第46話 ラウムの話
「(『1999年』。これは、『西暦』よね。つまり……渡辺凛が生きていた時代は、まだ世界は滅亡していなかった。神藤愛音や星野蒼空の時代とは違って、もっと前の人ってことよね)」
姉妹の感動の再会を邪魔してはいけない。アイネは部屋を黙って出た。また落ち着いて話す機会もあるだろう。今はお互い、怪我を治すことが先だ。
だがその前に。
やるべきことがある。アイネはもう一般人ではないのだから。休んでなど居られない。
「精神能力を持つラウムやアビスでなくとも、思いが強ければ『
王宮の地下へとやってくる。薄暗い通路だ。暗部の地下とは違い、正に『地下』といった場所。
「でも、ソラにだけ聞くのも、主観が入って注意しなければいけないと思うのよね」
つまりそこは、『牢獄』なのだ。
「——その通りだ『助言師アイネ』。アビスの話だけじゃなく、僕らラウムの話も聞くべきだと思わないか」
「!」
着いた先は、鉄格子で別けられた部屋。最低限の衛生環境を用意されただけの部屋。奥から、少女の声と共に鎖の引き摺る音が聞こえてきた。
「僕はユーイだ。セリアネ姫が何か言って無かったか?」
「……ええ。話には聞いていたわ」
そこには裸で、血の滲んだ包帯を撒かれた小柄な少女が鎖に繋がれていた。
「本当は、彼らと同じようにしたいのだけど。陛下は『ラウムだけは別だ』と仰るのよ。絶対に、解放するなと」
「ふん。『正解』だ。僕ら妖精は人より精神力が強く、さらにワープ能力を持っている。敵に絆されることは決して無いし、解き放てばすぐに逃げて態勢を整え、また襲撃してやるぞ」
「……そうらしいわね」
ユーイは、この状況でも笑っているようだった。否、この状況が可笑しいのだ。
「何故殺さないのだろうな。懐柔できないし情報も吐かないのだから、生かしておく必要は無いだろう」
「だって貴女は、シュクスの『仲間』でしょう?」
「!」
しかし。アイネのその言葉で、ユーイの眉は歪んだ。
「馬鹿かよ。僕は利用するためにシュクスに近付いたんだ。彼はまんまと人を集め、軍を起こし。時間稼ぎをして、僕がバルティリウスまで辿り着く踏台になってくれた。もう用は無い。そもそも仲間じゃないんだよ」
「シュクスはどう言うかしらね」
「! ……お前ムカつくな。アイネ」
簡単に想像できる。シュクスは、彼女が何を言おうがユーイを仲間と呼ぶだろう。こんなところに繋がれていては可哀想だと思うし、もう襲撃はさせないからと解放を頼むだろう。
そして。
なんだかんだと、彼に従ってしまうだろう。
「そんなことより。ここでしか話せないなら、話してくれるかしら」
「……何をだよ。ラウムのことか」
「そうよ。貴女がさっき言ったんじゃない。聞くべきだって」
「…………君は『テラ』だ」
「えっ」
ユーイには、アサギリとは違って。アビスへの復讐だけでなく『皆に知って欲しい』気持ちがあった。だから、共感者を募って、反帝国を煽って。反抗軍を起こしたのだ。
静かに、語り始めた。
「テラは、元々最初からこの惑星に居た。『人間』と言えばテラを指すんだ。分かるか」
「ええ。なんとなく」
「アビスは悪魔と。ラウムは天使と呼ばれることもあった。このふたつは、宇宙からやってきた」
「……ええ」
ここまでは、ソラから聞いている。アイネが聞きたいのは。
ユーイとアサギリの、『動機』についてだ。
「この星に来る前に。ラウムの惑星はアビスに滅ぼされている」
「!」
「だから、特にアビスを恨むんだ。憎むんだ。一度既に焼かれているんだからな。しかもそれだけじゃない。ラウムの女王は奴らに捕まり、『奴らの子を産み続ける家畜奴隷』と化した」
「!!」
アイネは思わず、口を押さえた。
家畜。ユーイの小さい口から発せられたのは。
それほどの衝撃発言だった。
「何とか隙を突いて、女王がワープで逃げた先がこの星だった。それを追うように、またテラをも食い物にしようとアビスもやってくる。……全ての始まりだ。その年はな。『
「……マインド・ウォー」
悪魔。決して良いイメージの言葉ではない。妖怪というのも、アビスの派生だろう。太古のこの星を舞台に、覇権と滅亡を巡る戦争が起こる。
