世界

第49話 参与アイネ

 それから。


「——将軍!」

「ん」

「斥候から報告がありました!」

「そうか。……来たか。早馬を帝都へ出して、アイネへ伝えてくれ」

「はっ!」


 三度目の冬がやってきた。


「よう『将軍』。張り切ってるな」

「……エンリオさん」


 北の国境。近年力を増してきたメルティス帝国との紛争が絶えない地域。

 彼は今ここに居た。


「あんまり無茶するなよ。春に結婚式だろお前」

「……ああ。だから絶対、負けるわけにはいかない」

「ふっ」

「? 可笑しいこと言ったか?」

「いや……。なんだかんだ、帝国に馴染んできたなと思っただけだ」

「なんだよそれ。俺は一応リンデンの騎士だぜ。この国でも将軍級を持ってるのはアイネの計らいなだけだ」

「そういや、そのアイネは来てないのか。この防衛戦は重要だろう」

「……あいつは『忙しすぎる』からな」


 窓から、北の空を見る。今日は快晴だった。この様子だと、夜に積もった雪は昼には解けるかもしれない。


「失礼いたします! ——あっ! エンリオ将軍!?」

「ああ気にするな。なんだ?」

「はっ! 作戦会議と、『ゼント将軍』が呼んでおります! ——『シュクス将軍』」


 そう言われて、やや自嘲気味に笑った。確かに『将軍』と言われると、少し可笑しく感じてしまう。


「ああ分かった。すぐ行くよ」


 シュクスは、壁に立て掛けてあった風剣を手に。執務室から出ていった。


「エンリオさんも来てよ。どうせ暇してるから援軍に来てくれたんでしょ」

「それは良いが……」

「何?」

「……俺は昔、ゼントの首をはねたことあるからなあ。なんか気まずい」

「別に良いって。あいつは不死身だし。気にしないのが『アイネ流』だ」

「……そうか」


——


「参与殿! ベエヌからの返信が今朝届きました!」

「私の執務室に置いておいてください。夜までに読んでおきます。ご苦労様」

「アイネ殿! フラスタの労組が責任者の交替を訴えています!」

「その件は一度ラクサス殿に回してください。フラスタへは来月視察へ赴く予定ですのでその際に詳細を聞きますとお伝えください」

「参与殿! リンデンからの使者が到着されました!」

「その件は——」


 参与殿、と呼ばれている。国家顧問ではなんだかゴツすぎるし、長いからだと部下から言われたことがあるのだ。毎日、『男性の部下』『年上の部下』を相手にしている。仕方の無いことだが、アイネとしては肩が凝ってしまう。


「——今から向かいます。市長との食事会はキャンセルの連絡を。後日埋め合わせをするとお伝えください」

「かしこまりました!」


 一度に複数の案件を的確に素早くこなすのは必須だ。スケジュール管理と密な連絡。アイネの仕事量は以前の数倍に増えている。


「……忙しそうですね。アイネさん」

「セリアネ姫。よくお越しくださいました」


 だが。

 元々存在しない役職の為、やろうと思えばいくらでも休日を取れる。アイネはそのバランスをうまく取り、体調管理もきちんと行っていた。

 今日はリンデン領主セリアネとの対談——と言う名のランチだった。


「はい。これだけで良いの?」

「ええ。内容はお送りした書面通りですから。これでリンデンは、『帝国領』です」

「……ふふっ」


 対外的には、リンデンの降伏である。それを受諾し、協定を結び直す書類にリンデンの領印を押して。完了だ。帝国はリンデンを飲み込み、さらに領土を広げた。


「なんだか不思議。ウチが帝国になるなんて、想像もしていなかった」

「……領民の理解の方は得られそうですか?」


 セリアネは嬉しそうだった。そう。この3年で。

 帝国は、『寧ろ吸収されたい』と思われる国に変貌を遂げたのだ。


「大丈夫よ。選挙や集会の時にシュクスも来て説明してくれたし。まだ気持ちの整理が着いてない人も居るけど、少しずつ分かってくれると思うわ」

「ありがとうございます」

「ふふっ。じゃあ、後は政治の話しなんて置いておいて。普通にお食事できるわね」

「はい」


 大陸の慣習では当たり前とされてきた奴隷制の完全撤廃を、まず最初に行った。まともな雇用と給与を約束し、その通りにした。これは各将軍の強力な影響力によって早期に実現した。独裁政治はスピードが速い。『良き王の独裁』は改善が早いのだ。

