第50話 助言と革新の女

「お帰りなさいませ。アイネ様」

「ただいま。遅くなってごめんね」

「とんでもございません」


 アイネが全ての予定を終えて屋敷に戻ってくる頃には。もう日付の変わりそうな深夜だった。出迎えには、ラットリンとゼフュール、そしてフィシアが居た。


「ミーリとミューは寝ちゃった?」

「ミーリは湯浴みの準備を。ミューは……申し訳ありません」

「良いわよ。あの子はまだ子供だし。じゃあお風呂をいただくわ」

「かしこまりました。あの、それと実は」

「なあに?」


 ゼフュールが言葉を濁しながら報告する。


「お客様が、来てしまっています……」

「……へっ?」

「いっ。今、浴室に。『先に入っているわ』との、ことで……」

「…………」


 申し訳なさそうにするゼフュール。アイネはラットリンを見たが、柔和な表情は崩れない。フィシアは、やれやれと言った視線で肩を竦めた。それで、アイネは察した。


「……分かったわ。貴方達じゃ手に追えない『お客様』なのね」

「申し訳ございません」


——


「遅いじゃないか。逆上せてしまう所だったぞ」

「いやあ、良い湯加減ねえ。ミーリさんと仰るのよね。ウチに来ませんか?」


 浴場へ向かうと。

 確かに溜め息が出るなと、アイネは思った。


「何をしてるんですか。ソラ陛下。それにユーイも」

「僕をソラのついでみたいに言うなよアイネ。こっちは妖精の棟梁の妻だぞ」

「あはは。遊びに来たんですよ。ワープがあるし、ね?」

「はぁ……」


 アクシア女王ソラと、ラウムの子孫ユーイ。また変な組み合わせのふたりだなと溜め息を吐いて、湯船に入る。

 そこで、ミーリが側に来た。


「申し訳ありませんアイネ様。私達にはどうすることもできず」

「これは仕方ないわミーリ」


 住居侵入。犯罪である。しかし、アイネにとってこのふたりのことを考えると。

 イタズラの域を出てくれないのだ。特にソラは『無邪気』なのだから。


「うまく、やっているようですね」

「…………まあ、そうですね」


 アイネの向かいに、ソラが座る。アイネの指示で、ミーリはそのままアイネの頭を洗い始めた。


「リンナの件について、お訊ねしても?」

「はい。そうですね。彼女は自分を、別人だと思い込んでしまっていました。『精神隔世遺伝』では希に見られる症状です。それは、私達は賢者と呼びません。『カンチガイヤロー』ですね」

