初夏とシイナとオナラ
舞島由宇二
気が抜ける、そして救われる。
夜である。
今僕は公園にいる。
公園でうんこ座りをしている。
夜の公園は静かだ。
水の香りを含んだ風が吹いている。
気持ちが良い。
きっとこれは木々の呼吸だ。
木々の呼気の湿潤だ。
僕は、その香りを思う存分吸い込み、心の渇きを潤すのだ。
などと思い目を瞑っている――と、
ぴぷー
と、気の抜けた音がした。
明らかにおならである。
「お、お、おならではないよ。」
間髪入れず、隣に座るシイナがそう言った。
「じゃあ、今のはなんだよ。」
「な、鳴き声だよ。しょ、初夏の。」
「……うわ、くさっ。最悪だ、あっちいけよシイナ。」
「な、な、なんで私があっちに行くんだよ。な、鳴き声だよ、初夏の。」
「それさっき聞いたよ、女子としてどうなんだよ、臭いの発生源、あっち行けよ、……わっ、くさっ。」
「……も、もうそこまで夏本番が来ているんだね。へへへ」
なにがおかしいのか。シイナはそう言って笑った。
シイナの笑顔を見ていると気が抜ける。それは屁の音と同様に。
「……あっ待って、もう一回、で、出るよ、待ってて。」
「おい、いい加減にしろよ。あっちでしろよ。」
「なんでさなんでさ、近くにいないと聞こえないよ。」
「……まだくせえよ。この匂いも初夏かよ、とんでもねえ季節だな。」
「……ふ、ふんっだ。」
と唇をとんがらせるシイナだが、やはり場所は移動してくれない。
依然として隣に座り続ける。
ぴぷーなどという間抜けな音が初夏の鳴き声であるわけがなく間違いなくシイナの放屁であるが、今の季節が初夏であることは事実である。
僕はこの季節が好きだ。
春は終わりを迎え、夏の入り口に立つ、この季節。
本番ではない、夏の前日。
いつまでも前日のままであってほしい、とそう思う。
まだ猶予は残されている、そう思い続けたい、だからこうしてシイナと夜の中に身を置いている。
しかし、それも時間の問題だ。夏はどうせやってくるし、いずれ空は青みを帯びる。
「……あっ、ねえ、耳澄まして、もう一回聞こえるから鳴き声……。」
シイナは横で屁をこく準備をしている。
何故か僕も言われるままに耳を澄ましてしまう。
呆れるほどに無駄な時間。それはもう、ほんと笑ってしまうくらいに。
しかしこれが抵抗なのだ。夏の入り口で出来る唯一の抵抗。
できるだけ時間を引き伸ばすように、非生産的に笑うのだ。
僕は猶予の中に全身を浸す、
「あ、キタキタ、出る!」
ピプー
気の抜けた音がした。
それは初夏の鳴き声だ。
今だけは、そう思うことにした。
初夏とシイナとオナラ 舞島由宇二 @yu-maijima
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