「その後、テラ達の協力を取り付けたラウムはアビスと戦いながら、自分達の国を建てた」
「国?」
「ああ。今よりもっと。当時のテラよりも進んでいた宇宙の科学力で作った『空を飛ぶ鉄の島』の上にな」
「空を飛ぶ、島」
「名を『アウローラ』。現在の『アクシア』の原型だ。今はもう墜落して、大陸の東側の海に浮かんでいる」
「!」
あの島は。元々ラウムの国だったのだ。今は、アビスの子孫であるソラが治めているが。
「祖国を滅ぼされ、女王を奪われ。国も奪われ、土地を奪われ。……君は僕らに、アビスを憎むなと言えるかい」
どこまでも、寂しい瞳でアイネを見た。アイネは胸に、剣が刺さった感覚を覚えた。
「分かっているさ。勿論。アビスもアビスで当時、危機に瀕していた。食料問題と内乱だ。種族の為なら、他種族の優先順位は下がる。家族の為に他人を殺して奪うのは、正義だ。それは分かる」
「……!」
「だけど。『そういうもの』だろう。戦争は。だからって僕らは泣き寝入りして許せと? 家族を食われているのに? そりゃあ、無茶な要求だろう。恨みは、5000年経とうが消えない。僕ら妖精はラウムの悲哀でできてるんだ。賢者とはまた少し違うんだよ」
「…………」
戦争は、恨みを沢山生み出すものだ。だが、時間が経てば、普通は消える。何故なら当事者が死ぬからだ。生物である以上、死ぬからだ。子や孫に話せば受け継がれるだろうが、世代を経るごとに薄くなっていく筈だ。
だが。この世界の『賢者』という制度は。当事者の『思い』を当時のまま受け継いでしまう。リンナを見ればそれが分かる。悲しい連鎖が、いつまで経っても終わらないのだ。
「……でも、アサギリの祖母は賢者だって」
「ホタルか。彼女は妖精じゃない。妖精の男に娶られただけだ。妖精には賢者は生まれない。だから知識や記憶は途切れるけど。でも『感情』を教えてもらうんだ。僕らは自分の意志を殆ど持たない。先祖の傀儡なのさ」
「ならそれを——」
「断ち切れないんだよ」
「!」
「『そういう種族』だからだ。テラやアビスとは根本的に違う。宇宙人だからな」
どこで間違えたのか。この世界は。
アイネが生まれる前から、もう手遅れの様相を呈していた。
過去の住人の、操り糸で絡まった星だ。
「……くだらない」
「なんだと」
アイネは呟いた。吐いて捨てた。こんな。くだらない。
「茶番じゃない。付き合う必要なんてないじゃないのよ」
「……お前、僕の先祖に喧嘩を売っているのか。愚弄しているのか?」
「死んでるから誰も買えない喧嘩じゃない」
「僕が買うぞ。高くな。絶対に許さない」
強く睨み付ける。こんな鎖が無ければ。鉄格子が無ければ。今すぐに首を絞めてやる。
「もう、世界中の人間はテラもアビスも無く交わっているのよ。貴女は誰をどれだけ殺せば終わって、その後どうするつもりだったの?」
「決まってるだろ。グイード家は根絶やし。軍と兵器を戴いて、そのままアクシアを滅ぼす。ホシノ家も根絶やしだ。その後だと? ラウムの復興だ。ようやく、以前の文明レベルまで戻す作業ができる」
「くだらない。その途中で残党や他の勢力の邪魔が入って頓挫するに決まってる」
「なら邪魔者は全て滅ぼせば良い」
「そんな戦力は妖精一族に無いし、ガルデニア兵が貴女の命令を聞く訳が無い」
「魔剣さえ独占できれば人間すら要らないぞ」
「そんなおかしな『精神』を持っていたら、どんな魔剣も適合しないわ」
「……!!」
もしかしたら。
アイネが変えるべきは。リボネだけでなく。帝国でもなく。
この世界そのものなのかもしれない。
「でも、分かったわ。『ラウムの話』ありがとう。貴女達の思いはよく分かった」
「なんだと……」
「どうすれば良いのか、考えてみるわ。それまでは解放できないけど」
「考えるだと? 君がか? 僕らの為に?」
「……世界の為に、よ」
「!」
くるりと踵を返して。アイネは地下室を去って行った。
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