第4話 真夜中のお茶会
メリダを説き伏せた後、ミアと俺はギルドで所用を済ませた後、こちらに向かうために下宿先に戻るなどあちこち行って準備を整えてから、孤児院へと向かった。
すっかり時刻は遅くなり孤児院に着いた頃には、もう日付が変わる時間になってしまっていた。子どもたちを起こさないような配慮なのか、孤児院の中は、わずかな明かりしかついていない。
あまり大きな音を立てすぎないようミアが慎重にドアをノックすると、すぐに開かれた。
「ミアさん、本当にいらっしゃってくださったんですね」
「こんばんは、メリダさん。そりゃあ、言いだした張本人ですから。それに、お茶会をする以上、ちゃんとお茶菓子ももってきましたよ」
ミアが無邪気な表情で蓋付きのバスケットを示した。
お菓子と聞いて、メリダの陰からひょっこりとマクが顔をのぞかせる。
もしかしたら、疲れて寝てしまったんじゃないかと思っていたのだが、起きていたようだ。
「ちゃんと起きてたんだな」
「当たり前だろ……今日もアイツが来るかもしれないし」
そう強がっているものの、やや足が震えている。言おうかと思ったら、ミアから腕をがっしりと掴まれて口を止めた。
メリダに招き入れられて、ダイニングルームに入る。
孤児院なのでもっと雑然としているかと思ったが、おもちゃや本が整理されていた。ただ、明かりはほとんど消されていて、テーブルの上に置かれたランプにわずかな明かりがついているのみだ。
「すみません、この時間は子どもたちが寝ている時間なのであまり起こしたくなくて」
「いいですよ、構いません。むしろ、このぐらいの暗さの方がワクワクしてきませんか?」
能天気とも思える言葉を話しながら、さっそく師匠はバスケットからお菓子を取り出していく。
中身は、ミアと俺が下宿しているアパートメントの1階にあるパティスリーで焼いてもらったスコーンとクッキーだ。丁寧にジャムやクリーム、お茶をいれられるよう茶葉まで用意しているという周到さである。
「一度やってみたかったんですよね。真夜中にお茶会って」
「……この時間に食べて、ドレス着るときに後悔するようなことにならないといいけど」
「レガロ君、なにか言いましたか?」
ぼそりと予感をつぶやくと、ミアから笑顔で威圧され、即座になんでもないです、と返した。
「すいません、なんかこちらの事情に巻き込んでしまったのに、お菓子まで……」
「いいんですよ。それに、さっきも言ったように私がやってみたかっただけですから」
本当にうれしそうなミアの表情に、それなら、とメリダも遠慮がちな態度を軟化させた。
さっそくお茶をいれ、お菓子をはさみながら話に興じていく。とは言っても話しているのはミアとメリダで、マクはお菓子をつまむだけ、俺は甘いものは得意ではないのでお茶を飲むだけだ。
子どもたちを起こさないよう、ひそひそとした静かなお茶会ではあるが、それはそれで真夜中の静かな空気を崩さず、味わいのあるひとときが流れていく。
ふと、マクが窓の外を見る。
「どうしたんだ?」
「窓の外、明かりがついてないと思ったんだけど、さっきから揺れてる光があるな、と思って」
ややびくびくとしながらマクが話す内容に、俺は合点がいった。
「巡回している警察隊の明かりだな」
「え? こんな夜遅くに?」
「夜遅くだからだよ」
「十年前まで戦時中だったのもありますけど、それに乗じて人さらいや強盗が多発してましたから。それを問題視した現王家と公爵家が警察の体制を整備して、夜警の人員を増やしたんです」
俺の端的すぎる言葉に対して、ミアが補足してくれた。
「確かに、私が幼かったころには、こういった夜警の人たちは見なかった気がします。たいてい軍に人員を割かれて、それも王都の門の見張りとか要所にしかいなかった印象です」
思い出すようにメリダが話すと、その表情を曇らせた。
「この体制が地方でも整っていたら、ヒューイも悲しい目にあうことはなかったのに……」
「ヒューイ? もしかして、ここの孤児院の子ですか?」
ミアが問いかけると、メリダがうなずいた。
「一か月前にやってきた地方の商家の子です。夜中に強盗に襲われて、その際に両親を失い、こちらにやってきました。今でも襲われた時間、午前3時になると恐怖を思い出すのか、起きてしまうんです」
「それは、痛ましい……」
