第48話 大任
「空いたふたつの『席』に、シュクスとゼントを」
「……あのなアイネ。それは流石に無理だ」
幹部会議にて。アイネが提案したのだ。
皇帝を暗殺しようとして、軍や王宮に被害を出したふたりの実行犯を。
将軍に据えようと。
「今。『七将軍』に穴が空いているのは危険です。ガルデニアの支配は強いとは言え、全く手出しができていない強国はいくつもあります」
「……それはそうだが」
「まず北のメルティス帝国。南東のホプリア。南のベエヌ連合国。そして——西方大陸からの海賊達。例えこの大陸を制覇しても、まだ敵は居るのです」
「だがよアイネっち。あたしも手放しに賛成はできねーぜ。あいつらはその『空席』を作った本人じゃねーか」
「だからですよ。前任のクーリハァやウィリアより『強い』ことが分かっています」
「忠誠の問題はどうする。それに、兵士は奴らの命令など聞かないぞ」
「シュクスには、リンデンから騎兵団を。ゼントには元反抗軍を与えれば解決します」
「いやだから……。そもそもそいつらは帝国の手先になんてなる訳が無いだろうに」
当然、揉めた。エンリオやシャルナからも否定される。だがそんなことは、アイネも分かっている。
「1ヶ月。私に下さいませんか」
「?」
「それで私は、まず『妖精』のふたりと協力関係を結び。次に彼らと一緒に、リンデンと元反抗軍を1年掛けて『説得』します」
「!」
帝国に協力しない理由は。
帝国を憎む理由は。
シュクスと同じだ。だから、アイネには見えていた。
それを取り除く用意があるからだ。
「同時に、ワープの使用を許可してください。行かなければならない場所、会って話さなければならない人、実際に視察して回らなければならないものが沢山あります」
「……何をするつもりだ」
「圧政の是正。雇用と給与の安定化。市民への還元。汚職の一掃。格差の是正と、奴隷制の廃止。これらを並行で進ませます。これらについては、20年ほどのスパンで考えています」
「……おいおいちょっと待てアイネ」
「はい」
エンリオやセモは、味方とは言え。国のことについてなんでもかんでも賛成する訳ではない。『たかが少女だ』『予言など紛い物だ』という偏見を持たないだけだ。
「お前について与えられている権限は『シュクスについて』だ。そもそも政治改革は論外だぞ。立場的にも軍師だろう」
「『シュクスが』将軍となり国境防衛をさせれば。その諸問題が早期に解決でき。かつ帝国の支配圏も広がると私は考えています」
「……アイネよ」
「はい。陛下」
勿論アイネも、具体的な策などはこれから考えるつもりだ。だがこれらを解決できなければ。シュクス達を仲間にすることはできない。もう、彼らとの戦いは終わったのだ。味方にすればどれほど頼もしいか。アイネはよく分かっている。
「此度の褒美を、まだ取らせて無かったな」
「はい」
「リボネの自治権と金貨では足りぬか」
「シュクスと、『約束』しました」
「?」
だが。
このまま放置すれば。今度こそ帝国は滅びの一途を辿る。そんな『予感』は、まだ消えていない。
「この国を『良くする』と。ティスカやフェルシナのように。悲しみと怒りを、減らせるように。私はこれから軍師を辞職して、政界に入るつもりで居ます」
「!」
シュクスが。反抗軍がどのような動機で攻めてきたのかは、既に全員に知れ渡っている。だからと言って、何も変わらない。奴らは敵で、戦うならば殺すだけ。それで終わりだ。普通は。
「半年前にも言いましたが。このままでは帝国は滅びます。あの、反抗軍のような反乱が。いずれあちこちで起こるでしょう。事実、フラスタでは将軍の敗北を期に奴隷が暴れ出しました。それを、誰も抑えられないで居ました」
「……!」
「内部崩壊は、大きな隙を見せてしまいます。今回のように」
「!」
帝国は依然『帝国』だ。帝政である限りある程度は仕方ない部分もあるが。
「だからと言って多方に手を伸ばして。お前は、帝国を支配するつもりか」
「いいえ。私は常に『帝国の恒久的繁栄』を考えているだけです」
変えれば良い。制度も何も。
生まれ育った場所が無くならないように。『良い国』に。
そうすれば。今度からはあの厄介な『主人公』が。
