第6話 冒険をしよう

 ゼムナスに会った騒動から数日後。

 夜中。なんとなく目が覚めて、ふと瞼を開くと、くりくりとした目と視線が合った。

 さすがに何度も続けばもう慣れたものだ。


「また起きてたのか」


 声をかけると、目が布団の中に隠れ、いつものように丸まった。

 面倒くさいなあ、と思う。

 また今日もこのまま布団の中で閉じこもってしまうのだろうな、とため息をつく。


『冒険って日常から一歩ずれたことをするだけでも十分当てはまると思いますよ?』


 ふと、ミア姉ちゃんが言っていたことが頭の中で響いた。

 日常から超えたことを繰り返して、怖いことを克服していくのだと。

 ヒューイが寝ているベッドの向こうの窓、その遠くを眺めれば、前は気づかなかった動く淡い光の点が見える。

 夜中巡回してくれている警察の人たちの明かり。

 以前は、怖くてよく外を見ようともしなかった。

 ヒューイもきっといろんなことを知らないから、今も怖いままなんじゃないだろうか。

 自分のベッドから出て、ヒューイのベッドの空いたスペースに横座りすると、布団の塊を上からぽんぽん、と叩いて声をかける。


「俺さ、怪傑ゼムナスに会ったんだ。それも2回も」


 もぞり、と布団から微かな穴が開く。

 ヒューイのお父さんが怪傑ゼムナスのファンで、ヒューイ自身も怪傑ゼムナスがとても好きだと聞いていた。機工絵本が贈与士ギルドに寄贈されてしまったときは残念がっていたけど。


「夜中、すごい遅くでさ、ちょうど今ぐらいの時間。最初会ったときはトイレで起きたときでさ、なにがなんだかわからなくて怖がっちゃったけど、2回目に頑張って起きたときに、ようやくゼムナスだってわかったんだ」

「……どうだった?」


 布団の隙間から声が漏れてきた。うれしく思いつつ、この間のことを話していく。


「思ってたよりも細かったけど、腕がひきしまっててかっこよかったよ。そして、優しかった。レイピアを振るってるところは残念ながら見れなかったけど。でも、同い年ぐらいのレガロからは会えたのはすごいことだってうらやましがられた」


 話し出したら、あの夜のことをいろいろ思い出す。ほんのりとした灯りで照らされた静かな部屋に、おいしいお茶とスコーン。歳の離れた姉ちゃんやミア姉ちゃんからは普段聞けないような真剣で難しい話。

 どれも初めてのことで、思い出すと不思議とわくわくする。


「ゼムナスのこと、強盗だと勘違いしてたから最初は怖かったけど、途中からはへっちゃらだったな。いつもは寝てる時間だけど、その時間起きてたのも大人の仲間入りしたみたいでうれしかった」

「怖かったのに?」

「怖かったけど。でも、怖くてもいいんだ。だって冒険だから」

「冒険、なの? 家から出ないのに?」

「冒険だよ。勇気をもって怖さに挑戦するのが冒険だろ? そして、冒険をしたから、ゼムナスと会えたんだ」


 家から出ない小さな小さな冒険。けれど、初めてのことがいっぱい詰まって発見だらけな、その体験はまさに冒険だった。


「僕も、ゼムナスに会えるかな……」


 はっきりとした声に横を見ると、ヒューイが布団から顔をのぞかせて窓の方を見ていた。


「会えるかも、な。そのためには布団から出ないと」

「それは、難しいよ。まだ怖い」


 顔は出したままだけど、布団の端をぎゅっとヒューイが握りしめる。


「いいよ、それでも。何度も何度も挑戦しよう」


 夜、布団から出れるための小さな冒険。けど、ヒューイにとっては、辛い思い出を乗り越えるための大事な冒険だ。

 繰り返して、挑戦して、ここの夜が怖くないものだと少しずつ知っていくんだ。


「一人だと怖いなら、俺も一緒に起きてるから」


 三時から起きるなら、十分寝れてるし、朝までもう少しの時間。一緒に起きている分には辛くはない。毎晩毎晩ってなるのはちょっと辛いけど。

 ヒューイがくりっとした目を大きくすると、嬉しそうに細めた。


「ありがとう、マク……兄ちゃん」


 初めて、兄ちゃんと呼ばれて心がくすぐったくなる。

 ゼムナスも頼られたら、こんな気持ちになるのだろうか? だから、いろんな人の力になりたくなるのかな?


「いいってことよ」


 照れを隠しながら言うと、早く起きる辛さもなんでもないように思えた。



 ◇



 そんなやり取りを繰り返して、最近では、ヒューイも安心して寝られるようになり、トイレに行くにも、マクが付き添えば大丈夫なようになった、とのことが書かれていた。


「“最初叫んじゃってごめんなさい。けど、来てくれて、会えて本当に良かったです”、か。心温まる、いい話ですね」

「素晴らしい。冒険する勇気に、弱き者に手を差し伸べる優しさ。私たちが伝えたかった、ゼムナスのフレウルス紳士としての心構えを幼いながらも受け取ってくれたとは」


 ティムとエルン氏が手紙を読みながらうなずきあう。

 まあ、いろいろトラブルはあったけどゼムナス愛好家の人たちの思いはマクたちには十分に伝わったので万事めでたしだ。

 そう、それで終わればいいのだが。


「これは、子どもたちの期待に応えた方がいいのではないか?」

「そうですね。ヒューイ君が毎晩待っててくれてるなら、期待に応えてまたこっそりうかがうというのは……」

「やめろ」

「やめてください」


 またやる気が暴走しそうな大人二人に対して、俺とミアが指摘を入れた。

 見栄だとか、フレウルス紳士の在り方がどうだかとか知らないが、少しは後始末をすることになったこちらの気持ちを汲んでほしい。

 ボーン、と重々しい音を響かせる柱時計の音を聞きつつ、ヒューイを励ましたマクの方がよっぽど立派だと思ってしまう、そんな午後3時のひとときであった。

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午前三時の小さな冒険~贈与士ミアの贈与録(ギフト・ブローシュア)~ 螢音 芳 @kene-kao

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