第5話 仕掛けの裏側で

 孤児院に侵入した強盗騒動は、ゼムナスの手紙によって真相が明らかとなったことで落ち着きを見せた。

 警察も事情も明らかとなったことで、捜査も終了となり、機工絵本については、正式に贈与ギルドが受け取り管理することとなった。

 元々贈与ギルドの警備については高価な品物も取り扱っていることもあって、独自に警備員を配置しているので安全だろう。

 機工絵本はメインホールの方に飾られることとなり、ギルドを訪れた子どもに大人気となった。

 ちなみに、孤児院に代わりに届けられた絵本は、女の子向けだったこともあって、時折ギルドの方に孤児院の子どもたちが訪ねてきては、機工絵本で遊ぶよう様子が見られるようになった。

 価値がわかるだけにギルド長は壊れたりしないか、と心配していたが。


 ある日の午後、機工絵本を眺める子どもたちの様子を眺めながら、俺はミアに話しかけた。


「結構な頻度であの絵本、眺めていく人多いですけど、メンテナンスとか大丈夫ですかね?」

「まあ、大丈夫なんじゃないですか? ねえ、ティムさん」


 また時計塔の修理に来ていたのか、通りがかったティムに何気ない風を装ってミアが声をかける。すると、ティムが担いでいたはしごを取り落としそうになった。


「な、どうしたんですか、ミアさん」

「いや、何か機械的なものに関しては、故障してもティムさんがいれば安心だな、と思いまして」

「そこまで僕は万能じゃないですよ、やだなあ」


 あはは、とから笑いするティムだが、明らかに胡散臭さが漂っている。


「というか、あの本作ったの、ティムだろ? 最後の時計塔の決闘シーンなんて、まんまこのギルドの時計塔の造りにそっくりだし」

「わ、わ、レガロ、声でかいよぉ!」


 慌ててティムが俺の口をふさぎにかかる。そう言うティムの方が声がデカいんだが。


「にぎやかで仲の良いことだね」


 そこへ、やや憔悴した表情のエルン氏が俺たちに声をかけてきた。


「よかったエルンさんも来てくださったんですね」

「ミア嬢の呼び出しとあれば馳せ参じないわけにはいかないさ。お茶の誘いとか、心躍る内容だったらどんなに良かったか……」

「私も快い理由でお誘いしたかったところですけど、そうならなかった理由を、むしろお二人、いやこの件に関わった“ゼムナス”さん達に反省していただきたいですね」


 穏やかながらも威圧を込めてミアがエルン氏に笑みを浮かべると、エルン氏とティムが縮みあがった。


 今回の孤児院の強盗騒動の真相はというと数か月ほど前にさかのぼる。

 もともとエルン氏は慈善活動に積極的で、とある趣味から意気投合した仲間と共に孤児院などに金銭を寄付する活動をしていた。

 ある時、金銭の寄付では施設の運営の助けになっても、子どもたちへの直接的な支援にはつながらないと気づいたエルン氏は、どうしたものかとミアに意見を求めた。

 そこで、ミアは子どもたちが直接楽しめるようなものを贈られてはいかがだろうか、と提案した。おもちゃとかでは自分のものが欲しくなってしまうので、みんなで楽しめるような仕掛け絵本はどうだろうか、と。

 それを聞いていい考えだと思ったエルン氏は、とある趣味、英傑ゼムナスの熱烈ファンである仲間に話を持ちかけた。仲間も、喜んで仕掛け絵本を贈る案に賛同し、せっかく贈るのであればゼムナスに関する絵本を贈ろうと計画が立ち上がった。

 義賊にあこがれるだけに、彼らの熱意は高く、慈善活動に積極的なだけに行動力もすさまじい。趣味の仲間で持ち寄られたアイディアはどんどん膨らみ、単なる仕掛け絵本から機工絵本へ、人気音楽家が手掛けた曲に、人気画家が下絵を描いて、売れっ子の詩人と小説家が構成を考え……。

