第47話 アイネとシュクス

「んがあっ!」

「きゃっ」


 突然。飛び上がるように起きた。見慣れない天井に、知らない布団。


「バッカうっせえっての!」

「……ゼント?」

「おう」


 次に視界に入ってきたのは、ボロボロに包帯を巻かれた、銀髪の青年。彼の相棒である。


「……はっ! 戦いはどうなった!? 俺は……! 皇帝は! あれ? 俺は……」

「うるせえって! 俺らは負けたんだよ!」

「!!」


 鮮明になってきた脳が始めに気にしたのが、戦争のことだ。王宮を襲撃して、第一王子と戦闘になって。

 それから。


「……あんま、覚えてねえ」

「怪我と疲労がパねえんだとよ。ちったあ静かにしてろ。ビックリしちまってるじゃねえか」

「ん? 誰が?」

「……んっ」


 首を傾げるシュクスに、ゼントは顎で促した。その方向には。


「……アイネ」

「起きましたね。シュクス殿」


 こちらも傷だらけ、包帯だらけのアイネが椅子に座っていた。


「あ……」


 彼女の顔を見て、じわり思い出す。


「俺……。イエウロと戦ってる所から記憶があやふやで。……あんた、その傷、さ。もしかして——」

「戦争ですから。仕方ないでしょう傷は」

「……! やっぱり! 俺が斬っちまったんだ! あんたを!」

「だから。落ち着いてください。私達は敵同士ですし——」

「武器も持ってない『女の子』だろ! 何言ってんだ!」

「!」


 声が大きい。アイネはまず最初にその感想を抱いた。この少年はよく叫ぶのだ。普段から。


「ごめんっ! 俺、あの時、意識があんまなくって! フウに乗っ取られてたって言うか……」

「『フウ』?」

「えっ。あ。うん。……風剣の中に居る女の子だ。いつも力を貸して貰ってて。でも子供だから制御できないときがあってさ。それで……」

「……そうですか」


 魔剣には、素体となった者の祈りが込められている。だから、不思議な能力を発動できるのだ。

 だが、人格や心がそのまま入っている訳ではない。

 『フウ』。彼の魔剣にもし、そのような人格が宿っているのなら。


「(ほんと、こっちの想定外のことばっかりね、この人)」


 アイネの知らぬ所で、シュクスも色々と冒険しているのだ。アイネが、知らぬだけで。


「とにかく。戦いは終わったのでそれはもう良いです」

「でもよ……。あれ、ていうか俺達負けたのに捕まってないのか?」

「ええ。私が話を通しました。あなた方が処刑されることはありません」

「!」


 ゼントがやれやれと肩を竦めた。


「処刑、か。そりゃそうだよな……」

「この件、というより『シュクス殿の件』については私に一任されていますから。生かすも殺すも私次第ですね」

「えっ」

「えっ」


 ふたりして、アイネを見る。するとアイネは可笑しくなって。


「ふふっ。冗談です」

「!」


 笑ってしまった。ゼントがそれを見て、深い溜め息を吐く。


「……これが俺達をさんざ阻んで苦しめて、最後まで阻み切った『軍師』かよ」

「ああ。……笑ってれば普通に可愛い女の子なのにな」

「えっ」

「?」


 シュクスの、その言葉に。

 アイネは少しだけ、頬を染めてしまった。


「こほん。それと、リンナは王宮の医務室で治療を受けています。理由は分かりますね」

「! ……ああ。あいつはお姫様だから」


 すぐに冷静に戻したアイネは説明を続ける。ふたりは同時に頷いた。知っていたのだ。

 思えば、フェルシナでエンリオがシュクスの首に刃を向けた時に。何かを言い掛けていた。


「望むなら、会わせられますが」

「…………」


 彼らは黙った。知っていた。そのまま、帝国を『敵』として、旅をしてきたのだ。

 もし。リンナが実は帰りたくて。今ようやく帰ってこれたと思っているのならば。


「俺達、今更会っても邪魔になるよな」

「だろうな。あいつはお姫様で、俺らは犯罪者だ」

「…………」


 勝てば全てを手に入れる。負ければ全てを失う。それが戦争だ。

 今、シュクスとゼントが生きているのは。拘束もされず治療すら受けられているのは。アイネによるものでしかない。冗談ではなく、アイネが言えば彼らは即座に処刑台に立たされることになるのだ。