味方をしてくれるようになる。
「陛下。褒美を私が選んで良いのなら。政経軍事を問わない『助言権』を、私にお与えください」
「……皆、お前の言いなりになれと?」
「いいえ。判断はお任せいたします。ただ、私の『助言』を、疎まずに聞いていただきたいのです」
「…………バフンダインはどう思う」
「はっ」
皇帝が、宰相へ振る。バフンダインは返事をしてから、アイネの方を見た。
「……此度の解決は、アイネにそこまでの褒美を取らせるには。些か『ギリギリ』だったと、私は思います」
「!」
個人的な感情はさて置き。バフンダインは宰相として、この件を慎重に考えなければならない。一歩間違えれば、帝国1億の民が巻き込まれるからだ。
皇帝の命を守った。それは事実だ。だが。
「帝都襲撃を読んではいたが、報告したその日に攻め入られては対応は追い付かん。広場は大混乱、王宮も一部崩壊。さらには、シュクスではなく。陛下に刃を届かせに来たのは『妖精の一族』だった。それについては、全く読めていなかった様子。結果的には、シャルナリーゼ将軍が間に合わなければ陛下のお命は危うかった」
「…………仰る通りです」
アイネも認めた。そうなのだ。宣言通りにシュクスは止めたが。
皇帝を危険に晒してしまった。それでは本末転倒だ。
「しかし、『妖精』の件までアイネに押し付けるのも、酷だと思います。そもそもは全て、王宮護衛隊の管轄でしょう」
「ぬっ」
バフンダインが、イエウロを見た。彼だけは、常に王宮に居る将軍だ。役割は当然皇帝の護衛。
「じゃ、そのあたしから言わせて貰えば」
「シャルナリーゼ将軍」
反論しないイエウロを見てから、続いてシャルナが手を挙げた。
「ワープ装置を見付けたことと、その研究をあたしに任せたのはアイネっちだし。最後のあたしの『ビーム』も、キルエルを離れての陛下の助太刀も。アイネっちの『助言』だぜ」
「!」
「つまり、アイネっちはシュクスの『後』までケアしてた。だからこれはあたしじゃなくてアイネっちの手柄だ。違うか?」
「シャルナさん……」
シャルナはアイネへ向けて、ウィンクをした。アイネには見覚えが無い。彼女へは、『いつも通りで良い』としか助言していない。
この援護射撃は、シャルナからの好意だった。
「……『実力』に、疑いは無いと?」
「今までさ。陛下も含めて、『実力』はイコール『武力』だったっすよね。あたしもそう思ってた。だからあたしも色々したし、そうやって将軍まで上り詰めた」
強い者こそ強い。強者が弱者を支配する。それが帝国だった。
「でも違う。アイネっちの類い希なる才も、『実力』なんすよ。賢者っていう『ズル』があるとしても。事実国の為になってる。それは、認めるべきじゃないすかね。お偉方」
「…………」
弱いからと好き勝手に虐げてしまえば。今回のように大規模な反乱を生む。その際に、シュクスのような『台風』すら生んでしまう。
警笛なのだ。この件と。アイネの言は。
「帝国は変わるべき。あたしはそう思う」
「……他の者は?」
皇帝は、その場の全員の顔を順番に見た。
「俺も良いと思う。助言くらいなら可愛いものだろ。しかも信憑性の高い『賢者の助言』だ」
エンリオが。
「では私も。まだ結論を出すのは早い気がしますが、それでも今回の功は大きいでしょう」
コームが。
「良いだろう。俺も乗るぞ」
「殿下……!」
イエウロまでが賛成した。
「……あい分かった」
「陛下」
バルティリウスは、漆黒の眼でアイネを見据えた。
自分と同じ、漆黒の瞳を。あの時と同じ——皇帝に向かって『政治が杜撰だ』と言い放った瞳を。
「アイネ・セレディアを『軍師』の任から解く」
「!」
「明日から。特別に『国家顧問』の席を与えることとする」
「おおっ!」
宣言した。皇帝の決定だ。
アイネは、十代でありながら。
通常ではあり得ない役職を与えられた。
「……!」
どくんと、心臓が轟いた。冷たい汗が出た。
「謹んで拝命いたします。このアイネ。命の限り、帝国の為にお仕えいたします」
「うむ」
ざわついた。アイネはこの瞬間。初めて。
帝国に忠誠を誓ったのだ。
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