第65話:決断
リオンはそれからさらに数日を、隠れ里で過ごした。
戦いの気配はなく、エジルの農作業を手伝うことが多かった。麦を刈り、他の畑を耕す。夕方には、こどもたちと追いかけっこをして戯れるセイラの姿を眺めた。こどもたちは、リオンも加わるように、何度も誘った。しかしリオンは、頑なにそれを断っていた。
かつてないほど穏やかな気持ちで、リオンは日々を過ごす。しかし、心の片隅では、常に居心地の悪さを感じていた。この穏やかな時間は自分が享受していいものではない。そんな思いが、いつまでの消えなかった。
そんな日々が続いたある日の夕方、リオンははじめて自分から、セイラを伴ってマナの小屋を訪ねた。
マナはこの隠れ里ではそれなりに重要な地位にいるはずだが、その小屋は質素なものだった。最低限の調度品が揃っており、小屋を装飾するものはない。小屋の中に、槍は見当たらなかった。マナは丸腰で二人を迎え入れた。
机を挟んで座り、リオンとマナは対峙する。
「頼みがある。黒剣と名簿を返して欲しい」
リオンが話を切り出す。
剣とタリル旅団の名簿は、ここへ来た時に、没収されていた。いまはどこに置いてあるのかもリオンは知らなかった。
「それからどうする。帝国へ戻って、また兵として暮らすつもりか」
「そうじゃない。ただ、帝国で暮らす人々に、真実を知って欲しい。それが、山岳の人々のためにもなると思う」
リオンの言葉を聞いて、マナは興味深そうにする。
マナが何も言い返さないのを見て、リオンは言葉を続ける。
「タリル旅団兵も、市民も、なにも知らずに過ごしている。彼らは真実を知り、それぞれの選択をするべきだ」
「帝国に反旗を翻し、私たちに味方をしてくれる者たちがいると? それで帝国を倒せるとでも言うのか?」
「それはわからない。そうしたいとも思っていない。帝国が倒れれば、多くの善良な市民まで犠牲になってしまう。それは望んでいない」
「しかし、帝国の人々が真実を知れば、国は乱れるだろう。それは、結局、市民の犠牲になるのではないか?」
「それは……確かに避けられないのかもしれない。しかし、市民も、自分たちの生活がどんな犠牲の上になりたっているのか、知るべきだ。それが、彼らにとって最低限の責任だ」
「よくわからんな。真実を明らかにして、それでどういう世の中にしたいのか。お前の求めるものがわからない」
「なにも知らずに人々を殺す兵も、そうやって殺される人々も、もうこれ以上増やしたくないんだ。皆が真実を知って、自分の頭で考え、その後の行動を決めて欲しい。世の中がどうなるかを決めるのは俺ではない。真実を知った人々だ」
それが、リオンが数日間考え抜いて、たどり着いた一つの結論だった。
イスタニア戦記 -黒影の魔法剣士と白銀の女軍師- 梅木学 @umekimanabu
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