 同時に戦争難民と元奴隷の受け入れを行った。食糧と経済力、土地に余裕のある帝国は、彼らを養えることができた。元々は高官や将軍など一部の上流階級が独占してきた富だ。それを使い、ガルデニア全土に今『インフラ』を整備しようとしている。つまりは街道や上下水道、交易行路を全土に張り巡らせる計画である。ワープは便利だがそれだけでは足りない。通常の流通も発展させていく必要がある。

 今、帝国に行けばいくらでも仕事があるのだ。そして給料も良く、休日もきちんとある。

 自ら望んで帝国へ渡る者も多い。人の流出を避けたい諸国、またワープなど帝国が独占している技術の恩恵に預かりたい諸国は、次々に帝国傘下に入ってくる。中にはリンデンのように国に吸収される所もある。

 大陸で一番広く大きなガルデニアが『改革』をすれば。その影響は大陸全土に及ぶ。誰も無視できない。そうやって流通も人も豊かになっていく帝国と、そもそも争おうという国は少なくなっていく。


「シュクス殿は、元気でしたか」

「そりゃあね。あの子風邪もかかったことないし。ずっとうるさいくらい元気よ」

「ふふっ」

「それに、来年は結婚もあるし。あっ。色々準備しなきゃ」

「まだ先の話ですが」

「駄目よ。なんたって『皇家』に入っちゃうんだから。私もしっかりしないと」

「……そうですね」


 未だ帝国と戦争をしているのは、北のメルティス帝国と南のベエヌ連合国だ。アイネからも何度もアプローチをしているが、反応は悪い。ここはもう割り切るしかないかとアイネも思っている。


「アイネさんは、結婚はなさらないの?」

「えっ」


 セリアネから不意の質問をされて。アイネはぎくりとした。

 冷や汗をかきながら、彼女のカップを持つ手を見る。

 薬指を。


「……私は、まだ大丈夫ですから」

「でももう適齢期でしょう? 確かシュクスと同い年だから……」

「そっ。それより。姫の方は順調ですか? ゼント殿は」

「……ええ。相変わらず毎日傷だらけで帰ってくるけど。そろそろ子を授かりたいのだけどね」

「っ!」


 意外というか、なんと言うか。ゼントはセリアネと結婚した。一度リンデンへ寄った時に色々あったらしい。姫の夫が帝国の将軍で、弟が帝国の王女と結婚するのだ。リンデンはもう殆どガルデニアに吸収されるしかなかったとも言える。


「騎士にするか帝国兵か。どうしようかと話し合っているのよ」

「……そうですか」


 大陸の慣習では。結婚適齢期は18~22くらいの認識である。平均寿命は50程度。この常識も、アイネの『知識』とは異なっている。


——


 セリアネとの対談を終えて。アイネは帰りのワープ装置に乗る。


「(……結婚、か。私もそろそろ考えるべきなのかな。いやでも……)」


 たとえ今、相手を探しても。そんな時間は無い。夫の相手をしている暇など、今のアイネには無い。


「(そもそも相手も居ないし、私と一緒になりたいって思う人も居ないだろうしなあ)」

「あれアイネ?」

「えっ」


 帝都のワープ装置は、1ヶ所に複数が集まっている。様々な所から、帝都に通じているのだ。

 アイネが帰ってきた装置の隣から、彼女の兄であるイサキが出てきたのだ。


「イサキ」

「なんだよアイネも今帰りか?」

「うん。イサキは?」

「明日議事堂で会議なんだよ。今日帝都入りして、準備するんだ」

「あ、そっか。イサキ今次長だもんね」

「そうそう。……なあ、久々に話さないか。飯は食ったか?」

「良いよ。まだ仕事あるから、夜は?」

「大丈夫だ。じゃあ広場でな」

「うん」


 彼は、リボネの市長補佐になっていた。市長である父ヘキスは彼に経験を積ませようと、いくつもの仕事を代理で行わせている。帝都に赴くことも多くなり、数ヶ月に一度はアイネとも会っている。


「ねえ、イサキは結婚しないの?」

「ぶっ! はあ?」


 夜。貴族街の外れにある高級ラストランへやってきた。イサキが見栄を張りがちなのだ。アイネはそれを微笑ましく思っているが。


「もう良い年じゃん。言い寄ってくる子も居るんじゃないの」

「……まあ、市長の息子だしな。けどなあ」

「なに?」

「…………いや。なんか、結婚はする気にならないんだよな」

「なんで?」

「う。……どうしたよ急に。そう言うお前はどうなんだよ」


 じっとイサキを見詰める。するとイサキは照れてしまうのだ。この兄妹は、血縁が無い。アイネが孤児で、拾われたのだ。彼から見れば、成長して20歳になったアイネは。


「……ねえ。じゃあ私とする?」

「は?」

「結婚」

「はぁっ!?」


 大変魅力的に映ってしまっている。

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