「失った悲しみは、すぐに立ち直る、というのは難しいとは思います。が、いずれ時間が解決してくれるでしょう。ただ、少々問題なのが、トイレを我慢してしまう癖がついてしまって、それが原因で熱と腹痛を起こして寝込んでしまったこともあるんです」
メリダの話を聴きながら、マクも何か思うところがあるのか険しい表情を浮かべている。
「もしかして、強盗、と心配なされたのはその辺の背景もあったからですか?」
「はい。せっかく助かった命なのに、同じようなことを起こしたくない。そう思ったからなんです。贈っていただけた方にはたいへん申し訳ないお話なのですが……」
「いえいえ、そういう事情があるなら、きっとわかっていただけますよ。そのゼムナスさんも」
そういうと、ミアが確信をもつようにほほえんだ。
「ただ、犯人は本当に今日、来るのでしょうか?」
「まあ、来るかもしれないし、来ないかもしれませんね。一応警官にも声をかけていますし、それに万が一の時にはレガロ君がいますから」
「レガロ君って何か心得が?」
驚いてメリダが俺のことを見る。許可を得るように一度ミアの方を見て、うなずいたのを確認すると、俺は軽く指をパチリと鳴らした。
すると、ランプの中で揺らめいていた炎がふっと消えた。もう一度、パチリと鳴らすと炎が再度ランプの中で灯る。
手品のような出来事にマクが目を輝かせるそばで、メリダが俺のやったことを理解して感心したようにうなずく。
「魔導、ですか……。魔導が盛んな湖の国、ミスティスの人が戦時中に亡命を希望して入国したという話は聞いていましたが、見るのは初めてです」
「今のは簡易な技ですが、強盗一人であればどうにかできるだけのものも使えます」
自慢ではないが、実際、そこら辺のごろつき程度であれば最低限の負傷で捕縛することもできるし、被害を考慮しないのであれば、元軍人であっても対応できると自負している。
だからでこそ、贈与士見習いとしてだけでなく護衛としてミアについているのだ。
「事件があった日の夜って不安じゃないですか? 子どもたちを抱えている状況だとなおのこと。今日来ないかもしれないですけど、それでも安心につながればいいなって思ったので、強引かとは思ったんですけど、提案させていただきました」
押しかけちゃってすいません、とミアが頭を下げると、いえいえ、とメリダが首を振り、はにかみながらありがとうございます、と頭を下げた。
◇
お菓子も食べ終えて話の種も尽きかけた頃、午前3時に差し掛かろうとしていた。
さすがにマクも眠くなってきたのか、船をこぎはじめている。
「眠たいのなら、上で寝てきていいんだぞ」
俺が声をかけると、マクがはっとした表情になって居住まいをただす。
「いい、起きてる。誰かは知らないけど、昨日入ってきた奴と同じ奴が来たら、言ってやるんだ。ここにはお前らの欲しいものなんてもうないんだぞって、だから帰れって」
「そうかい」
勇ましい言葉に俺が苦笑すると、隣で聞いてたミアも微笑んだ。
「この時間帯に頑張って起きていられるってだけでもえらいですよね。マク君にとってはそれだけで冒険なのかもしれないですね」
「そういうもんですか?」
冒険ってもっとどこか見知らぬ土地に行くとか、壮大なものを思い浮かべそうなものだが。
「冒険って、日常から一歩ずれたことを踏み出すだけでも十分当てはまると思いますよ?」
「それにしても、夜更かしを冒険と言うには小さすぎる気がしますが」
「小さなことでも冒険は冒険。そういう積み重ねから怖さを克服して新たな発見をしていくものです。未知の場所にしても、未知の食べ物にしても。夜にトイレに行けるようになることだってそういった意味では同じです」
「ミアさん、のおっしゃってること、私わかる気がします。一度夜更かししてから、怖くなくなったんですよね」
メリダが言うと、マクが驚いた表情でメリダのことを見る。
「姉ちゃんも夜にトイレ行くが怖いことがあったの?」
「あるわよ、そのくらい。お母さんに付き添ってもらってよく行ってたけど、一度本を夜通し読みたくて夜更かししてから意外と夜は何でもないってわかって、それからはトイレも一人で行けるようになったかな」
「へえ……」
マクは目からうろこが落ちたような目でメリダのことを見た。
少しずつ冒険して怖さを克服する、か……。
ミアとメリダが、他にもこんなことが、と話していくなか、物思いにふける。
ぎっ。
不意に木製の扉がきしむ音が響いた。