 ゼムナス、という共通の夢でつながった大人が本気を出した結果、あの恐ろしく完成度の高い機工絵本が生まれてしまった、という次第であった。


「いや、まさかそれがあそこまで話題になるとは思わなかったんだよね」

「うむ、それだけ我らの情熱による力が凄まじいものだったということだな。かくも素晴らしい作品ができるとは」

「あの本の出来については確かにすごいですが、悪ノリの産物であることを美化しないでください」


 ティムに相槌をうつエルン氏の言葉に呆れてミアが頭をがっくりと下げる。まったくもって同感である。


「悪ノリとは失礼な。夢を見るのが子どもの特権なら、夢を与えるのが大人の特権だ。それに、フレウルスの紳士たるもの、信念のために持てる力を尽くしてこそほまれというものだ」

「ええ、確かに子どもに夢を与えたいという思いは素晴らしいですし、全力で取り組む意気込みは尊敬します。が、結果、子どもを怖がらせてどうするんですか。下手したら、トラウマを持つ子どもが増えるだけでなく、実際に被害が出てたかもしれないんですよ?」

「うむ。そ、それはなあ……」

「は、反省してます」

「おまけに、鍵師な英雄っていうのもどうかと思うし」

「レガロ、それは言わないでよ。僕がゼムナス役なんて恐れ多いし」


 ティムが情けない顔で、後ろ頭をかく。その腕は細身ながらも引き締まっていて、マクの話していたことがあながち嘘じゃなかったのだな、とこっそりと思う。

 好事家に狙われ、かつ強引な方法で孤児院に押し入ろうとしていることを知った、ゼムナス愛好家たちは、さすがにまずい、と気づき孤児院から本を回収することにした。


「ただ回収するにしても僕たちが直接名乗り出たら夢がないし」


 強引な方法取る輩がいるときに、そこを考えている場合じゃないと思う。


「怪傑ゼムナスと名乗るからには夜に紛れて、さりげなくエレガントに回収するのが筋というものだろう」


 そんなのは筋でもなんでもなく、単なる見栄でしかないと思う。


「「だから、忍び込むのが一番だと……」」

「一番じゃねえよ! 結論に至るまでの理論がおかしすぎるだろ!」


 耐えかねて思わず敬語を忘れて指摘を入れてしまった。

 というより、そこまで誰もおかしいと気づく人物はいなかったのだろうか。


「あの本を勢いで作っちゃう人たちですよ? 誰も止めなかったんでしょうね」


 俺の思考を読んで、師匠がなんとも言えない表情で呟く。ああ、なるほど、と妙に納得してつつも、それでいいのだろうかと思ってしまう。


 そんな暴走思考で、愛好家たちの中から優秀な技師であるティムが侵入役として選ばれ、孤児院に忍び込んだ。そこで、たまたま起きていたマクに出くわしてしまい、叫ばれ、慌てて逃げ出したのだった。

 回収できなかったティムは、翌日エルン氏に相談した。贈与ギルドであれば匿名で荷物を送ることができるので、代わりの本と共に本を手放すよう勧める手紙を添えて送ることを思いつき、贈与士ギルドを訪ねることにした。そこで、手続き待ちをしていたエルン氏にミアと俺が出くわした、というわけだ。


「まさか、即気づかれるとは思わなかった。さすがミア嬢は慧眼だ」

「嬉しい言葉ですけど、偶然エルンさんと会えたこと、そのあとティムさんが現れたことから怪しいと思ったんですよね。ティムさん、あまり自分から声をかけたりするのは苦手なはずでしたから」


 そのあと、メリダから話を聞き、配送部門のカウンターに置かれた小包を見てピンときたミアは、夜に孤児院を訪ねると約束した後で小包を持ってエルン氏の自宅へ向かい、問い詰めたら、白状したというわけだった。


「怖がっている子がいるって聞いてさすがにトラウマになっちゃうからまずいと思って一芝居うったけど、良かったのかな……」


 自信なさげに、あの夜、本と手紙を置きに来たティムが話す。


「大丈夫だと思うぞ、マクの奴なら、強盗と会ったわけじゃなくて、運良くゼムナスに会えたって思えたみたいだったからな」

「ええ、それに、マク君や孤児院の子からこんなお手紙が届いたので、お二人経由でゼムナスさんたちに読んでもらいたいと思いまして」


 そう話すと、ミアはエルン氏とティムに封筒を渡した。そこには、不器用だけど元気いっぱいな、書いた子の人柄がわかる字で綴られた手紙がしたためられていた。

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