルが全ての価値観をトラウマとして植え付けた張本人である。


 結果として今の組織の仲間たちに遭えたわけだが、それも全て乗り込んだ電車にラフとネストが居て、そこで提案をしてくれたからだった。


 あの時二人に遭っていなかったら今頃自分はどうしていただろうか。


 もしかしたらあの二人は初めから全て知ったいたのかもしれないな、とカイトは妄想した。


 思考を楓に戻し、周囲を見渡す。


 すると記憶していた楓の机はもぬけの殻だった。


 クラスの中心におかれたその机は本人がいれば密集地帯になっていたものの、いまやクラスは地方に散らばったドーナッツ化現象のようになっていた。


 カイトは目が合った一人の女子生徒に声を掛ける。


「あのさ、」


 しかし即座に目をそらされ、話しかけてこないで、と言わんばかりにカイトに背を向けた。


 カイトが声を上げると周囲は騒めき立ち、それから視線は誰とも合わなくなった。


「なにかあった?」


 1人を覗いて。


 根津進登、ネストだ。


 周りの人間は気でも狂ったのか、と言わんばかりの表情で根津進登を伺った。


 彼らの中には心配もあっただろうが、自ずとその気配は引いて行った。


 カイトは声を落とし根津進登に尋ねる。


「標的にされるぞ?」


 カイトは少し笑いながら聞く。


「気にすんな、それよりなんかあったか?」


 態度、表情を変えずカイトに向かう。


「このクラスに楓って奴いなかったか」


 カイトから発せられた名前に周囲は凍り付く。


「いたよ…ってか普通にクラスメイトじゃねーか。カイト、周り見て無すぎ」


「そうだな、なぜかあんまり覚えてないんだ」


 少し訝しんだ根津進登だったが、切り替えて口元の笑みを戻す。


 根津進登は一層声のボリュームを下げ、カイトにしか聞こえない声で話した。


「楓は学校に来てない」


「不登校って事か」


「そんなとこ。ほら、このクラスのリーダーだったじゃん?それで何かと目立ってたから目を付けられちゃってね」


「俺と同じやつか」


「そ、いわばこの学校の番長にね」


 根津進登は一度カイトから視線を外し、周囲を見渡してからまた話す。


「このクラスも楓で回ってた感じだったから活気が無くなっちゃってね。みんな静かだろ?」


 カイトは頷く。


「それに目立った行動をすると目を付けられるってことが分かっちゃったからさ、みんな消極的になって。楓の取り巻きたちも静かになった…一部は鞍替えしたらしいけど」


「鞍替え?」


「寝返ったのさ、人間の生存本能ってやつ?人間てか女かな。より強い頼れる奴を求める感じ」


「くだらねぇな」


「所詮そんなもんなのさ。で、どうするの?カイト」


 何かを決意したようなカイトの目を見て根津進登は質問する。


「楓を助けたい」


「正気か?お前を散々差別してたやつだぞ、そんなヤツ…」


「見捨てられない。それに、自分が同じ境遇だったらきっと、嬉しいと思うから。ラフとネストがいてくれるみたいにね」


 根津進登は大きな溜息を吐く。


 少し照れを隠すようによそよそしくなった根津進登は頭を掻いた。


「ったく。わかったよ」


 理解者が居てくれたことに安堵するカイト。


「だがな、お前は何もするなカイト」


「なんで」


「俺たちに任せろ」


「俺がやるとなにか不都合があるのか」


「あ・た・り・ま・えだ!カイト、自分の立場分かってんのか?全校生徒お前の敵だぞ、そんな中抗争にでもなってみろ!死ぬぞ」


 相手が、と心の中で補足する根津進登。


 ラフとネストはカイトをコントロールするために極力戦場からは切り離したいと考えていた。


 カイトがいると何かとシビアになる上守らなければならない対象が増えてしまうからだ。


 対してカイトを除いての行動ならば、相手をただ自分の力量を見誤らず殲滅すればいい話。


 それにクロミナの中での敵対組織幹部の顔も割れた。


 なにも現実世界でやる必要は無いのだ。


 しぶしぶ納得したカイトは


「なにかあったら呼べよ」


 と言ったが、根津進登は無視した。

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放置すればするほど強くなるゲームを5年間放置したらいつの間にか最強プレイヤーになってました。〜ぼっちは嫌なので最強であることを隠します〜 鍵村 戒 @kagimura_kai

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