はっとしたメリダが顔をあげると、しっとミアが口元に人差し指を立てた。
そっと気配を押し殺しつつ、俺は扉の近くへと移動し、すぐに動けるよう体勢を整える。
マクが緊張してこわばった表情を浮かべるなか、メリダが震える手でマクを抱きかかえて抑える。
外で何か、カタカタと中の様子をうかがう気配を感じるが、まだ俺は動かない。
中に入ってくるか、警戒した空気のまま1分程度経過したころ。
ごと、と重い音が響くと、たったったっ、と石畳を踏む軽快な足音が響き、気配は遠ざかっていった。
「去った、のでしょうか?」
「まだわかりません、レガロ君、外を」
そっと扉を開けて外を確認するが、静寂に包まれた夜の街が広がっているだけで付近に人がいるような様子はない。ふと、足元を見ると、手紙つきの小包が置かれていた。
「師匠、辺りに人の気配はなかったです。ただ、代わりにこれが」
小包をテーブルの上まで持ってくると、添えられていた手紙の方を見て何かに気づいたメリダが手に取った。
「この字、機工絵本を寄付してくださった方と同じ筆跡です」
「ということは、件のゼムナスさん、というわけですか」
おそるおそるメリダが手紙を開くと、そこには流麗な筆記体で以下の内容が書かれていた。
『親愛なる小さな紳士、淑女および華憐なるレディへ。
以前、贈らせていただいた書物は気に入っていただけただろうか?
知り合いの機工技師に作ってもらい、会心の出来映えで私も自信を持って贈らせていただいたが、いささか熱意がこもりすぎてしまったようだ。
よくない輩が汚い手を用いてまで手に入れようとしているとのうわさを耳にした。平穏なる居場所を乱す心づもりは私の本意ではない。
そこで、昨晩、こっそり以前贈らせていただいた絵本を回収し、代わりの物を届けさせてもらおうとしたのだが、どうやら私の配慮が足らず、勇敢なる小さな紳士を脅かしてしまったようだ』
小さな紳士、と聞いてマクがぴくり、と反応する。この手紙の主が、昨晩マクが遭遇したことを話しているのは確かだった。
『こっそり侵入しようとしたことが良くなかったことには違いない。だが、先ほども書いたとおり、平穏な場所を脅かすつもりも、君たちから何かを奪うなんてつもりは毛頭なかったんだ。それだけは信じてほしい。どうにかできないものか、と思ったところ、すでに賢いレディが贈与ギルドに本を寄贈してくれたと聞いて安心した。
それで、今晩はささやかながら、代わりの本のみ贈らせてもらうことにした。
今後は、このような奇をてらう方法ではなく、ささやかなものにさせていただこうと思う。どうか、今後もこの場所が子どもたちにとって安らかな場所であることを願っている。
それでは、今回はこれにて失礼』
「怪傑ゼムナスより……」
手紙を読み上げると、メリダが小包を開くと中には機工式ではない、紙製の仕掛け絵本が入っていた。
妖精を題材にしたもので、森林の絵や妖精が丁寧に描かれたものである。
「これも作りが非常に良いですが、特注ものではなくて、印刷技術を活用してものですね。最近、流行の型で、比較的安価に入手できるものです」
ミアが絵本を検分しながら話す。
「ミアさん、手紙の内容が本当だとしたら、昨日マクが出くわしたのは?」
「この本を届けたゼムナス氏、とみていいんじゃないでしょうか? 侵入しようとした理由も辻褄があってますし。もしかしたら、昨日出くわしたことで、申し訳なく思ったゼムナスさんが怖くないって伝えたくて、今晩いらっしゃってくださったのかもしれないですね」
本の背表紙をなでながら、ミアがマクに微笑みかけると、マクの顔が真っ赤になった。
「なーに、照れてんだか」
「そんなんじゃないやい!」
「それにしてもすごいじゃん。マクはゼムナスに会ったってことだろ? 俺も会ったことないのに。会ってみたかったなあ、残念」
悔しそうに言うと、マクがはっと気づいた後で、へへ、と笑った。
「かっこよかったよ、外套を被ってたけど、細身でひきしまってて、黒豹のような体って本のままだった」
「ほぉー」
本当は怖くてしっかり見るひまもなかっただろうに。
そうは思いつつも、昨日の恐怖の体験がヒーローとの邂逅に変わり、嬉しそうに話し始めたマクを見て、まあいいか、と俺は思うことにした。
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