「まずは、身体を休めることですね。食事を持ってきましょう。診察に医師も連れてきます」

「……ありがとう」


 そう言って、アイネは一時退室した。


——


「……負けたのか」

「ああ」


 まだ、信じられなかった。絶対の勝利を確信していた訳ではないが。だが負けるなど想像もしていなかった。

 なんだかんだ、『上手くいく』と思っていたのだ。根拠は無いが。


「どうなるんだろうな」

「……取り敢えず処刑は無いらしいがな。じゃあ刑務所か奴隷か」

「なら、こんな扱いじゃないだろ。なあ。まるで『勝った時のような病室』だ」

「…………あのアイネが、やってくれたんだ」

「ああ。見たろ。分かってたけど、俺らと変わらねえトシだ」

「……あの、『女の子』と、俺達は戦って」

「その『女の子』に負けた」

「……」


 例えば。今、病室を出てトイレに行くことも可能だ。何ならそのまま外へ出られるかもしれない。勿論実際には兵士に止められるだろうが、皇帝を暗殺しようとした実行犯への対応として『軽すぎる』。

 この国の上層部からの、アイネへの信頼度の高さが窺える。


「……俺さ、リンナを尊敬してたんだ」

「おう?」


 やや沈黙が流れてから、ぽつりとシュクスが口を開いた。


「色んなことを知ってるしさ。あいつが居ないと旅はできなかったろ。火の起こし方に、水のろ過に。筋肉鍛練の効率的なやり方とか」

「……まあな」

「それで俺と同い年なんだよ。……沢山アドバイス貰って、ここまで来たんだ。俺は、旅を始めてすぐリンナに会えたことが、一番の幸運だった」

「……それは分かったが……」


 ゼントは不思議だった。結局何が言いたいのか。アイネの話から、急にリンナの話になった。


「俺は、リンナだけ、特別なんだと思ってた。お姫様だから、なんかそう思ってたんだ」

「ああ……」


 過去の文明も。宇宙人も。精神隔世遺伝も何も知らないシュクスの目からは。『彼女達』は、どのように映っているのか。


「アイネも。リンナと同じ感じがする。なんかこう……普通とは違うような。先のことが見えてるような、さ」

「……まあ、異常は異常だわな。どっちも」


 将軍を何度も打ち倒してきたシュクスと、何度死んでも甦ってきたゼントに言われてもピンと来ないかもしれないが。彼らからすればリンナとアイネも充分異常なのだ。


「……声が聴こえたんだ。『大丈夫』って」

「は?」

「俺が、フウに飲まれて暴走した時。朧気だったけど、声がした。……優しい気持ちを、感じた」

「……魔剣の暴走か。それでアイネを斬ったのか」

「ああ。……何だろう。敵なのは分かってるんだけど。本当に、申し訳ない」

「…………」

「それと。今更だけど、リボネのこと、やっぱり謝らないと」


 アイネが、優しいのではない。

 シュクス自身が『そう』であるため、基本的に周囲の人達を優しい人だという前提にしているのだ。だから、皆を優しいと、彼は感じるのだ。


——


「3日寝ていましたからね。まずは消化に良いものから——」

「いただきますっ!!」

「わっ」


 スープから、シチューから、リゾットから。出された順に出された量、出された速度で全部食らい尽くしていく。


「ふがはがっ! うめえ! んめえ! もがもがっ」

「……凄い」

「悪いな、アイネ。こいつはいつも『こう』なんだ。デカイ戦闘の後はな」


 アイネはまた驚いてしまった。こんなに勢いよく食事をする人は初めて見たのだ。

 ゼントがやれやれとしている所を見るに、本当にいつもこうなのだろう。


「……いえ。体力回復には沢山食べないといけませんから。ゼント殿も遠慮なさらず」

「済まねえな」


 平均より体温が高いと、医者は言っていた。消費するエネルギーが多いのだ。18の少年の身体で、あの両手剣を毎日振り回している。その運動量は計り知れない。それを補う為に、食事の量はいつも大盛である。


「俺ら旅は3人だったが、食糧は5人分必要だった。食事係のリンナは毎回愚痴を溢していたよ」

「……そう」

「おかわり!」

「バッカお前、少しは遠慮しろ。俺ら今捕虜みたいなもんなんだぞ。ここ敵陣だからな?」

「ふふっ……」


 アイネは、楽しんでいた。これまで同年代の友人どころか、男性の知り合いも居なかった。否——半年前に帝都へ出てくるまで、まともな交友関係は無かった。


「いやあんたも笑ってないでさ。流石に目に余るだろ」

「ふふふっ。面白いわね」

「ええ……」


 これが『戦争』だ。アイネはそう思った。立場や国の違いで対立するだけで。そんなものを取っ払ってしまえば。個人同士は食卓を囲めば、笑い合えるに決まっている。


「そうだ。アイネさ」

「はい」

「リボネでのこと。ほんとごめん。俺、軍人じゃない関係無い人、斬ってしまったんだ」

「良いわよ。死んでもいないし、本人も気にしてないわ」

「……!」


 殺したくて殺す訳ではない。斬りたくて斬る訳ではない。

 戦争とは、そういうものだ。アイネは理解していた。


「さてじゃあ。明日、また来ます。今日はゆっくり休んでください」

「!」


 食後に。アイネは帰っていった。彼女は食事をしなかったが、満足した表情だった。


「これからのことを、話しましょう」

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