「……それどころか、私達にだけ、助言と魔剣をくださいましたね」

「あれは餞別ですよ。それに、ガルデニアが滅んでは私達も困りますし。『最も犠牲の少ない選択肢』を取っただけです」

「……分かっていたのですか。全て」

「どうでしょうね」


 アイネが、自分の地位と能力に傲らない理由はここにある。常に、自分より『格上の存在』が居るのだ。

 まるでソラには、本当に全て見えているようだ。アイネのように限定的ではなく、世界の全てが。


「おいおい『アビス』と『テラ』だけで話を進めるなよ。『ラウム』も交ぜろ」

「ユーイさん。別に仲間外れにはしていませんよ」


 ユーイも浴槽へ飛び込んでくる。この浴槽は広い。少女3人が向かい合って足を伸ばしても着かないほどだ。

 ざばんと、ミーリがアイネの髪を流す。


「ユーイは、アビスを憎んでいるのでは?」

「そりゃあ当然ね。だけど、ソラ個人が誰を殺した訳でも無いだろ。この女は究極の平和主義者だ。アビスのトップにはずっと着いて貰わないとな」

「はい。勿論、平和を第一に考えていますよ」

「それに、僕の夫の祖母がアクシアに世話になっていたし。今のアビスを否定はできない」

「バルト陛下は?」

「あのな。君達大陸の連中は『テラ』だと、君が言ったんじゃないか。それによくよく辿ってみれば、『グイード家』は本当に、元々はテラだ」

「そうなの?」


 ユーイの言葉に驚いて、ソラを見る。思わず敬語を外してしまったが、お互いに気にしない。


「ええ。『義堂家』は元々テラで、ある時アビスの精神を取り込んで半分アビスとなりました。だから、真にアビスの血を受け継いでいるのは、『星野家』だけです」

「……名前は、どちらも確かにテラっぽいですが」

「この惑星に来たアビスの王が妻としたのが、星野の娘でした。それからです」

「…………」


 太古の話は、あれから何度か聞いている。ソラからも、ユーイからも。


「アクシアは元々ラウムの島でしたよね。どうして、ホシノが統治を?」

「もぬけの殻だったので再利用ですよ。その頃は既にラウムは妖精と名乗っていて、アウローラに執着していなかった。私の、5世代前のことですが」

「妖精は流浪の民となると決めたんだ。定住すれば土地に執着してしまう。大切なのは『生きること』だからな」

「まあ、とにかく」


 ばしゃりと。ソラが浴槽から出た。10代の、卵のような綺麗な肌がふたりの視界を覆う。


「今のガルデニアなら、協力をしたいと思うのです。以前アイネさんが持ち掛けてきた『協定』を、結ぼうと思いまして」

「えっ!」


 アイネはビックリしてしまった。


「僕らもだ。夫を説得するのが大変だったがな。妖精一族も、君達に手を貸そう」

「!」

「ユーイさん、いちいち『夫』を強調しますねえ」

「ふん。君達はまだ独身らしいな。ダサいぞ」

「むかっ。戦争しますか?」

「僕らに勝てるものか」

「わーちょっと。私の屋敷で戦争しないでください。しかも下らない理由で」

「「くだらなくないっ!」」


 もう深夜だぞ。いい加減寝かせろ。暇な貴女達と違って明日も仕事なんだよ。

 アイネはそう思った。


——


——


「アイネ様! メルティス帝国が宣誓布告を!」

「参与殿! ベエヌ連合国からもです!」

「西方大陸の大国イバシマの艦隊が、ガルデニアに迫っています!」


 戦争は終わらない。


「被害は?」

「北では敵将の策略により、数万の戦死者が出たとの報告が!」

「申し上げますっ! コーム将軍、敗走! 敗走しましたっ!」


 人は死ぬ。


——


「おめでとうシュクス将軍! おめでとうベリンナリン姫!」

「ありがとう皆っ!」

「うふふ。幸せだわ」

「ああ。リンナ。綺麗だ」

「あら、そんなこと言えるようになったのね」

「当然だろ! 今日から俺の奥さんなんだぞ!」

「……嬉しいっ」


 だが。

 人は、生まれてくるのだ。


「ねえ、この子の名前、どうする?」

「そりゃ、勇敢な戦士になって貰わないと困るからな。うーん」


——


「おーい、アイネっち!」

「シャルナさん。お仕事は」

「サボりだ! なあ飯くおーぜ」

「いや、仕事してください。命の霊薬はどうなりましたか?」

「あー。シュクスが連れてきた変なジジイが沢山持ってた。作り方も教えて貰ったからな。世界中で医療革命起きるぞ」

「!?」

「なー良いだろ。奢ってやるからよー。さんよどのー」

「その呼び方しないでください。シャルナさんは」

「えー?」


 サイコロのようにコロコロと状況は変わり。風のように時代は流れていく。


——


「あーあ。ふられちゃったなあ。あんな真っ赤になって、必死に拒絶しなくてもいーのに」

「アイネ様。ご結婚をお考えなら、良い男を紹介できますが」

「誰? どんな人?」

「仕事は間違えず、主人を裏切らない。戦闘能力もある——名を、ゼフュールと言うのですが」

「断っておいて」

「かしこまりましたっ」

「おい、良い声でかしこまるなラットリン!」

「あははっ!」

「あっ! アイネさまあっ!」


 彼女には、本当に見えていたのかもしれない。だが全ては偶然で、たまたま予想通りになったケースが立て続けに起きただけかもしれない。全てに根拠は無かったのだ。彼女と彼の、何か波長が合っていただけなのかもしれない。


——


「……兄上」

「デウリアスか。お前が俺を訪ねるのは珍しいな」

「うん。兄上と、レオン兄に会いに来たんだ」

「……お前の、その持っている戟」

「父上にお願いして貸して貰った」

「…………母上か」

「ねえ、魔剣に本当に意志があるなら。俺にも適合してくれるかな?」

「!」

「兄上。俺も、みんなの『祈り』が聞けるかな」

「…………ああ」


 彼女が世界の中心ではない。彼女の知らぬところで進む物語は山ほどある。


——


「——元気にしているかしら。アスラハさんのお仲間さん達は」

「僕らもこれから宇宙開発をするべきだな」

「どうして?」

「5000年前に、宇宙に散っていった仲間達を集めようじゃないか。『朝霧ほたる』はそれを望んでいる筈だ。『ミルコ・レイピア』や『カナタ・ギドー』。……当時計画に携わった宇宙飛行士達にも、もしかしたら会えるかもしれない」

「……それは、ロマンがありますね」


 この星は、地球と言う。

 だが、地球と言うには奇妙な歴史がありすぎた。


「まあまずは、自分の星のことで精一杯だがな。本当に、ガルデニアは惑星統一できると思うかい」

「少なくともアイネさんの任期が終わるまでは前進するでしょう。彼女が亡くなってからの世も……いずれ、彼女の意志を継ぐ子供が生まれてくるでしょう」

「精神隔世遺伝か」

「いいえ。そんなちゃちなものじゃなく。『思い』は。『祈り』は。誰かに届くためにあるのですから」


——


「参与殿!」

「アイネ殿!」

「ええ」

「参与殿! 報告では、若い男女と、幼い少女が戦場を駆けているとのこと! 軍服や甲冑は着ておらず、しかし非常に高い戦闘力だと!」

「……今度はそういうパターンの『主人公』ね。幼女守る系のやつか」


 『何か』の為に。『誰か』の為に。

 小さな肩に、重い重い『願い』を背負った少女は。


「だからって負けるわけにはいかない」


 決まってこう言うのだ。


——


「帝国は滅ぼさせない」

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帝国は滅ぼさせない。 弓チョコ @archerychocolate

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